12話
「それはそうとおにーさん、ヒゲそってみない?」
お人形遊びは、カリンのこの一言から始まった。
「ヒゲを?」
「そる」
「⋯⋯ヒゲヲソル」
忘れていた。いつから忘れていたか思い出せないほど、忘れていた。生きる気力をなくして、カガミには色を失った目ばかり映り、他を見る余力はなかったゼンジ。
触ってみると、アゴや鼻の下にヒゲが生えている。体質的にそこまで長くはないが、量は多い。きっと清潔感のかけらもないだろう。
(⋯⋯もしかして、あのときカリンがコーヒーに誘ってくれたのは⋯⋯)ゼンジはふと思い至った優しさに顔をふる。
それが好意だとしても、人の気持ちを察したりするのは、もうやめたのだ。
「カリン、もしかしてあのときコーヒーに誘ってくれたのは俺が世捨て人に見えたからなのか?」
聞けばいいのだ。
「ストレートに来たねっ!」
あははっ、とカリンは頬をほころばす。
「世捨て人、というより、チグハグで気になったからかな? 髪もヒゲも生えっぱで、急にヨダレたらして、目なんて闇堕ちしてるのか活力に満ちてるのか⋯⋯ほんとチグハグだったもんね〜〜。
といっても、豆引き魔導ギアを狙ってたのも嘘じゃないんだけどねっ」
「そこは、このあいだからおねだりされていたわたしが保証するわ」
「そうか⋯⋯」
前を向いても、横を向いても、そっくりな顔がゼンジに微笑みかける。
ひとつは思いっきりいさぎよく、ひとつは至極ゆかいそうに。
「ありがとう」
ゼンジはまっすぐにそのふたつの顔を交互に見ながらいった。
「いいよいいよ! それよりそろう! ヒゲッ!」
「髪もくくっちゃえば? それくらいの長さなら、それはそれでありよ」
「おじさんもワイルドでいいと思う」
まだいたのか、おじさん――。
「ありがとう。 ちょっとそってくる」
「使い捨てでよければ、持ち歩いてるけど?」
紳士の鏡かおじさん⋯⋯!
「お昼休憩の時間だし、裏使う? 姿見があるからわかりやすいと思うよ!」
「そうね。 歌手になるなら、外見にこだわる必要はあると思うわよ? それがどんなスタイルであれ、自分で選択するべきよ」
「そうなのか⋯⋯!」
目から、いや耳からウロコだ、外見など考えたこともなかった。人に不快な思いをさせないよう、清潔にはしてきたが。
「面白くなってきたわね⋯⋯ふふっ、わたしはすこし席を外すわ。 はやくそってきなさい」
「えっリンカ? どこに――」
どこに面白くなってきた要素が、その悪魔のような笑みはなんだ、どこに行ってる――疾風で街をかける男、元バンダナ隠しの英雄が疑問を口にするよりも速く、彼女はコーヒーショップを出た。
「おねーちゃん、昔から着せ替え人形大好きだったから。 じゃ、ゼンジさん、こっちこっちぃっ!」
にししっと笑いながら手招きするカリン。
「おじさんは仕事に戻るとしよう」
ささっ、と代金と使い捨てのそれをカウンターに置くと、ハンカチ片手に颯爽と店を出るおじさん。
「⋯⋯⋯待ってくれ! おじさん、せめて名前を――」
「おじさんは、おじさんさ」
ゼンジが引き止めるように手を伸ばしたとき、からんっと鈴の音を鳴らして、おじさんの背中は街の喧騒に消えていったのだった⋯⋯。
「また、会えるかな」
「常連さんだからね〜〜」
「あっそうなんだ」
ゼンジはカリンを追って、カウンター奥にあるプライベートルームにお邪魔する。
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