11話
針を落とす。ズンチャ、ズンズンチャ、歌声が始まるところで針を上げて、少しズラしてまた落とす。
「⋯⋯! これだ⋯⋯ッ」
あの夜から六日、ゼンジは気づきを得た。
「――リンカ! カリン! 聞いてくれ!」
「あっおにーさんだ。 どしたの?」
「やっと歌詞が書けたのかしら」
「違う、音楽を見つけた!」
コーヒーショップ【双子の母】のドアをゼンジが叩いたのは、カイセの街にウナギを焼く匂いが漂いはじめた昼前のことだった。
「音楽を見つけた? 詩的な表現もクドイと面倒になるわよ?」
「そうじゃなくて! なんつーんだろ、歌の後ろで流れる音楽だよ! アレを見つけたの!」
「バックミュージック、リズムのことね」
「そーゆうのか! 俺、楽器なんて触ったこともないからさ! どうしようかなーって思ってたら、すごいこと思いついた!」
「はいはいおにーさん、とりあえず座って座って。 お客さんたちがびっくりしてるよ」
「あっ⋯⋯」
ゼンジの視界にようやくリンカとカリン以外の顔が映る。
カウンター席のおじさんが、コーヒー吹き出して唖然とした顔でゼンジを見ていた。
「⋯⋯ごめんなさい」
「若いっていいねっ」
おじさんはサムズアップで応えた。
「⋯⋯⋯あざす」
ゼンジはうなずいて応えた。
「それで? すごいことって何よ?」
「カリン、そこのディスク、借りてもいいか!」
「いいよ〜〜」
ゼンジはカウンターの内側に入ると、コーヒー豆の袋や計測器の横にあるミュージックディスクの針をにぎる。
おじさんが、興味深そうにのぞき込んできたとき、針を落とした。
「⋯⋯ここだ! 歌と歌の間にある、楽器の音だけが流れるところ! ここをこうやって針を行ったり来たりさせて繰り返すことで、ひとつの音楽ができると思うんだよ!」
「⋯⋯なるほど、間奏をループさせることで、バックミュージックを作り出そうというのかい。
これは、音楽の歴史が変わるぞ」
おじさんがメガネをくいっと持ち上げながら固唾を飲んだ。
「⋯⋯その発想はなかったわね。 すごいかもしれないわ」
「やるじゃんおにーさん!」
「えっ、いや、ああまあ、それほどでも」
ゼンジは照れた。
「権利者とアーティストたちの許可さえ降りれば実現は可能ね。そうなると、それに適したギアが必要になるわ。 そうね、針を上げ下げするよりも、ディスクを直接巻き戻すような⋯⋯こする動作でループできる、そんなギア⋯⋯
ゼンジさん、そのアイデア、いただいていいかしら?」
「もちろん! 俺じゃギアは作れないから願ったりだ!」
電卓を弾くリンカ、思いもよらない提案に拳を握るゼンジ、「スクラッチ⋯⋯スクラッチディスクという名称はどうかな?」
眉を吊り上げるおじさん。
「いえ、もう少しシンプルな方がキャッチーで受けがいいわね」
リンカは頬をとんとんと指で叩きながら声をひそめる。
「うちの本店でね、安価なミュージック・ディスクの開発計画は立ち上がってるの。こするとなると最高品質の黒魔晶じゃもったいないし、その計画にねじこんでみせるわ。
だから、もっといい名前を考えるのよ」
悩む。フルで脳を回転させて、言葉を探す。思考するのがこんなにも楽しいのは初めてかもしれない。確実に、望む未来に繋がっている。
答えを出したのは、後ろのテーブルにコーヒー皿を置いて戻ってきたカリンだった。
「スクラッチDJ⋯⋯てのはどうかな? ほら、ディスクを、乗馬するジョッキーのように自在に操る⋯⋯ディスク・ジョッキー。
盤をこする人がDJよ!」
「「「ディー、ジェー⋯⋯⋯!」」」
三人の目が、輝いた。
「いける! 絶対にいい! その名前なら子供でも一発で覚えれる!」
「やるわねカリン、最高よ」
「おじさんもいいと思う!」
満場一致の拍手喝采、ゼンジの小さな思いつきが、高価な楽器を持てぬ者たちに夢を生む。
「⋯⋯作曲の才能がなくても⋯いける、わたしももう一度⋯⋯!」
連鎖する情熱がおじさんの欲望に火をつけた。




