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10話


 まさか、そんなはずは。嘘だといってくれ――。


 ゼンジは、否定の言葉を求めて、問う。


「俺⋯⋯音痴なの⋯⋯?」


 マリアはいう。


「ゼンジ様⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい」


 うわああああああああああ――ッ!


 ギルド【神の牙】の映像保管室、“ヴィジョン”と呼ばれる映像再生用の魔導ギアの画面上、魔王の前で歌を披露するゼンジ⋯⋯。

 容赦なく叩きつけられた、認めようのない現実⋯⋯⋯!


「ハッ――! 夢か! まったく、とんだ悪夢を!」


「おいたわしやゼンジ様⋯⋯。 ですが、夜はこれからです」


「まじ、か」


 ⋯⋯⋯⋯。流れる沈黙。ストップしたままの画面。リプレイマークに手を伸ばすも、それを触る勇気のでないゼンジ。


「消去、いたしましょうか」


「いや⋯⋯⋯」


 このとき、ゼンジの脳内でひとつのストーリーが描かれた。それは。


「超名曲を作り出した歌手も最初はめちゃくちゃヘタクソだった――なんか、かっこよくない?」


「――――! たしかに」


 マリアは乗った。ポジティブですね、という本心から出る言葉を飲み込んで、ゼンジに希望を与えた。この英雄様がいるから、今の生活がある。だから無責任にも夢を応援したい。それに、このお方なら不可能も可能にしてくれるのではないか、そう思ったからだ。


 つまりは、マリアが一度は不可能と思ったほどに音痴なのだが。


「だよねーーーーッ! よっしゃ、この映像は買い取るよ! 何度も聴いて勉強するんだ!」


 それが、ゼンジの人生をプラスの方向に動かした。


「でしたらこれは、私から贈らせてください」


 こんな些細な事でしか恩返しできませんが、と口内で言葉を続けるマリア。


「いいの?」お金が必要なゼンジ。


「はいっ!」「ありがとうっ!」


 小型の“ヴィジョン・ボックス”を受け取ったゼンジは、件のマスター映像をマリアが消去するのを確認すると、ライセンスとモンスター討伐の報酬を受け取り、「それでは、俺は行くところがあるから!」


 もう一度お礼をいって、「いってらっしゃいませ」笑顔で手を振るマリアに大きく手を振りかえしてから、ギルドを出た。


「能力持ち三体でちょうど三十万ゼニー⋯⋯野良の方は一万と二千ゼニーか、まっ、なんとかなるか!」


 ボロ宿が一泊二千ゼニーで、昨夜三体ほど野良を狩ったから、手持ちは全部で三十一万⋯⋯と、三千ゼニーだ。


 お目当てのアレを購入しても、宿に六泊できる。


「そうか〜〜どうしよう、あの音楽の海に六日間も飲みこまれるのかあ、でへへっ――」


 屋根を蹴ってコーヒーショップを目指しながら、ゼンジ、笑いが止まらない。


「――遅くなりましたが! 三十万! 用意してきました!」


 人だかりのなくなった夜の噴水広場に、ドアをばたんっと開く音と、ゼンジのハイテンションボイスが響いたとき。


「あっおにーさん! ほんとに来たんだ? 今閉店の準備してたのよっ」


 ぎりぎりだったね〜〜と朗らかに笑うカリンの正面で、


「⋯⋯それじゃ本体しか購入できないわよ」


「え」


「いいそびれちゃった」と、カウンターでコーヒーを飲みながら本を読むリンカが、どうしようもない現実をまた叩きつけてきた。



「こっちの針がついた台座が本体、プレーヤーギアなのよ。 で、こっちの円盤は別売りで、アルバムごとに買い集めていくシステムになってるわけ。


 ちなみに一枚二万ゼニーね、最高品質の黒魔晶だからこれでも利益はほぼないのよ」


「まじっすか⋯⋯」


 涙を目に溜め、届きかけた夢の魔導ギアを眺める。脳内でピリリカの“この世はロクナモンジャナイネ”というあの歌が、何度も流れては絶望を深める。


 地獄に蜘蛛の糸が垂れるように、リンカが救いの手をさしのばしてきたのはゼンジがマジ泣きしかけたときだ。


「わかったわよ。 どうやってか知らないけど、この短時間で用意してきたんでしょその金額を? 

 プレーヤーを買ってくれたら、一枚だけサービスしてあげる」


「買うッ!」ゼンジは美味い話に飛びついた。


「初回プレゼントよ。 特別にね。 昼間、妹のバカな企みに付き合ってくれたし」


「あなたが神様だったのか⋯⋯!」


 ゼンジはこのロクデモナイ世界で、初めて女神様に出会った。天使マリアと女神リンカ、スカーフとディスクは生涯の宝物にしようと胸中で誓う。


 クスッ、リンカは頬をつりあげた。


「商売人は恩を売るものよ。 こんな太客、わたしが逃すわけがないでしょう」


 その女神様は腹黒かったが、そこがまた心地よかった。


「はいはいよかったねおにーさん! これもわたしのコーヒーのおかげだっ! 無料ついでに、ご飯も食べてく?」


「いいの――?」ああ、ここにも天使が、とゼンジはカリンを子犬のような目で見る。


「いいよいいよっ! ちょーどいまからおねーちゃんが料理するところだったから!」


 やはり、黒いのだが。


「一人増えたところで変わらないしいいわよ。 使い方の説明もあるし」


「⋯⋯ご馳走になります!」


 人と食事をとることは何度もあった。今日は一人が怖いという人間に付き合ったり、生きる気力をなくした人にゼンジが何日も料理をして振る舞ったこともある。だが。だけど。


「美味しい⋯⋯」


 この夜リンカが用意してくれたポテトサラダの味は、多分きっと忘れることがないだろう。


 “ぬくぬくの白米と積み重なる声、これを人は幸せと呼ぶのだろうか”


 そんな歌詞が、ゼンジの頭をよぎった。





【後書き】


 “ピリリカの歌”――歌詞です。ほっこりできません。読み飛ばしてもかまいません。



 “死ね死ね死ね死ね死に晒せよ、この世はロクナモンジャナイネ”

 あいつもこいつもどーでもいい、声のデカさが社会の定規

 ふざけんなっつー わかる? わからない

 面の皮だけは厚いなあんたも

 聖者の声は清くて濁らない

 だから痛みはあなたに届かない


 バカにして、バカみたいよね わたしもほんとは

 そっち側、生まれは選べない


 貧富を誤差とトイレに流す

 流れ着く先はこの世のスラム


 死ね死ね死ね死ね死に晒せよ

 この世はロクナモンジャナイネ

 死ね死ね死ね死ね死に値する

 あたしはロクナモンジャナイネ


 それでもわたしは生き抜くわ


 

 

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