1話
その日、ゼンジは剣を捨てた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ」
世界中の人が幸せになってほしい、ただその一心でがむしゃらにモンスターをぶった斬りはじめたのは十五のときか。完膚なきまでまでにぶちのめしまくった魔王に改心を誓わせ荒廃した世界を修復させたのが十八のときだ。
「⋯⋯くそ」
それから十二年、西に孤独人いれば愛に恵まれるまで寄り添い支え、東に怒鳴りあう夫婦がいれば泣く子をあやして笑わせた。湧いて出る新魔王どもを何度も一方的な暴力で屈服させてきた。
混沌とする世界に平穏をもたらした数はその指では数えきれないほどだ。
「クソ⋯⋯⋯!」
その結果手にしたものはなんだ、孤独か、愛をいくらバラまけど、ゼンジに愛は残らない、幸せになった人々の背中に手をふるのみだ。
誰も彼も彼女らもゼンジの人生に寄り添ってくれることはなかった。
数時間前、今日のメシを食う金がないという若き女性ミュージシャン――ピリリカから、自作の一曲が入っているというミュージックボックスを手持ちの10万ゼニーで買い取るまでは。
「クソ⋯⋯!
クソカッケエ――――ッ!」
ゼンジはついに叫んだ。
「なんだ、これ、そうだよ! 真実を口にしていいんだよ! 世界はひとつじゃない、俺の孤独は、俺だけの世界なんだ!」
“死ね死ね死ね死ね死に晒せよ、この世はロクナモンジャナイネ”
両耳に装着したイヤーポッズからバラのようにトゲをむきだしにした第一声が聞こえてから、今この瞬間まで、ゼンジは路傍に立ち尽くしてただ一心に首を振り続けていた。
名を隠し、顔を隠し、無償の愛を貫き続ければきっといつか俺にも幸せが訪れる、孤児として石ころのように転がり続けた幼少期、腹をすかしてぶっ倒れたゼンジの横の窓から聞こえた、『欲を捨てるのです。 愛とは施すことではじめて手に入れられる物なのです』という説法に希望を抱き、必死にその道を歩んできた。
いくら自身が傷つこうと、感情を犠牲にしようと、そこにいるあなたが笑顔に過ごせますようにとそれだけを考えて生きてきた。
死ねって、思ってもよかったんだよ――。
幸せになりたいって、思ってもよかったんだよ――!
俺だって、生きてたんだよ――ッ!
「そうだ! 俺は生きてるんだ! この感動も、必死に目をそむけてきた感情も、全部俺のものなんだよ!
世界は、俺のもんなんだよ!
俺だって、大声をあげたっていいんだ!」
ゼンジ、齢三十を迎えた今日、ペンをにぎる。
「書くぞ、言葉を、俺の言葉を、世界中の鼓膜にぶち込んでやる⋯⋯⋯!」
地面に刺した聖剣が“覚醒したか、勇者ゼンジよ”と声を発したのは、ゼンジが幸せの道を見つけたときだった。
「“あの日魔王城にて封印されし我を抜いたその時から十二年、我は刻一刻と待ち侘び、見守り続けていたのだ⋯⋯勇者に自我が芽生える、覚醒の時を⋯⋯!
さあ、今こそ我と共に諸悪の根源――大魔王メルトバーンを倒すため次元の狭間に――”」
「うっせえボケなすひっこんでろ!」
ゼンジは聖剣を近くの川に投げ捨てた。
「いけしゃあしゃあと都合いいことばっかいってんじゃねえぞクソ野郎が! 耳障りのいい言葉で惑わされるほどガキじゃねえんだ! 人の気持ちも知らねえで、酔いしれてんじゃねえええ!」
「“激流の感情⋯⋯激流の⋯⋯激流のおおおおおおおおおお!」
「はっ! お前なんざ海水にまみれて塩辛くなっちまえ!」
――ハッ、この言い回し、なかなか毒があって悪くないんじゃないか――。
ゴゴゴゴ、と濁流に運ばれゆく聖剣に背中を向け、星空のもと行方の知れない道を歩き始めたゼンジ。その手はメモを取る。
「⋯⋯⋯サビついちまえ、のほうがいいか? いや、さすがにそれは可哀想だよな」
まっいい、俺は俺を、歌で、今度は俺を幸せにするんだ――メモ用紙に走らすペンがつむぐゼンジの声が、静寂な孤独を賑わし始めた。




