僕が勤めてる会社があまりにもブラック企業すぎる
満員電車が嫌なので、僕は時間をずらして、9時に出勤した。
勤めてる会社の始業時間は8時半だから、30分の遅刻ということになる。
僕が机に座り、仕事の支度をしていると、課長から呼び出しを受けた。僕は課長のデスクの前に立つ。
「また遅刻か。君は一体何を考えているんだ?」
「すみません」
僕はすぐに謝ったが、課長は追い打ちをかけてきた。
「すみませんって、入社してからほぼ毎日遅刻じゃないか!」
こういうやり取りをする時、いつも思う。
叱る、非のある方は謝る。これで等価交換は成立してると思う。にもかかわらず、謝ってるのに追い打ちをかけてくるのは一体なぜなんだろう。僕は謝ったんだから、「次からは気をつけるように」とでも言えばそれで済む話じゃないか。なのに課長は謝る僕に、くどくどと説教してくる。こういうのをパワハラって言うんだろうな。
それに8時半が始業ってどうなんだろう。少し早すぎる気がする。
もう少し遅くてもいい気がする。例えば、9時とか、10時とか。
フレックスタイムという制度がある。労働者が会社に来る時間や帰る時間を、ある程度自由にできるという仕組みだ。
ウチの会社も導入してみたらどうだろう。だけど、出来ないんだろうな。なにしろウチはブラック企業だから。新しい制度に取り組んでみるという意欲が足らないんだ。
こんなことを考える間にも、課長がグダグダと何かを言っていた。聞く価値もないので、一言も頭に入ってこない。
僕はこう言う。
「もう、いいですか?」
「……! 明日からは遅刻するんじゃないぞ、いいな!」
僕はこれには返事せず、自分の席についた。
5分ぐらい叱られてたかな。実に無駄な時間だ。遅刻をした人には叱ったりせずにさっさと仕事をさせた方が絶対効率がいいと思う。
課長はバカだから、こういうことに気づかないんだろうけど。
***
新卒で新入社員の僕の仕事は、今のところ電話番だ。
下の人間にはこういう下らない雑務をやらせる。こういうところもいかにもブラック企業という感じ。
電話がかかってきた。僕は受話器を取る。
「山田係長ですか? ああ、います。お待ち下さい」
こう言って、係長に電話を繋げる。我ながらパーフェクトな電話番だった。
しかし、電話を終えた係長は僕にケチをつけてきた。
「今、“山田係長”って言ったけど、社外の人に対しては“課長”とか“係長”とかいらないから。呼び捨てでいいんだよ」
「あ、そうなんですか?」
「研修で習わなかった? そういうの」
課に配属される前、何日か新入社員研修があった。
習ったような、習ってないような。ちゃんと受けてなかったからあまり覚えてない。
ゲームでもチュートリアルとか飛ばすタイプだし、僕。実戦で学んでいくタイプなんだよね。
「電話の応対一つで得意先から嫌われちゃうことあるから。気をつけようね。こんなことで嫌われたら、損でしょ?」
『損でしょ?』じゃねーよ。まずその言い方が気持ち悪い。
こういうのを“先輩風を吹かす”って言うんだろうな。
だいたい電話応対一つで嫌ってくる奴ってどうなんだろう。人間としてはわりとクズだろう。それこそ、そんな得意先とはさっさと縁を切った方がいい気がする。
だけど、そういう判断をできないんだろうな。なにしろブラック企業だから。クズな得意先にも媚びて従うしかない。
「聞いてる?」
と係長が言ってきたので、僕は、
「聞いてますよー」
と答えてやった。
係長は少しムッとしてたけど、ムッとしたいのはこっちの方だっての。
***
時計が12時を回り、やっと昼休みになった。
課長には遅刻を必要以上に責められ、係長には先輩風を吹かされ、散々な午前中だったので、昼休みはゆっくりと過ごしたい。
だが、そんな僕に先輩が声をかけてきた。
入社三年目ぐらいの、馴れ馴れしく、仕事ができなさそうな人だ。
「よぉ、昼、一緒にどうだ?」
僕は顔をしかめた。
冗談じゃない。せっかくの昼休みなのに、なんで先輩と一緒に食べなきゃいけないんだ。
そもそも誰かと一緒に食事をする、というのは非常に愚かな行為だと思う。
好きな店に入れないし、食べてる最中に会話もしなきゃいけないし、メリットが一つもない。
だから、僕は言ってやった。
「あの……メシハラですか?」
これを聞いた先輩はギョッとした様子で、
「いや、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめんな」
オフィスを出て行こうとする。
僕はその背中に、「謝るぐらいなら最初から誘わないで下さい」と追い打ちをかけておいた。
実に清々しい気分だった。
***
午後は、先ほどとはまた違う、もう少し年長の先輩と、外回りに向かう。
取引先で打ち合わせがあり、僕もそれに付き合わなきゃいけないようだ。めんどくさい。いい年して一人じゃ怖くて打ち合わせにも行けないのか、この人は。
取引先の応接室で会ったのは、年齢四十代か五十代のオヤジだった。ほのかに加齢臭がする。僕は思わず顔をしかめてしまう。
まずは名刺交換だが、僕は名刺を家に忘れてしまっていた。
「名刺ないの? 仕方ない、俺がお前のを持ってたから、これを使えよ」
「すみません」
謝りつつ、僕は反省なんかしてなかった。
名刺交換って無意味な文化だよなぁ、とつくづく思う。
かさばるし、紙の無駄だし、廃止した方がよさそうなものだけど。
打ち合わせが始まった。
内容は、見積もりとか、今後の事業計画とか。入社したばかりの僕にはちんぷんかんぷんだ。
先輩からは「メモを取っておけよ」と言われたけど、取ってるふりをするだけで、全然取ってない。落書きしてた方が有意義だ。
こうなると眠気が押し寄せてきて仕方ない。
僕は大きく口を開けて、「ふあああ……」とあくびしてしまった。スッキリした。
すると、先輩が――
「おい、あくびなんかするなよ。この時間だし、眠くなっちゃうのは分かるけど……もうちょっとしゃんとしないと」
叱ってきた。
なぜ叱られるのかが分からない。
あくびってのは生理現象だし、これは「呼吸するなよ」「汗をかくなよ」と言ってるようなものだ。
この先輩、マジで頭おかしい。ブラックにも程がある。
明らかに先輩の方が間違っているので、僕は謝らなかった。
その後の打ち合わせは、どこか気まずい雰囲気のまま進んだ。先輩のせいなので、大いに反省してもらいたいところだ。
打ち合わせが終わると、先輩はやはりあくびの件を蒸し返してきた。
「せめて噛み殺すとかしないと、本当に失礼になっちゃうから……」
色々と言ってきたが、僕は聞き流した。
こうやって過去のことをいつまでも蒸し返してくる人って本当に苦手だ、と僕は思った。
***
帰社して、ぼんやりとデスクで過ごすと、待ちに待った退勤時刻になった。
僕はいそいそと退社しようとする。
しかし、課長が声をかけてきた。
「ちょっと待った。今日の日報は? 書いたか?」
「いえ、まだですけど……」
「じゃあ、書いて報告してから帰ってくれ。今日は打ち合わせにも参加しただろう?」
出た、残業の強制というやつだ。
僕はうんざりした表情で、課長に反論する。
「打ち合わせと言っても、僕は話し合いに参加してませんし、書くことなんてありませんけど……」
我ながら、実に真っ当な意見だと思う。
「だけど、先輩が何を話したかとか、どういう提案をしたとか、取引先はどう答えたとか、書けることはあるだろう? 簡単でいいから、そういうのを書いて、報告してから帰ってくれ」
「……分かりました」
正論が通用しないことに舌打ちしつつ、僕はパソコンで日報を書き始める。
といっても、僕は打ち合わせなんかほとんど聞いてなかったから、書くことなんて一つもない。何もなかった日の日記を書くようなものだ。
何度かのやり直しを経て、ようやく帰ることを許された。
おかげで30分も残業してしまった。やってられないよ、全く。
遅刻すれば叱られ、電話の応対ぐらいで注意され、昼休みにはメシハラされて、取引先ではあくびすることも許されず、しまいには残業を強制される。
僕はとんでもないブラック企業に入ってしまった。
こんな会社にいたら、僕はきっと精神を病んでしまう。
明日にでも退職届を出そう、と僕は決意した。
完
お読み下さいましてありがとうございました。