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6:久々の大学

 やはりかなり早く大学に着いてしまった。授業が始まるまで食堂とか図書館に居れば問題なく時間は潰せるだろう。

 それは全く問題ないのだが……。


「はぁ……。これはヤバいな」


 俺は大学の門を通ってから真っ先に道の端に立ち尽くし、溜息を吐いていた。

 余りにも人が多すぎる……。

 学祭の準備なのは分かるが、それにしても多いのだ。そしてその学生たちは皆何らかの作業をしている為、不規則に動いている。

 屋台の骨組みを組む人、テントを立てている人、店で売る食べ物を試作している人。

 皆俺の方には一切見向きもせずやることをやっているのだが、


「この体ぶつかっても大丈夫か……?」


 そう呟いて俺の体を見下ろす。ぱっと見はただの大学生だが体のほとんどの骨格が金属で出来ている俺はぶつかった衝撃でバレかねない。……かもしれない。

 そんな事がきっかけでもしオートマタであることが見つかりでもしたら目も当てられない。

 だがここは突っ切らなければ校舎にも辿り着けない。

 そんな事を考え始めてもう十分程経った。何かいい方法は無いか……。


「お? 健太?」


 立ち往生している俺に声が掛かった。

 声のする方を向くと栗色の髪の毛をソフトマッシュにした一人の男子学生が居た。


「あぁ! 将也!」


 俺に声を掛けてきたのは田中将也。一言で紹介するならアホな奴。大学に入って初めて出来た友達で、講義は毎回隣に座って受ける仲だ。


 将也の顔を見た瞬間、今までの学生生活が脳裏をよぎりちょっと泣きそうになってくる。


「久しぶり! どしたん? しばらく居なかったけど」

「あ、あぁ。何て言うか一人になりたい的な?」


 将也の口ぶりから俺が事故った事は知らないらしい。適当な嘘を吐けば将也はごまかせそうだ。


「あぁー。病み期ってやつね。分っかる~。で、学祭で堂々復活と。いやぁ人生設計プロかよ~。めっちゃうまく休んでんじゃん。まぁ、俺に病み期なんて無いからそんな事出来ないけどな! ハハッハハ」


 どうやら俺にとって都合のいい解釈をしてくれたようで将也のマシンガントークが炸裂している。


「まぁ、そんなところかなぁ。ははは」

「いやぁ、お前が居なかったから大学つまんなかったわぁ」

「俺も久々に将也の顔が見れて良かった。何か安心したよ」

「えっ、何その言い方! キモッ。一回死んだ奴かよ」


 突然ドン引きした将也が俺の方を見て言う。すぐに「あはは」と呑気に笑い出したが俺は心臓を鷲掴みにされた気分だ。


「あは、あはは……」


 マズイ、マズイ、マズイ! 会話をミスった……。

 今の言葉は確かに滅茶苦茶キモイ。将也が引いているってのが正直気に入らないが引いているだけで時に疑問には感じていないようだ。

 一度死んでいる俺と数日ぶりにあっただけの将也との感情に落差があり過ぎるせいで迂闊な事は言えない。


「一回死ぬのも考え物だな……」

「ん? なんて?」

「あー。なんでもない! こっちの話」


「おー。そっか。で? ここで何してたん?」

 何気なく聞いてくる将也。人の気も知らないで呑気な顔をしてる。


「え? あぁ、人多いなってさ」

「なんだそれ? まぁ、明日が学祭だからかな。さっさといこーぜ」


 そう言って将也は強引に肩を組んでくる。俺が抵抗する暇もない程突然で避けることも出来ない。


「ちょっ! おい」

「ん? なによ? 変な声出して」


 あまりに突然すぎたので声が裏返ってしまったが、将也はきょとんとして俺を見ている。

「い、いや……。俺、変じゃない?」

「何が? お前はお前だろ? ハハハ。にしてもさっきの変な声だったな」


 触られただけじゃ分からないようだ。もしくはこいつが鈍感すぎるだけか。


「やめろよ……」


 そう話しながら俺と将也は二人並んで講義室に向け歩き始める。俺と肩を組んだままの将也は「すんませーん」とか「わりぃねー」とか言って堂々と人だかりを掻き分けて歩く。


「ちょ、将也……」

「ん? なに?」

「人とぶつかるって!」


 まるで誰も居ないかのようにズンズン進む将也に慌てて声を掛ける。


「へーき。へーき。みんな意外と避けてくれるからさ。お前ちょっと鍛えた?」


 将也の言う通り、すれ違う生徒は意外と簡単に避けてくれる。何回かぶつかりそうになったが相手の方から「すいません」とか言って避けてくれる。初めて日本に生まれてきて良かったと思ったかもしれない。


「ほら言ったろ? みんな優しいんだよ。やっぱお前鍛えたよな?」


 人混みという問題を無事解決したがまだ解決できていない問題がある。

 その問題が今まさにヘラヘラと何か俺に話しながら俺の肩をしつこく揉む将也。金属で出来た肩が硬いのは当たり前で、これは鍛えたとか言えば誤魔化せるだろうが、人口皮膚がずれそうでずっとヒヤヒヤしている。


「ま、まぁ! 多少は鍛えたよ。てかもういいだろ? くすぐったいから」


 思ったより大きな声が出て眉を寄せる将也を見て慌てて取り繕う。やっぱりこの体、外で動くには不便だ……。何より馬鹿みたいに無邪気にボディタッチをしまくる将也との相性が絶望的に悪い。

 こいつとの付き合い方を考えるべきかもしれない。

 こんな能天気に肩揉まれてオートマタバレなんて笑えないぞ……。


「もう少しまともな奴だったら……」

「ん? なんか言ったか?」

「何でもない」


 講義室のある校舎の扉を将也と入って、そのまま講義室に向かう。

 開け放たれた講義室の扉の前まで来ると、中の様子が見える。百席ほどある講義室には席の半分ほどの学生が座ってそれぞれの時間を過ごしている。


「ういーす」


 誰にするでもない挨拶を言いながら入る将也について俺も部屋に入る。

 講義室に入った瞬間、俺の視線は一瞬で一番前の席に座っている京香に吸い寄せられる。

 俺を一瞥し軽く微笑んだ京香は、すぐに手元のノートに目線を戻す。

 毎日の様に見て、手の届かない存在だった京香。だが今は違う。確かに今京香が満足そうに俺に微笑みかけてくれた。

 たった一瞬だったが俺はそれだけで満足出来た。思わず俺まで口角が上がってしまいそうになる。


「ん。あそこでいいかー?」


 上の空に行きかけた俺の意識を将也が引き戻す。教室の中程を指差した将也が俺の方を見ている。


「あ、うん。大丈夫」


 危ない。あんまり気を抜くと俺と京香の関係もバレてしまいそうだ。執拗に頷いて将也が指差した席に座る。

 座ってリュックサックから荷物を取り出そうとした時、ポケットに入れていたスマホが震える。見てみると京香からメッセージが来ている。

『健太君、見すぎ。可愛いんだから。私たちの事バレちゃうよ? もしバレっちゃったら健太君の体の事も知られちゃったりして』


「っ!」


 そこそこの長文で注意されているが、俺の視界は『可愛い』の文字しか捉えていない。

 京香から事あるごとに何度も可愛いと言われ、恥ずかしいけど嬉しい。そんな気持ちになっていたが、こうして文面で送られてくると、これはこれでまた別のインパクトがある。

 耳ではなく目で感じる様になってよりストレートに言葉を感じて体がきゅっと縮こまる。


『ごめん。気を付けるよ』


 俺がメッセージを返すとすぐ返事が返ってくる。


『私がそんなに気になった? 可愛いって言われて喜んでるんでしょ?』


 京香には俺のすべてがお見通しらしい。


『それはそうだけど……』


 これは画面にメッセージが残る分、直接言うより恥ずかしいかもしれない。

 チラリと京香の方を見ると涼しい顔でスマホを弄っている、時折、後ろに座ている石川さんと話しているみたいだ。


「ふぅ……」


 絶対俺で遊んでる。あんな何でもない様な顔して絶対に内心楽しんでるに違いない。

 変な責められ方を覚えてしまった。大きく息を吐いて気持ちを切り替える。そろそろ授業だ。


「どした? 久々で緊張してんの?」


 隣に座っている将也がニヤつきながら声を掛けてくる。


「い、いや違うって。なんでもないよ」


 片手を向け、将也にそう答えた時、スマホが震える。

『可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き』

「ぶふぉっ!」

「やっぱお前なんか変だって!」


 画面いっぱいに表示された京香からのメッセージ。狂気すら感じる。それを見た瞬間俺は思わず吹き出してしまった。

 そして突然噴き出した俺を見て立ち上がる将也。


「大丈夫大丈夫! ホントになんでも無いからっ!」


 将也の肩を叩き席に座らせながら俺はチラリと京香を見る。

 周りの生徒と同じように俺たちの方を向きながら、俺と目が合った瞬間、ニヤリと笑った。

 やっぱり俺で遊んでるっ‼

 教室中の視線を一気に集めた俺たちは努めて静かに着席した。


「おい! 変に目立つじゃん!」


 座りなおし、周囲の視線が逸れたのを確認してから将也に小声で怒鳴る。


「だってお前が変なんじゃん? 急に噴き出すしさ」

「思い出し笑いだよ」

「なんだそれ? 変なの」


 言い訳にしても苦しいが将也は興味を無くしてくれたようだ。アホで助かった。座りなおしてノートを広げ始めている。


――キーンコーン


「はい、授業しますよー」


 そこにチャイムと同時に教授が入って来て講義室が静まり返る。

 こうして、将也がアホだったおかげで無駄にピンチに陥り、そしてその将也に救われた登校を何とか終えた。


※    ※    ※


「はい。今日はここまで。次回は実験でもしましょうかね。お疲れ様でした」


 教授が教材を整理しながら講義室を後にする。

――キーンコーン

 少し遅れてチャイム。相変わらずチャイムより早く授業を終える教授だ。


「うーん! やっと終わった~!」


 両手を伸ばし大きく体を反らした健太は「よし、学祭準備しようぜ!」と俺の背中を叩き立ち上がる。


「お、おう」


 俺はさっさと荷物を片付け、それに答えながら将也に引きずられる様に講義室の出入口に向かう。

 無理やり連れだされる形になり、京香がこの後どうするかとか聞きたかったが間に合いそうにない。


「お、おいそんなに引っ張んなって」


 将也に引かれ教室から出ていく途中、京香の席の前を通りかかる時に京香を見る。

 俺の視線に気づいた京香も俺の方を向いてくれて、微笑えみながら俺にだけ見えるように小さく手を振る。

 多分、今から離れることを許してくれている。はず。

 軽く頷いて将也に引かれ講義室を後にする。


「で、準備ってなにすんの」


 廊下まで出て、俺を引く将也の手を剥がし、問う。


「あー、俺たち、タコ焼きすることになってさ、屋台の設営」

「なるほどね」


 どおりで将也が張り切っている訳だ。

 頭はアレだが筋肉だけは無駄に鍛えている将也にはピッタリの仕事かもしれない。


「テント建てるぞ~」

「あーい」


 鼻息を荒くしている将也とそんなに乗り気でない俺は大学の中庭に向かった。

 中庭に着くとまだまだ人が多い。幸い俺達が設営する場所は出入り口からも近いので人にぶつかったりすることは無さそうだ。


「テントの骨とか貰ってくるからちょっと待ってて」


 カラーコーンで仮囲いされている場所に荷物を置いて将也は倉庫がある方を指差す。


「俺も行こうか?」

「いや、俺一人で運ぶ。健太はコーンどけて、これで印つけてて」


 腕の調子を確かめるように二の腕を揉みながら答える将也。こいつ、設営を完全に筋トレとしか思っていない。

 俺を制した将也は、養生テープを俺に投げ渡し、小走りで向かって行った。


「何往復するつもりだよ……」


 溜息を吐きながら言われた通りにカラーコーンをどける。黒い重りのついたコーンだったが、軽く力を入れるだけで難なく持ち上げれる。


「おぉ、軽い」


 重りが付いたままのコーンを重ねながら地面にテープを貼っていく。

 体の動作は軽く、ちょっとしんどいしゃがんでの作業も難なくこなせるし、息も切れる事無く動ける。

 これは、この体になってからの数少ない利点かもしれない。


「何か手伝う事ある?」


 最後のコーンをどかして、テープを貼っていた俺に背後から声がかかる。

 振り向くと石川さんが膝に手を当て屈んでいた。


「おー。石川さん。今将也がテント持ってきてるから届いたら手伝って欲しいかも」

「オッケー」


 立ち上がった俺に石川さんは「京香ちゃんじゃなくてごめんね?」と悪戯っぽく笑う。


「やめてよ……きょ、柚木さんは買い出しでしょ?」


 バレーサークルで活発な石川さんとは違い、運動を得意としない、とクラスメイトに思われている。京香は絶対に買い出しに行っている。

こんなところで会えるなんて思っていない。会いたいのは間違いないけど……。


「冷めてるなぁ。諦めたら試合終了だよ?」

「諦めては無いし、俺はバスケ部じゃない」


 今となっては俺が京香の事を考えない時は無い。諦めるどころか隠すことになるとは思わなかったけど。


「ならよかった~。あ、田中君、持ってきたみたい」


 満足そうに頷いた石川さんは俺の背後を指差した。


「お、帰ったか。あとどれくらい残って……はぁ⁉」


 振り向くとテントの全てのパーツを両手で担いだ将也が歩いて来ている。

 そこそこ大きなテントだからかなり重いはずだ。なのにそれを一人で楽そうに持っている。


「何で一回で持ってきてんの⁉ 馬鹿なんじゃないの⁉」

「ん? なんだ? 部品足りない?」

「いや、台車とか借りろよ!」

「あはは。田中君さすがだねぇ」


 何食わぬ顔で鉄骨を降ろす将也と俺と将也のやり取りを見て楽しそうに笑う石川さん。


「おっし。準備始めようぜ」


 俺のツッコミは流されたまま、将也の声でテントの設営が始まった。

 説明書を全く読まず、勘だけで組み立てる将也を何とか制御しつつ、十分程で形になって来た。石川さんも加わってくれたおかげもあり、作業は順調だ。


「よし、後は屋根のシートを張って持ち上げるだけだな」


 上着を脱いでタンクトップ姿になった将也は、バッサバッサと大学の名前が入ったシートを広げる。が、大学の名前は内側に向いている。


「何で今まで力しか発揮できていないお前が仕切れると思ってんだ……それ上下逆だぞ」

「おっ、マジか。ナ~イス」


 三人でシートをひっくり返して組み立てた骨組みに被せる。初めて組んだにしては良い感じになった。

 たるんでいる所を三人で伸ばし、ひもを結び付けて、屋根の作業は終わり。


「よし、一旦作業中止」


 説明書に目を通した俺は二人に声をかける。


「え? なんで? あとは足伸ばすだけじゃん」

「四人で持ち上げないといけないんだよ。ほらこれ」


 将也に見せた説明書には『テントを持ち上げる際は必ず四人で持ち上げてください』と書かれている。


「行けるって。俺だぜ?」

「意味不明な自信を見せつけなくて良いから……。人来るの待つぞ」

「さっさと組み立てて買い出しに行ってる奴ら迎えようぜ? な?」


 どこから自信が出てくるのか石川さんの方を向いて同意を求める将也。散歩を待っている犬の様に目を輝かせている。


「あぁ、うん。そうだね。あはは」


 将也の圧に石川さんは強く言い返せず苦笑いをしている。


「よし! 決まり! って事で俺に任せろって。はいそっち持って」

「どうなっても知らないからな?」


 将也に急かされ、渋々テントの角を持つ。俺の隣には石川さんがテントの骨を持っている。


「ほんとに大丈夫かなぁ……」

「何とかなるって」


 愚痴る俺に笑顔で答えてくれる。石川さんもどっちかというと将也寄りの人間なのかもしれない。完全にアウェーじゃないか……。


「よし、行くぞー。せーのっ」


 俺達二人の対面で、角ではなく辺を持った将也の掛け声で持ち上げる手に力を籠める。

 将也の声に合わせて持ち上げた瞬間、テントが石川さんの方へ大きく傾く。


「ちょっ‼ うぅおぁ‼」


 ゆっくり持ち上げた石川さんと、勢いよく持ち上げた将也の間で重心が偏ってしまったのだ。

 斜めになったテントの先、石川さんの方を見た次の瞬間、テントの足が崩れ、崩壊を始め、雪崩の様に石川さんに向かって鉄骨が倒れてくる。


「きゃぁぁぁ!」

「石川さんっ!」


 咄嗟にテントを離し、石川さんに覆いかぶさり、背中で鉄骨を受け止める。

――ガランッ! ガランッ! ガラガラ……


「痛った……」

 くなかった。この体のおかげか、衝撃は凄まじかったが痛みは全くない。幸い生身の頭部には落ちてこなかったようだ。


「高橋君……?」


 ゆっくり目を開けると腰の抜けた石川さんが涙目で俺を見ている。


「平気?」

「うん……私は平気……」

「良かった……」


 ホッと溜息を吐く。無事そうで本当に良かった。


「おい大丈夫か⁉」


 反対側から駆け寄った将也と目を合わす。


「だから四人でって言ったろ! 言った通り崩れたじゃないか。おかげでやり直しだよ!」

「いやいやテントじゃなくてお前の体だろ⁉」


 目を白黒させた将也が俺を指差す。

 ヤバい。あまりにも普通に返事をしてしまった。


「え⁉ あぁ……そう言われると痛てぇ……かも」


 思い出したかのようにしゃがんで痛がる俺をきょとんと見つめる将也。自分がやってしまったという罪悪感と、俺の一つ遅れた反応の困惑が入り混じった様な表情だ。


「でも……お前……。さっき普通に……」


 不思議そうな顔が疑惑の顔に変わる。マズい。


「い、いや、さっきまで石川さんを助けようと必死だったからさ……ははは、いてて」

「お、おう……」

「今になって痛くなって来たっ……かも」


 将也に見せつけるように腕を抑える。


「おいおい、マジか。アレかアドレナリンってヤツか⁉」

「そんなもんかも……っぐ……」

「とっ、とりあえず病院っ! お前鍛えてたみたいだし⁉ 後から痛みが来てるのかもなっ!」


 つくづく将也がアホで助かった。俺の下手な芝居で慌て始めた。

 声を荒げた将也が俺に手を伸ばす。


「あっ! 私が行くよ!」


 将也に答えたのは俺ではなく俺の隣に居た石川さん。


「え?」


 俺は間抜けな声をあげる。


「田中君はこれから力仕事で必要だと思うから、私が連れていくよ」


 石川さんは俺の腰に手を回して俺を立ち上がらせようと力を籠める。


「ちょっと、何かあったの?」


 石川さんの力に体を預け立ち上がろうとした時、俺達三人に声がかかる。


「あ、京香ちゃん。もう戻ったんだね」


 いち早く声のした方に向いた石川さんは安堵したような明るい声で答える。

 一方、対照的に俺は一人、聞き覚えのある声に追い込まれていた。

 オートマタである事がバレること以上に俺が恐れていることが今まさに起ころうとしている。

 俺がバレる事より恐れている事、それは京香に他の女の事仲良くしている所を見られてしまう事。特に今、石川さんに密着している状態はかなりマズイ。仮に怒った京香が何を言い出すか分からない。最悪、家を追い出された挙句、もう京香の側で吐けなくなってしまうなんてことも……。

 ここは一旦、石川さんから離れて、俺の身の潔白を……っ!


「え、ちょっと高橋君!」


 幸い京香は将也の陰になってしゃがんでいる俺をまだ見てはいない。俺は石川さんの肩から腕を解き、離れようとする、が、俺はバレーで培った反射神経を舐めていたようだ。


「きゃっ!」

「うおぉ⁉」


 いち早く俺の動きに対応した石川さんは俺の腕を引っ張り、二人とも体制を崩してしまい、石川さんが俺に馬乗りになる様に倒れ込んでしまう。

 俺と石川さんの鼻先が触れる程の距離に近づいて、何とか勢いが止まった時、


「ちょっと、薫ちゃん⁉」


 京香が驚きの声と共に俺の側に現れた。


「あ……」


 石川さんの心なしか赤らんだ顔の向こうで京香と目が合った。


「きょ、柚木さん……」


 目が合った時間は一秒にも満たない。しかし俺にとっては十秒にも、一分にも感じれた。

 俺が京香の名前を声に出すと、京香は腹の奥が冷えるような笑みを一瞬浮かべた。それはまるで獲物を見つけた蛇。目線と表情だけで心臓を鷲掴みされた気分に陥る。

 最悪だと思う反面、俺の体は正直で。

 京香の嗜虐的な視線に悦び、身震いをしていた。


「何があったの?」


 すっかりいつものクールな顔に戻った京香は俺の状況を気に掛けることも無く石川さんに説明を求める。


「あ、えっと……テントが崩れて、高橋君が庇ってくれて……。今から病院に連れていこうとしているところ、かな」

「あら、二人とも大丈夫だったの?」

「うん。なんとか……」


 痛まない腕を押さえながらなんとか立ち上がる。ふりをする。


「良かったら私が連れていくよ? 私は買い出しだけで後は帰るだけだから」


 助かった……。京香の顔を窺うにそんなに怒っていないようだし、オートマタバレする危機的状況を脱する絶好の助け舟。

 以前から俺の恋心を理解している石川さんならさっさと俺を引き渡してくれるだろう。


「えっ! それは悪いって言うか……」


 そんな俺の期待を壊す様に石川さんが異を唱えた。


「え⁉」


 そんな石川さんの声に誰よりも早く俺が声を上げてしまった。


「高橋君? どうしたの?」


 やってしまった……。問題なく帰れると思い込んでいたせいで意味不明なタイミングでリアクションしてしまった……。

 京香がきょとんと俺の方を向いて疑問を投げかけてくる。が、俺には分かる。両目を大きく開いたその瞳は確かに笑っている。京香はこの状況を楽しんでいる!


「い、いやぁ……。綺麗な女の子二人が俺を取り合ってるなんて夢かなぁって……あはは……」


 キモ過ぎる! いくら何でもその言い訳はキモ過ぎやしないか俺!


「石川に柚木が取り合う……。まぁ、確かに羨ましいな」


 こんな言い訳通用する奴なんてこの│将也バカ位だぞ⁉


「ちょっ……! 急に綺麗とか意味わかんないから!」


 将也に続き、俺の隣に居る石川さんも顔を真っ赤にして俺に怒鳴りつける。

 石川さんにも効いてる⁉


「高橋君ったら随分大胆な事言うのね」


 完全にこの空間を楽しみだした京香は「うふふ」と楽しそうに笑う。もう楽しんでいる様子を隠す気はなさそうだ……。


「いや、別にそんなつもりじゃ……」

「私が綺麗じゃないって事⁉」


 咄嗟の一言に石川さんが大げさな動作で俺に詰め寄る。瞳に涙を浮かべて、さっきまであんなに心配していた痛んでいる設定の俺の腕を、握り締めている始末だ。


「うふふ。高橋君ったら随分ひどい事言うのね」


 助け船を求める俺の視線を無視して京香はまだ笑う。


「そんなつもりじゃないよ⁉」


 石川さんの肩を掴み、言い聞かせる様にして何とか腕から石川さんの手を引き剥がす。これ以上掴まれたらバレてしまいそうだ。


「ほんとに……?」

「本当だって!」

「そっか……」


 俺とのやり取りで安心したのか石川さんは大きく頷いて俯く。


「とにかく、薫ちゃんはこの後もテント建てたりしないといけないでしょ? 私に任せて」


 満足したのか、京香はそう言って強引に俺の腕を掴んで引き寄せる。


「うん……じゃぁ、お願い」


 さっきとは違いあっさり引き下がった石川さんは俺の方をまっすぐ向く。


「高橋君、さっきはありがとう。死んじゃったかと思った……。助かったよ」


 頬を赤らめ、眩しい笑顔を見せた石川さんはそう言った。


「お、おう」


 面と向かって言われると急に恥ずかしくなる。頬を掻いて返事をして、京香と大学を後にした。

 京香の家に帰る移動中、ずっと楽しそうに微笑んでスマホをつつく京香との会話は無く、俺の胸の中には石川さんの「ありがとう」がずっとこだましていた。

 この体でも誰かの役に立てる。そう思うとこの体でしか出来ない事をしたくなる。俺は密かにそう思った。

第6話お疲れさまでした!


面白かったらいいねと評価、ぽちっとお願いします!


感想なんかを頂けるとモチベーション爆上がりでございます。ので何卒。

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