2:このヒロイン、吐かせます。
「た君……健太君……」
真っ暗な世界の中で女の声が聞こえる。何度も何度も俺の名前を呼んでいる。
それに返事をしようとするが声が出せない。だが声は段々と鮮明に聞こえる様になってくる。
「健太君! 調整間違えたかな……」
徐々にはっきりしてくる意識の中で、閉じた瞼に光を感じ、瞳を開く。
「あ、健太君。ちゃんと起きれたね」
ずっと聞こえて来た声の主が仰向けで寝ている俺の顔を覗き込んでくる。医療ドラマで見た事のあるライトをバックに満面の笑みを向けているその顔には見覚えがあった。長い黒髪に、髪と同じ色の瞳。何度も側に居れたらと願ったその顔が俺だけを見ている。
間違えるはずがない。この顔は俺と同じ大学で俺の片思いの相手の……。
「うぇぇ⁉ ゆ、柚木さん……?」
俺を見つめていたのは柚木京香。見間違えるはずがない。
目を覚ましてすぐ、予想外の相手に咄嗟に体を震わせ上体を起こす。
「動かないでっ! まだ調整が微妙なところなの……」
瞳を見開き、普段大学で見るお淑やかな姿からは想像もつかない程大きな声を上げる柚木さん。俺は体を硬直させつつ、水晶の様に綺麗なその瞳から視線を外せずにいた。
心なしか柚木さんの頬が赤い気がする。
「どこもおかしなところは無い?」
心配そうに見つめる柚木さんに釣られるようにして自分の体を見る。病衣に身を包んだ体に目立った外傷は無く、軽く触ってみてもいつも通りの感触を感じる。
「え、無いけど……俺、事故った筈……」
「そっか。良かった。思ったより上手くいったみたいね」
胸をなでおろす柚木さんは俺に手を伸ばして微笑む。
「健太君には話さないといけない事がたくさんあるから。起き上がれる?」
ドギマギしながらゆっくりと柚木さんの手を取り、寝ていたベッドから降りる。暖かい柚木さんの手が俺の手を強く握る。
「食事でもしながらお話しましょうか」
「う、うん」
ここが一体どこなのかだとか、事故の記憶の事とか、なんで柚木さんがここに居るのかとか気になることは山ほどあるが、目で追いかけるだけだった柚木さんが目の前に居るだけで満足してしまっている。
我ながら呆れてしまうが男子はこんなもんだろう。
柚木さんに引かれるまま部屋から出て階段を上がる。どうやら俺は地下室に居た様だ。階段を登った先の廊下を歩き、案内されたのは、リビングダイニング。
大きなテレビが置かれ、部屋に置かれたテーブルには大学でいつも見ていたドールが置いてある。
一人で住むにはかなり広いが、見たところ他の家族の気配はなく、他の人の気配はない。
「さぁ、ここに座って」
案内されたのは四人掛けのテーブル。家族用のテーブルだが椅子が二つしか置かれていない。
「汚い部屋でごめんなさいね。すぐに準備するから」
キッチンに向かった柚木さんを眺めながら言われた通り椅子に座る。
「全然汚くないけど……」
「簡単な物しか今は無いけど、我慢してね」
俺の独り言を流しつつ、そう言って長い髪を一つに束ねた柚木さんはエプロンをつけ、フライパンを手に取る。
「あ、俺、手伝うよ」
このまま座っているのは申し訳なく、俺は立ち上がろうと椅子をずらす。がそれを見て柚木さんが首を振る。
「ううん。そこで待ってて? 健太君はご飯が出来るまで私の話相手になって欲しいな」
「あ、うん。わかった」
無理に手伝いを押し切るつもりも無いので俺は椅子に座って思う事を聞いてみることにした。
「俺って事故った……よね?」
恐る恐る柚木さんの様子を見ながら問う。
「ふふ。健太君って随分せっかちだね。ちゃんと話すから、それはご飯の時にね」
そう言って卵を割り始めた柚木さんの指先を見つめながら、ぎこちなく「お、おう」と返事をした俺はそれから黙り込み部屋に沈黙が流れる。
「健太君って卵焼きは醤油派? 出汁派? それとも砂糖?」
卵を菜箸で溶き始めた柚木さんが沈黙を破る。
「何味でも食べれるけど出汁が一番好き、かな」
沈黙から逃れるように俺は食い気味に答える。
「やっぱり」
くすっと笑う柚木さんは既に出汁の素をボウルへ入れ混ぜていた。
「え?」
違和感を覚える返答に聞き返すが、それを無視するように柚木さんは料理を続ける。
「ううん。なんでもないよ。もう少しで出来るから健太君はいい子で待っててね」
フライパンに卵が落とされると、ジュワっという音と共に出汁の香りが部屋に漂う。
「う、うん」
いい子って。それにさっきから柚木さんは俺の事を名前で呼んでいる。家族以外の異性に名前を呼ばれたことが無い俺は、名前を呼ばれるたびに心がドキンと波打つ。
視界の先、キッチンで柚木さんが握る菜箸が薄く焼かれた卵をゆっくりと捲り、折りたたんでいく。
自分の親が同じことをしてもただの日常だと思ってしまうのに柚木さんの場合、なぜか見てはいけない所を見ているような気がしてくる。
同時に自分だけがこの景色を見ることが出来ているという優越感も。
「お待たせ健太君」
両手でお盆を持ちテーブルとキッチンを二往復し二人分の食事を用意する柚木さん。
並べられた料理は白米、おかずに卵焼きと焼き鮭。湯気が上がる味噌汁も置かれ、お盆の端には漬物もひそかに置いてある。見た目も匂いも完璧な和食だ。
「いただきます」
「いただきます」
やはり食事は和食に限る。と味噌汁を啜った瞬間にしみじみと思う。口の中に広がる塩味と、鼻から抜ける出汁の香りが心を落ち着かせてくれる。
「健太君、自分の体の事知りたい?」
卵焼きを咀嚼する柚木さんが口元を押さえながら俺の一挙手一投足を観察するように見つめる。
「うん。俺の記憶が確かなら原付でこけて無事では済んでいないと思うんだけど……」
目の前に手の平を広げ、握って開く。違和感なく動く指先。今まさに感じている皮膚に爪が当たる感覚も全て何事も無かったかの様だ。
記憶に残ったバイトの帰り道、原付から投げ出された瞬間と薄れゆく意識の中で見た最後の自分の手。使い物にならないと一目で分かるひしゃげた指先と全く挙げられない腕。
食い違った記憶と現実に次々と疑問が湧いては解決しないまま消えてゆく。
「健太君の記憶は合ってるよ」
「……え?」
「確かにバイトの帰り道に死んだ」
柚木さんの口から想像出来ても信じたくない事実が簡単に告げられる。
分かっていたつもりでもいざ聞かされると間抜けな声が出てしまう。
「い、いやでも……生きてるよね……?」
「オートマタ技術って知ってるでしょ?」
即答した柚木さんは頷くことしか出来ない俺に微笑みかけ更に続ける。
「健太君はあの夜、猫を避けようとして単独事故。全身打撲で死んでしまった。あ、安心して? 猫は無事だったよ」
柚木さんは陶器の様な白くハリのある肌を優しく歪め、「健太君はやっぱり優しいね」と呟いて白米を口に運ぶ。混乱する頭を無視して俺は柚木さんさんの口元を見てしまう。
「で、でもさ、オートマタの手術って生きた人間にしか出来ないんじゃないの」
「それは大丈夫。実はオートマタって脳が生きていれば出来るのよ」
「そう、なんだ……」
そんなことはニュースでも授業でも聞いたこと無いが極秘の情報なのだろうか。柚木さんの言葉を何となく飲み込む。
「でも、どうして柚木さんが……」
「そんなに聞かなくても全部話すよ。健太君に隠し事なんてしたくないもん」
麦茶を飲み一息ついた柚木さんがまっすぐ見つめる。
「わ、わかった」
駄々をこねる子供の様な可愛らしい口調ではあるが、形容し難い不気味さに震え声で答える。
「順番に話すね?」
「うん」
「あの日私は健太君の事故に偶然立ち会ったの。偶然ね。すぐに助けを呼んだけど手遅れで、健太君の体は死んでしまった」
柚木さんが淡々と語る俺が知らない事故の真相に無言で頷き続けるしかできない。
「でも健太君に死んでほしく無かったから、健太君の頭と生き残った内臓を持って帰ってみたの」
「……え?」
我が耳を疑った。柚木さんの言葉に呆けた声を出すことしかできない。
「どうしたの?」
目の前の柚木さんは表情一つ変えず、さも当然かの様に首を傾げて聞き返す。
「持って帰った……?」
「そう。持って帰ったの。健太君とは一度ちゃんとお話してみたかったからね。続き話すね?」
これ以上の質問を遮る様に柚木さんによる演説が始まる。
「健太君を持って帰ってすぐにオートマタ手術を始めたわ。無事だった胃袋までの消化器官と脳みそは健太君のモノだけど、他のは全部ダメだったから人口パーツにしたの。本当は内臓全部補ってあげたかったけど、延命機器の為に体のスペース使っちゃって入れられなかったの。ごめんね」
「ごめんねって……」
震える声が漏れる。
「で、でもさ、オートマタの手術って一部の限られた人にしかできないんでしょ?」
自分がオートマタになったことは無理やりに理解するとして、ただ柚木さんが何故オートマタ手術が出来るのかがわからない。
「健太君は無認可なオートマタ手術を受けた人が居るっての知ってる? 授業でもやってたけど」
柚木さんは立ち上がってリビングにあるソファに向かう。
ソファに置かれたドールを大事そうに抱きかかえると俺の方へ戻ってくる。
「うん。どっかの政治家が言ってるのをニュースでも聞いたことあるよ」
その動きを見つめたまま返事をする。柚木さんが行う全ての動作が蠱惑的で自然と視線を引き寄せられる。
歩けばスキニーパンツでラインがハッキリと浮き出た細いその足を見てしまうし、抱きかかえるドールに目を移せばその後ろにある少し小さい胸に目がいってしまう。
柚木さんが持っているドールはいつも大学で俺の事を見つめていた気がしていたあのドール。
六分の一サイズの黒髪黒目のドールは漆黒のゴスロリ服を着て、首からは十字架のネックレスを下げている。頭に乗せられた小さな黒の帽子には真っ赤なバラをモチーフにしたリボンがあしらってある。
初めて見た時、そのドールは不気味で、柚木さんの事をやばい人だと思ったがそんな考えは一瞬で消え、なんで持っているかという興味だったり、清楚な柚木さんがゴスロリドールを持つミステリアスさだったりが日に日に強くなっていった。
「私、ドールが大好きなの。この子はマリーちゃん」
マリーと呼ばれたドールの頭を撫でながら話を続ける柚木さん。
「ドールを作る時にはね。自分で全部のパーツを組み合わせないといけないの。体の形、大きさも関節も目も髪もお化粧もお洋服も」
「柚木さんの趣味とオートマタに何の関係が……?」
「いい子にして聞いてて」
口を挟んだ俺を頬を膨らませた柚木さんが抑える。抱いていたマリーを目の前まで持ち上げる。
母親が自分の子を見つめるような慈愛に満ちた微笑みでマリーを見つめ、頭をなでる柚木さん。
「そうやって自分の周りにドールが増えていったある日ね、私のおじいちゃんがオートマタ手術を受けることになったの」
黙って聞くことしかできない俺は柚木さんの表情をじっと見つめる。
「柚木さんのおじいさんって確か……」
「ユズキ製作所の会長だよ?」
あっけらかんと答える柚木さん。なるほど。一人でこんな広い部屋に住んでいるのも俺をオートマタにするほどの設備があるのも一応納得できそうだ。
「そんなことはどうでもよくって……。私無理言って見せて貰ったのオートマタ手術。そしたらある事に気付いたわ! なんだと思う健太君!」
柚木さんについていろいろ思考している俺の方を突然向き、目を見開く柚木さん。思わす肩をビクッと震わせながら答える。
「なんだと思うって言われても……」
「想像力は大事だよ健太君! 理数系の成績が悪いのはそのせいかな?」
「そんなこと言われてもな……。ってか、なんで俺の成績知って……」
「答えは、ドールを作る工程とそんなに変わらないことでしたっ!」
間髪入れずに話を前へと進める柚木さん。このまま柚木さんの話を聞いていた方が早いと感じた俺は聴き続けることにした。
「もうわかったでしょ! 健太君の体の秘密」
興奮気味に話しすぎて息を切らせた柚木さんは椅子に座り俺を見つめる。マリーをテーブルに座らせ、俺と目が合うように向ける。
「まぁ、なんとなくは……」
冷静なままでいる思考はこれまでの話を組み立てて理解に及んでいる。
「そうだよね。でも私から言っていい? ずっと言いたかったの」
俺が頷くのを確認した柚木さんは乗り出した身を引き、ゆっくりと腕を上げ、俺に人差し指を向ける。
指を指されゆっくり唾を飲み込む。大きく息を吸い込んだ柚木さんは口角を上げる。
「健太君は私が一から作った無認可オートマタだよ!」
やはり。と思う反面、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。微笑んだままの柚木さんは俺の肩に手を置ける距離まで歩み寄り、落ち着いた口調で言い聞かせるように、
「健太君の存在そのものが法律違反なんだよ」
と言った。
重くのしかかるように言葉を押し付ける柚木さん。
柚木さんの言葉を聞いた途端、ドクンと体が跳ね、俺は堪らず口を抑える。テーブルに体を預ける様にうずくまる。
「健太君?」
心配そうな声を出した柚木さんが肩に乗せた手に力を籠める。
「柚木さん……。トイレに……」
込み上げるモノが何かは俺にはすぐに理解できた。胃が激しく上下する感覚はいつもトイレで感じているモノと同じ。
理由は分からないがもう間もなく嘔吐する。これは抑えれそうにない。
「え? こっちだけど……」
肩を震わせながら柚木さんの肩を借り、トイレまで案内される。
綺麗に掃除された個室のトイレに案内され、内装を確認することなく俺は膝を突き、便器の淵に手を置く。オートマタになった体でも便器は冷たく、喉の奥は熱く感じる。
数回の嗚咽の後、粘度の高い唾液が込み上げては開けた口から便器に垂れてゆく。
「調子悪くなっちゃった?」
背後に聞こえる柚木さんの声に首を縦に振った俺は四つん這いの体制を変えることなく唾液垂れ流し続ける。
「……っぷぁ。ちょっ……と……。ぉえ……。一人にして、欲しい」
何とか声を絞り出し、柚木さんの顔を見ず左手だけを向ける。
「え? どうして? 私の健太君なのに。見ないはずないじゃん」
きっぱりと断った柚木さんは俺の震える背中を擦り続ける。
「そういう、事じゃなくって! げぅっ……。……もう出るからっ」
こみ上げる小さなゲップを吐き出しながら必死に叫ぶが、柚木さんはその場から動かない。むしろ更に体を近づけ俺の顔を覗き込むように見つめる。柚木さんの息遣いが耳を刺激し、俺の背中に甘い電流が走る。
依然として俺の口からは唾液が止まることなく流れ出している。柚木さんは落ちていく唾液の一滴を食い入るように見つめ、便器に落ちれば次は俺の顔を見る。そんな往復を何度もしている。
「だぁめ。全部見てあげる」
視界の端で柚木さんの顔がちらつく中、俺の喉は限界まで広がってゆく。
今まで何度も一人で快楽の為に吐いてはいたが誰かに見られたことは無い。むしろ自分の嘔吐を誰かに見られたことのある人の方が少ないだろう。
それ以上に誰かの嘔吐を見たいなんて人は居ないと思っていたし、そんなものはビデオの中のフィクションだと思っていた。
しかしすぐ隣。柚木さんは荒くなっていく息遣いが聞こえてくるほどに近く、まじまじと涙を浮かべる俺の目と、垂れ流し続けられる唾液が水音を立てながら便器に落ちるのを見つめている。
最後の抵抗で柚木さんの方を目だけを動かして見る。
目が合った。恍惚とした表情をした柚木さんとはっきり目が合った。
「どして見て……おぉっ、うおぁぁあああぁぁ……」
柚木さんの表情を見た瞬間、堰を切ったように吐き出され続ける先ほど食べた朝食。何を食べたのかすぐに分かってしまう程形を残した内容物は、真っ白な便器を汚しながら水面に浮かんでゆく。
「あぁぁ……! 吐いたっ! 健太君が吐いた! 私が作ったご飯をぐちゃぐちゃにして吐いてる! 私の前でっ!」
吐いた俺を見て歓喜の声を上げる柚木さんの声をよそに、吐瀉物の勢いは衰えることなく吐き出され続ける。大量の吐瀉物で喉が埋まり、呼吸もままならない。出口を見失ったものは鼻からも垂れてゆく。
飛び散る飛沫に目もくれず俺の顔を覗き込んでくる。
「ねぇ、もっと顔見せて? 健太君のその顔、私だけに見せて!」
トイレ中に充満する胃酸と朝食の匂い。変わり果てた食事の姿を見て俺は息を切らせながら「ごめん」と呟く。
絶対に見られてはいけない所を見られた。恥ずかしいなんてものではない。せっかく作ってもらった朝食を吐いただけでなく、それを本人に見せてしまっている。終わった。俺の頭の中には柚木さんに嫌われたという不安感だけが募っていく。
「うふふ。気にしないで。健太君が吐いてくれるならいくらでも作ってあげるっ。あぁ……最後にもう一回顔を見せて?」
柚木さんはそう言って俺の頬を両手で包むと自分の顔の前まで強引に引く。
目の前に柚木さんの顔があるが、作ってもらった朝食を吐いてしまった罪悪感や、嘔吐でぐちゃぐちゃになった顔を見てほしくなかったりで俺は柚木さんの視線から目を逸らしてしまう。
「ふふ。やっぱ吐いてる時も可愛いけど吐いた後も可愛いね……」
柚木さんは楽しそうにそう言い残して立ち上がると、トイレから立ち去っていく。
残された俺は便器の中の吐瀉物を流し、扉の横に置かれた手洗い場の蛇口を捻る。
「はぁ、はぁ、マジか……」
俺の中に一つはっきりと答えが出る。
人にはそれぞれ性癖がある。俺が普段吐くことに快感を覚え、吐き続けるように、柚木さんもまた、
嘔吐フェチだ!
映像作品だとか大人な本では見た事はある。吐くことに快楽を覚える俺とは全く真逆の存在。そんな人もまた嘔吐フェチである。空想上の存在だと思っていたが、俺の片思いの相手が嘔吐フェチ……。
「マジか……」
体がぶるりと大きく震えた。
俺と柚木さんが同じ性癖……。思ったより今の境遇は恵まれているのかもしれない。
高鳴る胸を何とか鎮めつつ、口をゆすぎ、深呼吸をして落ち着きを取り戻した俺は顔を上げると鏡に映る自分の顔と目が合う。生身の人間と言われても違和感の無い肌が鏡に映る。高鳴る胸とは対照的に急に現実に戻された気分だ。
少し浮き出た鎖骨も首に出来た筋も、自分が何者かを考えるには十分すぎる。
「これでオートマタなんだよな……?」
自分の存在を気にするなんて哲学的な事なんて今まで考えても無かったので、真剣に考えている今の自分がおかしく感じる。
「でも今吐いたしな……」
また増えた疑問を抱えトイレのドアノブを捻り廊下へと出た。
トイレから出てリビングへと行くと柚木さんが朝食の残りを食べているところだった。
「健太君。お帰り。まだ食べる?」
白米と卵焼きを頬張りながらこちらを向く柚木さん。
「いや、もう大丈夫。それより少し休みたい……かな」
「そっか。寝室に健太君のベッドを用意してるからそこを使って。廊下の突き当りを右よ」
柚木さんは今歩いた廊下を指さす。
「うん、ありがとう」
「ふふ。気にしないで?」
踵を返しドアを開け廊下に向かう。
「またすっきりしたくなったら言ってね」
去り際に聞こえた柚木さんの声を聞き流して寝室に入る。
寝室はキングサイズのベッドが一つ部屋に置かれ、それ以外の物は何も置かれていない。皺ひとつないベッドがまるで生活感のない質素な印象。
「これで寝るのか……?」
一人で使うには大きすぎるベッドに腰かけて溜息を吐く。
「てか今の俺は寝れるのか?」
そもそもの疑問を浮かべながら横になる。ここまで大規模なオートマタの手術を受けた人間が寝れるなんてそんなことは知らないが横になると途端に強烈な眠気に襲われる。
何度も欠伸が出てきて。重くなった瞼をそのまま閉じる。
一瞬で意識を奪われた俺は静かに寝息を立て始めた。
※ ※ ※
健太君が寝室に向かい、一人残ったテーブルで箸を動かしマリーの頭をなでる。
「マリー。見た? 健太君の吐いてる時の顔。可愛かった……」
食べ終えた皿を流しに持って行き、二人分の食器を洗う。
「あの子、毎日家でもバイト先でも吐いてるのに、私に見られただけですごく恥ずかしそうだったなぁ」
洗い終えた食器を乾燥機に入れリビングのソファに座る。
「初めてにしては上手だったでしょ? 健太君が起きたら健太君の秘密ちゃんと教えてあげないとね」
マリーを隣に座らせてクッションを抱きしめる。高鳴る鼓動は心地よく私の体を震わせた。
第2話お疲れさまでした!
面白かったらいいねと評価、ぽちっとお願いします!
感想なんかを頂けるとモチベーション爆上がりでございます。ので何卒。