表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

15:奪われた日常

 やっと家の前にたどり着いた。時間にして十分程だったが俺にとっては長すぎる帰宅時間だった。


「ただいま! 京香さんごめんね。ちょっと遅くなって……」


 聞こえているか分からないがそう言いながら靴を脱ぎリビングに向かう。


「ただいま……」


 リビングの扉を開いた俺は部屋の中を見て言葉を失った。

 部屋には誰も居なかった。


「え? まだ帰ってないのか?」


 昂っていた心が一気に冷める。急な用事でも出来たのだろうか。


「そっか……」


 落胆の声を上げながら椅子に座るとテーブルに置かれた京香のスマホが目に留まる。


「あれ? 一回帰ったのか?」


 スマホを置いて行ったという事はコンビニとか近くのスーパーにでも行ってるのだろうか。


「まぁ、すぐ帰ってくるか……」


 何も考えずとりあえず京香を待つことにした。


……

…………

………………


……遅い。あまりにも遅い。


 時刻は七時。スマホを置いて出ていくにしては遅すぎる。

 少し心配になってソワソワしてきた。どうしようもなく、さっきからリビングを歩き回っている。


「大丈夫かな……」


 天井を見上げ、独り言を発した時、


――――ぴろんっ


 陽気な通知音が室内に響く。この音は俺のスマホの音だ。

 スマホに飛びついて画面を見る。通知には『京香』と表示されている。


「うぇ⁉」


 目の前にある京香のスマホと自分のスマホを交互に見てメッセージを確認する。


『落ち着いて見てね。オートマタ解放戦線に攫われて今どこに居るか分からない。ご飯作ってあげられなくてごめんなさい。油断しちゃってごめんなさい』


「……は?」


 思わず間抜けな声が漏れた。視界の画面がぼやけて、気が遠くなっていく感覚をはっきりと覚える。


「は? んだよこれ……」


 即座に怒りが込み上げる。握ったスマホに腕が震える程の力が籠り、画面にヒビが入る。

 そのままスマホでユーチューブを開いてオートマタ解放戦線と検索。割れた画面越しに新しい動画が上がっていないかを確認するが新しい動画は上がっていない。


「ッチ……」


 舌打ちをしながら、椅子に座りなおして溜息を吐く。


「なんだよこれ……」


 俺が帰っている間に攫われたのか。だとしたら俺のせいだ。独り言に俺に対する怒りも籠る。


「俺にどうしろって……」


 とはいえ抑えようのない怒りの矛先はオートマタ解放戦線に他ならない。だが奴らが何処に居るのか、何をしようとしているのかも分からない。それが一番イラつく。


――――ぴろんっ


 また通知音。すぐ確認する。


『さっき会話が聞こえたんだけど、多分明日の朝までは何もされないと思う。だから安心して? 私は大丈夫だから。明日になってからでも遅くないからね』


 こんな時でも京香は俺を気遣ってくれているらしい。どこまでも敵わない。というかどうやって送ってきているんだろうか……。


「よし……」


 京香に待てと言われたなら俺に出来ることは待つだけ。焦っていても仕方がない。

 さっさと一日を終わらせる準備を終わらせた俺は、トイレに居た。便器の前に膝を突いている。胃袋の中にはさっき適当に食べた冷蔵庫の中身が入っている。


「許さねぇ……京香さんを……。絶対にバラバラにしてやる」


 便器に張られた水に映った俺の顔を睨みつけながら口から垂れる涎を便器にそのまま落とす。


 あいつらのせいで石川さんの生活は壊され、京香も今こうなっている。

俺だって一人で吐く目に遭って、隣に京香も居ない。オートマタになる前の俺なら満足しただろうが、今は出来ない。出来る訳が無い。


「はぁ……。ぅえ……ぉおぉ……」


 この嗚咽を悦んで見てくれることも無い。


「おえぇぇぇぇぇっぉぉぇぉおえ……」


 そうして俺はやり場のない怒りと喪失感をトイレに吐き出した。


※    ※    ※


 次の日。俺は朝からソファに座ってユーチューブのオートマタ解放戦線のチャンネルページを更新し続けていた。


 あれから京香から連絡は無い。


「はぁ……」


 そろそろ昼が近くなって来た。未だに動きは無いがそれでも俺は更新をし続ける。一刻も早く京香に会いたい。その一心で。


――――ぴろんっ


 通知音が鳴る。もちろん京香から。

 更新を辞め、すぐにメッセージを見る。


『もう少し後に動画が出ると思う。私は健太君を壊すか仲間に入れる為の人質みたい。何があっても冷静にね?』


 返信を送っても、テーブルの上にある京香のスマホが鳴るだけなのは昨日確認した。

 しっかりとメッセージを確認したけど、冷静にはなれない。

 動画を見るまでは何もできないのが本当にイラつく。

 そして、ものの五分もしないうちに動画が上がった。

 タイトルは『【オートマタ解放戦線】親愛なる赤いオートマタへ』

なんともふざけたタイトルをつけたもんだ。

 真顔のまま動画を再生する。


『やぁ。赤いオートマタ……。お前の彼女はちょっと借りているよ? 安心して。乱暴はしてないから』


 白いソファに座っている男は爽やかな微笑みを浮かべた目鼻立ちの整った色白のイケメン。年は俺より少し上に見える。動画の男は声の加工も無ければ顔出しもしている。


『君のおかげで僕の仲間が次々いなくなっちゃった。僕は寂しいよ。あぁ、でも気にしないで君が代わりになってくれればそれでいから』


 虫も殺さないような笑みで淡々と語る男。語られる言葉に温度を感じることはなく、本当に寂しいと思っているのかさえ不明瞭だ。

 そんな爽やか男の顔を俺は黙って見つめる。


『君、随分強いみたいだね。君は僕たちの事を何か誤解している様だ。その誤解を解いておこうと思ってね? 今から言う住所まで来てよ。僕と話そう。喧嘩をするつもりは無いよ。来てくれたら君の彼女も返してあげるからさ』


 そう言って男が示した住所はここから然程遠くない繁華街のビル。今まで指定された場所と違って人通りも多い。

 男は「ふぅ」と一息吐くとカメラに向かってゆっくりと歩き出す。そして両手でカメラを勢いよく掴む。


『どうせ赤いオートマタ君意外の奴も見ているんだろ? 野次馬、警察。みんなおいでよ。最高の景色を見せてあげるからさ』


 唾でも飛んできそうな距離でニヤつきながらそう言って動画は終わった。


「……ッち」


 動画が終わると同時、俺は舌打ちをしながらヘルメットを被り、さっさと身支度を済ませて家から飛び出した。


 走って男が指定したビルに向かう。生身なら電車に乗った方が早いが、この体なら走った方が良い。車道を走る車を追い抜きながら指定されたビルに向かって走る。

 すれ違う人の合間を縫い、あるいは飛び越し、数々の視線を感じながら、ただ真っすぐに向かう。俺の頭にあるのは京香の事ばかり。


「京香さん……」


 そんな想いが、無意識に口から出た時、ポケットに入れた京香のスマホが震える。


「ん?」


 少し速度を緩めてスマホ画面を確認すると着信中の文字。


「京香さんのスマホと繋げて」


 勝手にスマホを操作するのはちょっと悪い気もするけどそんな事気にしてはいられない。


『京香のスマホと繋げます』


 機械的な京香の声の後、バイザーに『マリー』と映し出される。


「マリーから⁉」


 驚き、目を見開きながらも「応答」と答える。

 するとホワイトノイズが聞こえ、くぐもった音が聞こえる。


「――動画は投稿しました。赤いオートマタに早く会いたいですね……」


 聞き覚えのある声。動画の男だ。


「あの子を怒らせて、後悔しても知らないから」


 それに答えるのは京香。怒気を孕んだ声だが透き通るような声には変わらない。久しぶりに聞いたせいで聞き惚れそうだ。


「僕は人間でなくなった時からとっくに後悔はしていますよ」

「人の事、そんなに憎いのね」

「えぇ。そうです」


 どうして着信が来たのかも分からないが京香がどんな会話しているのかも気になる。俺は二人の会話を聞きながら走ることにした。


「誰もこんな体にしてくれなんて言ってないんですよ」

「あの子もそうよ」

「だから赤いオートマタと話して説得しようと思っているんですよ」

「論外ね」


 京香が苦笑交じりに吐き捨てる。


「気の強い人だ……」


 そう言って少しの沈黙の後、


「あぁ……!」


 京香の低い悲鳴が聞こえる。

 その声に俺は、ハッとする。京香さんは何をされた? 


「赤いオートマタには貴方をどんな形で返すかは明言していないんですよ?」

「やってみなさいよ……」


 京香の息を切らせた苦しそうな声が聞こえる。


「うぐっ……!」


 そしてもう一度京香の呻き声が聞こえる。


「あまり調子には乗らないで欲しいな。人間のくせにさ。ッハハ!」


 そうして男の笑い声が遠のいていった。


「ゲホッ……ゲホッ。はぁ。はぁ……」


 残ったのは京香の荒い呼吸と咳。

 奥歯を噛みしめ、動かす足を速める。これを聞いて俺は正気ではいられない。


「健太君……怒っちゃダメよ……」


 京香が俺に言い聞かせるように呟く。おかげで怒りながらも冷静でいられそうだ。


「許さねぇ……」


 段々と街も賑やかになって来た。怒りに震える俺を茶化すようにも思えてくる。


「あそこだ……」


 指定されたビルが見えてきた。十階程ある高さのボロいビルだ。そのビルの三階。そこに京香とあいつが居る。

 普通のオフィスビルの様で、入り口のドアは開いているみたいだが、動画を見てやってきた野次馬の人と警察が何人もいるせいで入り口に近づくことはおろか、ドアを見る事も出来ない。

 が、俺も行儀よく入り口から入る気など毛頭無い。

 俺は人の壁が出来ている寸前まで全速力で走り、ビルに向かって踏み切る。


「っるぁぁ‼」


 叫ぶと同時、俺は矢の如く窓ガラスに向かって猛スピードで飛び込む。

 窓に当たる寸前、顔の前で腕を、体を丸めながら足をクロスさせ窓ガラスをぶち破った。

第15話お疲れさまでした!


面白かったらいいねと評価、ぽちっとお願いします!


感想なんかを頂けるとモチベーション爆上がりでございます。ので何卒。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ