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14:片付け

 家に帰った俺たちはいつもの様に地下室に居た。


「お疲れ様。結構無茶しちゃったね」


 手術台に寝かされた俺の体を京香が撫でる。

 京香が触れた箇所に甘い刺激が走る。気がする。


「そんな顔しなくても、もっと触ってあげる……。やられたところ随分支障が出てる。健太君は寝てていいからね」

「うん……」


 京香の声に流されるまま目を閉じる。しばらく俺の体を触診した京香はガチャガチャと工具を弄っている。


「それじゃ、健太君、一回意識無くしちゃうからまた後で会おうね」


 素体整備の準備が出来たのだろう。手術で麻酔をするように今から俺の意識は無くなる。


「うん。また後で」


 最初は不安で仕方が無かった整備だが、今では安心して受けられる。


「じゃ、意識を抜くね」


 そう言って俺の首元に何かを差し込まれる。


―――プシュッ


 短い空気が抜ける音が聞こえると段々意識が遠のいてくる。


「健太君。大、き……よ」


 意識を手放す寸前、京香さんが何かを言ったような気がした。


※    ※    ※


 俺の意識が戻ったのは次の日の朝だった。


「おはよう健太君。調子はどう?」


 リビングに行くと京香が食後の紅茶を飲んでいた。


「おはよう。ばっちりそうだよ」


 肩をグルンと回し、体の調子を確かめる。昨日戦った後よりも体が軽い。


「良かった。今日は大学に行ってくるから、その間石川さんの家に行ってあげてね」


 座っている椅子に掛けたバッグを肩に掛け、そこにマリーを入れ、立ち上がる京香。


「うん。行ってらっしゃい。何時ごろに帰ってくる?」

「五時くらいには帰ってくると思うよ。うふふ」


 返事をした京香が楽しそうに笑う。


「え? 何? どしたの?」

「健太君、私みたいな事言い出しちゃったね?」


 満足そうに微笑んだ京香は俺に近づき俺の頬に両手を添える。


「私色に染まってきちゃったね。嬉しいわ」

「……」


 数秒京香と見つめ合う。笑っている京香に対して俺は多分引きつっている。と思う。


「まだ慣れない?」

「は、恥ずかしい、かな」


 俺の返事に口角を吊り上げ目を細めた京香は、頬から手を放して玄関に歩き始める。

 背中を目線で追いかけながら、まだ温もりが残る頬を触る。


「行ってきます」

「うん……行ってらっしゃい」


 立ち尽くしたまま京香を見送る。

 寝ても覚めても京香のペースにされる。おかげで俺は起きた時に聞くべきことを忘れていた。


「何て言ったのか聞けなかったな……」


 数秒経ってから俺の一日が始まる。

 まずは石川さんに連絡。スマホを取り出しメッセージを送る。


『今から片付けを手伝おうと思うんだけど、行って大丈夫?』


 送ってすぐに返事が来る。


『大丈夫! 待ってるね』


 返事がやけに元気なのがカラ元気じゃ無けりゃいいけど……。


『了解。すぐ行くね』


 返事を送り、家を出た。


※    ※    ※


「いらっしゃい! 散らかってるけど入って入って」

「お邪魔します」


 石川さんの部屋。建前で言うはずの一言が本当の意味を持っている。それくらいには散々な有様だ。

 割れた窓ガラスや壊れて散らかった家具は後日業者が来るらしい。今日は散らかった中で実家に持って帰る大切な物を集めるだけ。

 とはいえギリギリ足の踏み場があるこの部屋は一回掃除をした方がよさそうだ。


「ごめんね。こんなにしちゃって」


 俺がこんな状態にしたと思うと自然と謝罪の言葉が出てきた。


「いいって! 気にしないで。あたしは助けてもらったんだから!」


 明るく笑う石川さん。「そっか」と返し服の袖をまくる。


「掃除道具は用意してあるからね」

「了解」


 散らかっているゴミは燃えるモノと燃えないモノに分け、大事そうなものは石川さんに聞く。そんな作業を昼過ぎまでした。


「ふぅー。こんなもんかな」


 しばらくぶりに立ち上がって部屋を見渡す。元通りの部屋とは程遠いが部屋を歩き回れるくらいには綺麗になった。


「次は持って帰るモノをこの段ボールに入れよっかな」

「了解。石川さんは入れて欲しいモノを言って。俺が動くよ」


 生身でない俺にとって一連の作業に疲労はない。少し汗ばんでいる石川さんには休んでもらおう。


「ありがとう。いいの?」

「いいよいいよ。そんなに疲れて無いから」


 そんな会話をして石川さんの指示で動き出す。古い家族写真や大学の参考書等、順調なペースで作業は進み、終わったのは大体三時ごろ。


「うん! これでいいかな!」

「よし。お疲れ様!」


 丁寧に頭を下げて「ありがとう」と言ってきた石川さんに「こちらこそごめんね」と俺も頭を下げる。


「高橋君、この後時間ある?」

「ん? あるけど?」


 袖を降ろし、帰ろうとした時、石川さんが俺を呼び止めた。


「お礼、したいなって」

「え? いやいや、そんなの気にしなくていいよ」

「そういう訳にはいかないもん。命の恩人だし、こんなに綺麗にしてくれたし」

「でもそもそも俺のせいだし……」

「ちょっとだけ! 良いでしょ?」


 上目遣いに俺を見る石川さん。これ以上は堂々巡りになりそうだ。


「分かったよ。お礼してもらうよ」


 俺は折れることにした。頭に京香の顔がチラついたけど、これは報酬。そう思い込む。


「やった! 近くにカフェがあるからそこに行こ!」


 ぱぁっと表情が明るくなった石川さん。昨日もこんな笑顔を見せてくれたなとか思いながら石川さんと玄関を出た。


※    ※    ※


 飲み物を飲んだだけでも俺は吐いてしまうのだろうか。

 歩き始めて五分ほど。たった一つの疑問がずっと俺の頭を巡っている。


「ここだよ! ここのケーキがすんごく美味しいの」


 案内されたのは小洒落た木目調が映えるカフェ。店の前までコーヒーの匂いが漂って午後のお茶をしているおば様や大学生で賑わっている。

 まだ人間だった頃からこんな店とは無縁だった俺にとって、石川さんのお礼という理由が無ければ雰囲気に圧倒されて入ることも無かっただろう。


「いらっしゃいませ」


 入店した俺たちを金髪の女性店員が丁寧な挨拶で迎えてくれる。人数を伝え、そのまま窓際の席に案内される。


「私はケーキセットにするけど、高橋君は?」

「俺は……そうだな。ウインナーコーヒーにしようかな」

「かしこまりました」


 多分飲み物でも吐くという結論を出した俺は、本当は食べたかったケーキを頼まずコーヒーだけにした。ケーキを吐くのはちょっと申し訳なさが勝ちそうだった。

 ウインナーコーヒーにしたのは、俺が前まで好きだったコーヒーだから。


「甘いもの苦手だった?」

「ううん。コーヒー好きだからむしろありがたいよ」

「そっか」


 俺の注文を聞いて心配そうだった石川さんは安心したように話を続ける。


「昨日は本当にありがとね。めちゃくちゃ怖かったけど高橋君が来てくれて、凄く頼もしかった」

「そう言って貰えると嬉しいよ」


 ふと昨日の石川さんの姿を思い出した。俺の腕の中で涙を浮かべ小さく震えていた彼女が今では俺の前で無事でいる。

 それだけで俺は体を張った意味がある。この体になって人助けを出来るようになってから、生身の時では味わえなかった満足感を感じることが出来ている。


「……君は私のヒーローだよ」

「お、おう」


 オートマタになるまでは仲のいい女友達程度で、学校でもそんなに話し込む程深い関係では無かったからか、お互いぎこちない会話が続く。


「……私に出来る事なら何でも言ってね。部屋も壊されて、あの人たちに居場所もバレちゃったから、少し遠いところに住んでるけど」

「おう。ありがと」


 今までの自分の生活が出来なくなる不安や、また襲われるかもしれない恐怖からか、石川さんの表情は無理をして明るくしてるような気がする。何と言うか笑顔がぎこちない。

昨日の様なオートマタ同士の戦いに石川さんが介入できる事なんてあるのかは分からないが、こうして好意を持ってくれるのは嬉しい。


「……ていうか! 高橋君の体本当に強いんだね。昨日あんなに蹴られてたのにもう元気そう」


 気まずい空気を変える様な話題をふってくれる。

 ちょっと無理やり過ぎる気もしたけど、こうやって人の事を考えてくれるのが彼女の良いところだ。


「うん。まぁ、人じゃないからね」


 答えるの下手か!

 そんな良い空気を作ってくれる石川さんに比べ、俺は何て事を口走っているのか。


「そう、だよね。あはは」


 石川さんも愛想笑いをしている。まずいまずい。さっきまで俺の事をヒーローだとか言ってくれた人に気を遣わせるなんて論外だ・


「ほ、ほら! 体さえ整備しちゃえばこの通り~。なんて」


 そう言って手を握って開いてを繰り返す。


「……」


 それを石川さんはポカンと見つめている。


「あれ……? オートマタジョーク……なんちゃって……」


 しばらく沈黙が続く。握って開いていた手も気付けば動いていない。


「……あははっ何それ!」


 数秒黙っていた石川さんはいきなり吹き出し笑う。


「……ふぅ」


 それを見て俺は一つ息を吐く。やっと笑ってくれた。


「あははは。高橋君必死過ぎだよ。そんなにしなくてもいいのに。あはは。何? オートマタジョークって」

「やめて……そんなに聞かないで……」

「あー、変なの。あのまま黙ってたら何してたんだろ」

「それ以上はホントにやめて……」


 ニヤニヤ笑ってくる石川さん。かなり恥ずかしいけど、それで笑ってくれるなら良かったと思う。

 それから石川さんとの会話は意外と盛り上がった。俺が居なくなってからの大学の事や、コンビニバイトの愚痴なんかを聞いていると注文したコーヒーとケーキが届いた。


「お待たせしました~。ごゆっくりどうぞ~」


 なんだかフワフワした喋り方の店員からコーヒーを受け取る。


「わぁ、おいしそ」


 石川さんはケーキに目を輝かせているが、それとは対照的に俺はどうやってコーヒーを消費するか迷っていた。

 石川さんにご馳走になっている以上残すなんて俺には出来ない。


「んー。おいし。あれ? ミルクか砂糖必要だった?」


 まじまじコーヒーとにらめっこする俺に首をかしげる石川さん。


「あー、いや、ブラックで大丈夫!」


 余計なもの入れるとえらいことになりそうだし。ウインナーコーヒーにしたのは失敗だった。浮いているクリームも飲まなければいけない。


「じゃ、いただきます」

「どうぞ~」


 楽しそうに俺がコーヒーを飲むのを見つめる石川さん。まるでおままごとをしているみたいだ。


「うん、うまい」


 この後のことを考えたせいか、恐る恐る飲んだけど、かなりうまい。

 今までそんなにいいカフェに行っていないのもあるけど、間違いなく今まで飲んだコーヒーで一番うまい。


「でしょ? やっぱり私の舌に狂いは無かったってことね」

「よく来るの?」

「バイトがない日とかはね」

「へぇ、結構おしゃれな生活してんだ」

「高橋君が思う感じの生活じゃないよ。カフェでパソコン触ったりするのがおしゃれとかは思ってないし」

「そこまでは聞いてないし、カフェでパソコンをしてる人に謝ったほうがいい」

「むぅ。高橋君は擁護派なんだね」

「擁護も何も俺はやらないってだけだよ」

「って事は私側の考えではあるんだね!」

「まぁ、そうなるね。ってか、なんでこんな話になったんだ?」

「とにかく、私の舌に狂いは無いって事!」


 そんな他愛もない会話をしていると、だんだんと腹がグルグルしてきた。


「おぅ……」

「ん? どしたの?」

「あぁ、何でもないよ」


経験上まだ余裕はある。チラリと店内の時計を見ると五時前。石川さんには五時に店を出ると伝えてあるし、店を出る前にトイレに行くのが自然な流れ。俺の嘔吐プランはこれで決まりだ。


「そろそろかな」


 わざと時計を確認する素振りを見せつけて立ち上がる。


「もう五時か……」

「あ、その前にトイレ行くからもうちょい待ってて」


 石川さんも立ち上がろうとするが、それを制して鞄を持ちトイレへと向かう。

 まだ嘔吐感には余裕があったが、自分で指を突っ込めば問題なく吐ける。

 幸い個室が開いていたので、そこに入り便器の蓋を開ける。


「ふぅ……」


 便器に向き合い一息つく。京香さんでもいれば最高だったのにな……とか思いながら自分で指を突っ込む。


「っぅぅおぇ……」


 すぐさま唾液が溢れ出て、胃の中身が逆流してくる。一人で吐くのはお手の物。ゴボっと喉を鳴らし、さっきまでコーヒーだったモノが溢れ出てくる。


「おろぉぇ……」


 外の客に聞こえない様最小限の音で、静かに嘔吐した。

 コーヒーの香りが少しする胃酸が喉を刺激するのを感じながらトイレを流す。もちろんその後の掃除も忘れない。鞄から消毒液のスプレーを出して便器に吹きかける。その後、シートで拭いて、消臭スプレーを撒けば大丈夫だろう。


「よし、帰るか」


 今晩も京香さんに吐かせてもらう事を決め、俺はトイレから出た。


「おかえりー。じゃあ出ようか」


 スマホを弄って待っていた石川さんと並んで、会計を済ましカフェから出た。


「また、お話しようね」


 別れ際、石川さんが名残惜しそうに言ってきた。


「うん。今日はありがとう。楽しかったよ」


 手を振って別れた俺は駆け足で京香が待っている家に戻る。一秒でも早く帰らなければ。

 もう京香は帰って料理を作っているだろう。

 石川さんの片づけが終わってやっと一段落ついた実感と精神的疲労感が沸き起こる。今日は京香に甘えよう。

 甘えるだけ甘えて吐かせてもらう。最近ハマってしまったから指を喉に突っ込んでもらう。それが俺の今夜のプラン。

第14話お疲れさまでした!


面白かったらいいねと評価、ぽちっとお願いします!


感想なんかを頂けるとモチベーション爆上がりでございます。ので何卒。

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