12:観衆には見せれない顔
俺が今日起こしたことはもちろんニュースになっていた。
あれから家に帰って、少し京香と話しながら見たテレビで山口やその取り巻きが捕まった事を確認した。一方俺の情報はというと、男である事と身長、赤く光るという事くらいしか報道されていなかった。
京香は満足そうに微笑み、テレビと俺を交互に見た後「これでヒーローだね」といたずらっぽく笑った。
その夜、俺と京香は地下室に居た。
「今日は本当にお疲れ様」
晩御飯の前に「少し体の調整をしたいの」と言い、俺を地下室に引っ張り、今こうして手術台の上に乗せられている。何やらよくわからないコードを繋がれて京香はキーボードを叩いている。
何回かこうして寝かされているが、いつまで経っても半裸で寝転がるのは恥ずかしい。
天井を眺める俺をニヤリと笑う京香が覗き込む。
京香の透き通った目で見られると、俺はここから動けない。動いてはいけない気がする。
「ふふっ。そんなに私の顔見ても何もないよ」
「あぁ、ごめん」
「ううん。もっと見てて?」
「う、うん……」
逸らそうとした目線を、顔を掴まれて戻される。
「今日の健太君かっこよかったよ」
「あ、ありがとう……」
改まって言われると照れてしまう。さっきとは違う理由で目を逸らしそうになる。
「健太君の事、好きで良かった」
「え?」
ドクンッと無いはずの心臓が大きく跳ねた気がした。
目の前の京香の頬はほんのり赤い。多分俺も赤い。
「お、俺も……」
反射的に「好きだ」と言いかけたところで京香の人差し指が俺の唇に当てられる。
「今日は私。健太君はいい子にしてて?」
子供をなだめるような優しい声で俺の声は制された。そんなことをされて喋ることなんて出来ない。
「今日ね。本当に嬉しかったんだよ? 健太君が、私の健太君が、私の目の前でヒーローになったの。それでね? かっこよかったヒーローはね、すぐに私の腕の中に帰って来てくれたの。それが私すっごく嬉しくて……」
呼吸も忘れて身振り手振りも交えまくしたてる京香。興奮は収まることを知らず、手術台の上まで上がって、俺の上に馬乗りになる。
「だからねっ! ちゃんと帰って来てくれた健太君にはご褒美あげなきゃって思ったの!」
「ご、ご褒美?」
「そう! 健太君がいっちばん気持ちよく吐けるプランを考えたの」
手術台に肩を押さえつけられ身動きが取れない。獲物を前にした肉食動物の様な目に見られ俺の背中にゾクリと甘い震えが伝う。
顔が近い。可愛いのにエロい。そんな京香の顔。そんな顔で見られたら変な期待をしてしまう。
「どんなのか聞いていいかな?」
口に溜った生唾を飲み込む。
「ダメ。まだ内緒だよ」
また俺の唇を人差し指で押さえた京香は手術台から降りて出口に向かう。
「さ、そろそろ時間だし健太君。おいで」
ドアノブを捻りながらこっちを向く京香はさっきまで俺の唇が触れていた人差し指を、俺に見せつけるように自分の唇に当てた。
「……っ!」
なんてものを見せてくれるのだろう。そんな誘惑をしてこなくてもとっくに俺は京香の虜だというのに。
俺の手術台から降り、京香の後に付いて行く。
廊下を進みリビングへと入ると既に京香が料理を作り始めていた。
「今日はゆっくりしてて」
ダイニングの椅子を指差して手際よく料理を作る京香。
「ハンバーグ……」
どうやらハンバーグを作っている。俺の好物だ。
「そう。健太君、好きでしょ。中にチーズも入ってるよ」
「ありがとう」
「今日は健太君の記念日だからね」
京香はもうすでに肉を捏ね終わってフライパンに並べている。
本当に手際が良い。料理が出来ない俺は感心してそれを見つめる。
そんな俺の目線に気付いた京香は俺と目を合わせて「うふふ」と微笑む。
「どしたの」
「そんなに見つめてもこれ以上早く出来ないよ」
「あぁ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
慌てて目を逸らした俺を見て京香が笑う。
「うふふっ。分かってるよ」
今までは単にオートマタになった俺に手を貸してくれていると思っていたが、さっきの地下室の会話から京香をどう見ていいか分からない。
気が付くとまた京香の方を見ている。
静かな部屋に肉が焼ける音といい匂いが漂う。
「もう出来るからね」
「うん」
反射的に食器棚に向う。いつも食事が出来る頃には俺がコップと箸を用意する。
「ありがと。ふふ。やらなくてもいいのに」
「これ位はやらせてよ。待ってるだけなのも悪いし」
「いい子ね」
「……」
同い年のはずなのに、子供に言うように話す京香。それが心地よくて、もっと言ってほしいけど、それを伝えるのは恥ずかしい。
そんなことを思うと俺は黙るしかなかった。
俺がコップに麦茶を注ぎ終わり、箸を二膳並べたところでハンバーグを盛り付けた京香がテーブルにやってくる。
「はい。出来上がり。ご飯も欲しかった?」
「ううん。大丈夫」
うちの両親もこんなやり取りをしていたな……とふと思う。親父はコップも出してなかったけど。
「今の私達、夫婦みたいだね」
「っ! そ、そうだね!」
悪戯っぽく言う京香。
「ふふ。食べよっか」
「うん」
京香の声で向き合う様にテーブルに座る。
「いただきます」
「はい。どうそ」
ソースまで京香の手作りのハンバーグは箸を抵抗なく受け入れ、中から肉汁が溢れ出す。少し遅れてチーズが溢れ出し、断面をコーティングするようにまとわりつく。
口に運ぶだけでもこぼれそうなチーズと肉汁を垂らさないようにしながら頬張る。
「う、うまい……!」
思わず声が出る程美味しい。
「ふふ。良かった。しっかり準備しておいた甲斐があった」
俺の反応を待ち構えていた京香は心底嬉しそうに笑う。俺が飲み込んだのをしっかり確認した京香はやっと自分のハンバーグを食べ始める。
「うん。良く出来てる」
これからこれを吐いてしまうと考えたらもったいない気もするけど、次の一口を運ぶ手がその思考を遮る。
「しっかり食べてね」
今日は俺にとって特別な一日だったけど、こんな何気ない日常で締めくくれて良かったと思う。
そして食後。俺はリビングで膝をついていた。
目の前には地下室でシードを吐いていたバケツとテレビ。
テレビ画面には録画してあった今日のニュース、ネットに上がっている俺を持て囃す動画が流れている。
『今日の赤いオートマタはオートマタ解放戦線に立ち向かった新たな人類である!』
『赤いオートマタ、すっごくかっこよかったです!』
『まさに現代の正義! 警察に出来無い事を平然とやってのけるッ』
なんて俺の事をヒーローの様に持ち上げる動画ばかり。
「健太君すごい……こんなに大勢が健太君の事を認めてる……」
「うぅぇ……ゴホッゴホッ」
俺の背中を擦りながら目を輝かせてテレビ画面と俺を交互に見る京香。
「ほら、みーんな健太君のカッコいいところ見てたってさ……」
「はぁ……はぁ……。おぅぅえ……」
「この人たちにぃ、こーんな姿、見せられないね?」
息を絶え絶えにさせ俺の横顔を覗き込む京香。強烈な吐き気に襲われている俺は当然その画面は見れていない。
「……うんっ、絶対、見せたくない……っ!」
「みんなが見たらぁ、健太君が変態さんなのがバレて……一気に冷めちゃうだろうなぁ……」
京香の声がゆっくりと脳みそに沁み込んでいく感覚。甘くて魅惑だけど手を出すと後戻りはできない感覚。
「あは! 体がビクンってなった……。ほんとはこんなヒーローじゃないもんね? 女の子に吐くところ見られて、恥ずかしい事言われて喜んじゃうんだもんね?」
今は、京香の声だけがこの世の全て。
「ほら、私だけにしか見せれない姿しっかり見せて?」
京香の甘い声に俺の体が小刻みに震える。もうそろそろ限界の合図だ。
「ほら、全部出しちゃえ! ほらっ!」
「うごぉ⁉」
吐き出す直前、バケツの淵を握り締めて、吐き出そうとする俺の口に京香は指を突っ込んだ。
「ごほっ! うぉえぇぇぇぇぇぇえぇ……」
突っ込まれた細い指は俺の口蓋垂を的確に突き、更に奥から吐瀉物が溢れ出てくる。
震える手で咄嗟に掴んだ京香の腕を握り締めてバケツに茶色の水溜りを作る。
「あぁ! 健太君そんなに強く握って……すっごい……たくさん出てる……」
「おぉぉえ……。ごほっ……。ご、ごめん……」
「ううん。いいの。気持ち良かった?」
咄嗟に握り締めた細い手首。俺の嘔吐にまみれたその手を京香は恍惚と眺めている。
「うん。気持ち良かった……」
荒れた呼吸を無理やり沈め、うわ言の様に呟くのが精一杯だった。
「良いご褒美だったでしょ? ふふっ。お風呂入ってくるね」
汚れていない方の手で俺の頭を撫でた京香は立ち上がって、ソファに置いてあったマリーを抱えて廊下に向かってゆく。
「ふふふ。良く撮れてる……」
息を吸うのに忙しい俺には京香が何を呟いているのかよく聞こえなかった。
「はぁ、はぁ……」
未だに震える体を何とか起こして俺はバケツをトイレに運ぶ。
便器に俺の嘔吐物を流す。恥ずかしいとか、情けないとか思いながら淡々と流れるハンバーグだったものを流した。
「ふぅ……」
何とか落ち着き、だんだんと冷めてきた頭にはさっきの嘔吐の事しか浮かんでこない。
「やべ……」
思い出しただけでまた体が震える。
京香に指を突っ込まれるのは、どんな嘔吐よりも気持ち良かった。癖になってしまいそうだ。
第12話お疲れさまでした!
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