10:コンタクト
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更新再開いたします!
石川さんが働いているコンビニに車が突っ込んだ次の日。すぐにニュースになっていた。
「あら。健太君もうすぐ有名人になっちゃうかもよ?」
京香と朝食をとっている最中。俺と京香が見ているテレビ画面には『深夜に現れた赤い人影。無認可オートマタか』とテロップが出ている。
どうやら正体まではばれていないらしい。石川さん、約束を守ってくれたんだな。
「さすがに正体はバレたくないかな」
「えー。バラしちゃえばいいのに。私だって鼻が高いよ?」
「いや、それ京香さんが一番立場が危うくなってるから……」
俺は自分の事だというのに恐ろしい程呑気にニュースを見ている。京香との会話の種にしてしまうくらいに。
『この人影のようなもの。赤く輝いてとても生身の人には見えませんが、どうでしょうか』
『オートマタとみていいでしょう。しかし正規のオートマタではないですね。明らかに医療用とは思えない機能がついているとみられます』
『この時居合わせたコンビニエンスストアの店員は、正体は分からないが、事故から助けてくれて車の運転手を救出して帰ったと話している様です』
『では敵意があるわけではないと……?』
テレビではコメンテーターが長々と意見を話しているが、それ以上は聞く必要がないと思い、目の前の京香の方を見る。
「健太君、今日はどうする? 私はお昼から大学行かないといけないの」
茶碗に盛られた白米を口に運び、飲み込んだ後、京香が口を開く。
「あぁ、どうしよっかな……。少し出ようかと思うけど」
昨日外に出てから外出への抵抗感が薄れた気がする。もちろん、それを京香が許可するかは別の話だが。
「うん。分かった。私が帰ってくる時までには帰って来てね」
案外あっさりと許可が出た。てっきりもっと縛ってくると思った。
少し戸惑う俺に京香は晴れやかな笑みをこちらに向ける。清楚な笑顔は透き通る様に綺麗で素直に可愛い。
「何時くらい?」
「六時には帰るよ」
「うん。分かった」
その後はとりとめのない会話をし、昼前に京香は大学に向かった。
一人では広く感じるリビング。ソファに腰かけお昼のニュースを見る。
「またか……」
相変わらず昨日の事を取り上げているみたいだ。どんだけ話題が無いんだよこの国は。
テレビには見た事がある議員が出ている。
確か……無認可のオートマタを撲滅するとか言っていた奴。
『これは明らかに認可されていないオートマタです。事故現場に駆け付け、救助したようですが、存在自体が許される事では無いですよ』
「言いたい放題だなこいつ」
お前もオートマタだろうがよ。
『なるほど。この人物は再び現れる可能性はあるのでしょうか?』
『無いとは言い切れないでしょう。しかしこの人物はかなり周囲を警戒している様なのでかなりの小心者であると考えられます』
反論する奴が居ないだけで言いたい放題。周りのゲストたちも黙っている。
『無認可オートマタと言えば最近逮捕者も出てきたみたいですね』
話題を替えようとアナウンサーが続ける。
『はい。逮捕者は“オートマタ解放戦線”という組織に所属しているとの報道もあります。彼らはオートマタの自由を謳った無認可オートマタのみで構成されたテロ集団で、彼もその一員の可能性はありますね』
「っち」
気分が悪くなってくる。乱暴にリモコンを操作して電源を切る。誰が犯罪者だ。
ノイズが消えた部屋には静寂が訪れる。
「……」
小心者だと? やっとこの体で俺らしく生きる方法を見つけたというのに。
「よし……」
スマホのニュースアプリを開いて事件を探す。『人身事故発生。運転見合わせ』『高速道路で玉突き事故』
この街で何か問題は起きていないか……。今の俺に必要なのは更に話題になることだ。
そうすれば俺を見る目も変わる……はずだ。
できれば大きな大事件。
「遠いな……」
目に入ったでかい話題はこの場所からは遠すぎる。
「……お?」
目に留まった見出しは『オートマタ解放戦線声明動画公開』と書かれている。
タップするとユーチューブに上がっている動画が開かれる。
『今回の無認可オートマタのニュース。我々も拝見した。無認可オートマタの自由を求め、人間に裁きを下す我々とはどうやら目的が違うようだ。つまり彼は我々の同志ではない』
動画は音声に加工が施され、男か女かさえ分からない。
『彼の目的が分からない以上、我々がすることは一つ。彼を試す事だ。明日正午、今回のコンビニと同じ町にあるフタバ銀行に車を突っ込ませる。昨日と同じようにね。彼はこれを静観するかな? それとも人間を助けるか……。君の考えを試そうではないか』
「なんだよこれ……馬鹿げてるっ!」
ソファに座ったまま歯噛みする。
「大体オートマタ解放戦線ってなんだよ。個人を狙って襲うイカレ集団なのか?」
俺へ向けられた明確なテロ予告。どう考えても普通ではない。
俺を試すとか言いながら町の人間を巻き込む口実にしているだけじゃないか。
それにしてもこんな体になる前、オートマタになんて興味も無かった俺は、オートマタ解放戦線なんて聞いたこと無かった。
「でも……これはチャンスだな……」
どこの誰かは分からないがこのテロ予告は俺にとっては存在を知らしめるチャンス。活用しない手はない。
明日の正午。フタバ銀行へ向かおう。
※ ※ ※
どうやって止めようかと考えているうちに夕方になってしまった。そろそろ京香が帰ってくる頃。
「ただいまー」
玄関から京香の声が聞こえる。
「おかえり」
玄関まで向かった俺の顔を見て微笑む京香。
「ちゃんと居てくれたね。いい子」
「うん。結局出なかったからね」
「そうなの? なんかあった?」
靴を脱ぎ終え、廊下に上がった京香と並んでリビングに戻りながらニュースが写ったスマホ画面を見せる。
「これ見た?」
「あ、それ帰りの電車で見たよ。健太君、行くの?」
「うん。行くつもり。誰かが犠牲になっても後味悪いし」
「そっか……」
京香は満足そうに俺の方を見る。
「どしたの?」
「えへへ。健太君カッコいいなーって」
「そ、そうかな?」
真っ向から言われると照れる。優しく微笑んだ京香が続ける。
「今日さ、ご飯無しでもいい?」
「良いけどどうして?」
二人並んでリビングに入り、京香が鞄を椅子に置く。
「健太君にプレゼント作りたいの」
「プレゼント?」
「そう。正義のヒーローがあり合わせで作ったバイクのヘルメットじゃかっこ悪いでしょ? 私が作ってあげる」
「お、おう、ありがとう」
別に恰好は気にしていないけど京香の想いはぜひ受け取りたい。
「決まりだね! すぐに作る!」
京香はそう言って無邪気に地下室に駆け込んでいった。
※ ※ ※
地下室。俺が生まれ変わって、力を手に入れた場所。来るのは三回目なのに京香が作業しているのを始めてみる。京香は部屋に入ってすぐに作業着と防塵ゴーグルを身に纏って作業台に向き合ってる。
邪魔にならない様に部屋の隅で京香の手先を見つめる。
「すごい手際だな……」
大学で見ていた京香からは想像も出来ない姿。
おとなしくて、休日には本でも読めば、その光景だけで絵になる美人が工具を握り締めて工作をしている。これはこれで良いな……。これがギャップ萌えってやつか。あ、今ちょっと笑った。可愛い。
「健太君」
「は、はいっ!」
京香に夢中になってしまって声が裏返ってしまう。
「うふふ。そんなに私の作業が気になっちゃう?」
防塵ゴーグルの奥に見える京香の瞳が細くなる。
整った顔につけられたゴーグルと、細い手足が覗く作業着が妙に色っぽく見える。
「京香さんのその格好、初めて見たから……」
「あ、そっか。私のこの姿見るのは初めてか。えへへ。似合うでしょ?」
正直京香の華奢な体つきに作業着は違和感しかない。ただ、ギャップの塊であるその姿は文句無しに魅力的だ。
「うん。似合ってる」
「えへ。ありがと」
「何か手伝えることはないかな?」
ただ見ているだけでは何となく申し訳ない。
「そうだね……じゃあ、新しいヘルメットに付ける機能を一緒に考えてくれる?」
「うん。わかった」
二人並んで作業台に向かう。そういえば一回だけこうして並んで講義を受けたな。とか思いながら手伝う。
日付が変わる頃、ようやくそれは形になって来た。
「よし、大体できたね。健太君。そこに立って被ってみて」
幾本のコードが繋がれたままのヘルメットを被る。
形状はフルフェイスのヘルメットだが、顔にピッタリ合うように顎にかけてシュッとした楕円形をしている。今まで被っていたヘルメットよりも更にスタイリッシュになってカッコイイ。
バイザーの部分は真っ黒になっていて今は半分ほど閉じている。外からは表情が見えないようになっているが、内側からははっきり見える。
「とりあえず、一つ目。そのバイザーを下まで降ろしてみて」
京香に言われたままバイザーを下げる。
―――ガシュッ!
小気味のいい音を立てて、目元のバイザーより下、口元の部分が金属のメッシュに覆われる。
「おぉ!」
SF映画で見るカッコいい奴みたいだ。思わず声が上がる。
「ふふ。ちっちゃい子みたい。じゃ、次ね。バイザーを上げると口元のメッシュも取れるからシードを飲んでみて」
京香が真っ赤なシードを手渡してくる。
「う、うん。わかった」
バイザーを少し上げ、再び露になった口にシードを運び飲み込む。
「飲んだらまた下げてね」
喉をシードが通る感覚を感じながら再びバイザーを閉める。
「うおぉぉ!」
体に籠る熱を感じつつ閉めたバイザーに、青白い文字が浮かび上がる。
『熱暴走を確認。人口皮膚、融解確認。嘔吐までの時間を表示します』
京香の声がヘルメット内に響く。
視界の右下に五分間のカウントダウンが表示される。
「スゲェ……」
パワースーツって奴を着て戦うヒーローみたいだ。カッコいい……。まぁ、俺は着るんじゃなくて脱いでるんだけど……。
体を一通り見通して京香の方を見る。
青っぽい視界の中で京香が赤く表示される。
「おぉ……これって……」
「今の健太君の視界はサーモグラフィになってるはず。私は赤い?」
「うん! 赤いよ」
「良かった。次は普通の視界」
京香が手元のキーボードを弄る。
すると一瞬で視界がクリアになる。
「これ全部健太君の声で操作できるからね。今はこの二つだけだけど」
「すごい……」
「操作してみてくれる? 『サーモグラフィ起動』って言えば出来るよ」
「あぁ、うん。サーモグラフィ起動」
『視界をサーモグラフィに変更』
またしても京香の声が響く。視界はさっきと同じ京香だけ赤くなる。
「あのー、京香さん?」
「ん? どしたの?」
サーモグラフィの視界でも京香が首を傾げるのがはっきり見える。
「この声、なんで京香さんの声?」
「その方が健太君が寂しくないでしょ?」
「う、うん、確かに無機質な機械音声よりは寂しく無いけど……」
「それにそれは私の声なだけで中身は普通のAIだよ」
「アレクサみたいな?」
「そうそう」
サラっとAI作ったのか……。
「本物の私の声が聴きたかったら『京香の声』って言ったら再生できるからね」
そんな機能まで……。
そうこう話しているうちに時間表示が残り一分になっている。一分を切った瞬間、青かった時間表示が赤くなった。
「あ、そろそろ」
「あと一分。もうちょっとで吐けるね?」
「あのー、俺の強化より吐くのを見たいだけみたいに聞こえるんだけど⁉」
「うふふ。どうでしょう? まだ欲しい機能があればどんどん言ってね」
キーボードを机に置いて歩み寄る京香。足元に置かれたバケツを持って俺の方に向ける。
「明日はこれが無いから、吐く練習もしようね」
微笑んでくる京香。俺は頷く。
「あと三十秒……」
熱を発し続ける俺に少しずつ近づく京香。
「二十秒……。さっきやったみたいにバイザーを上げればもう吐けるからね……」
視界の時間表示ピッタリにカウントを囁かれる。
「十秒……。まだ上げちゃダメだよ。ゼロになってから」
いつもトイレでされる囁きとは違って俺は吐くこととバイザーを上げる事の二つに思考を奪われている。十秒前。京香のねっとりとした声が頭に響いて反響する。
「ご、よん、さん、に、いち……」
バイザーに手をかけ、力を入れる。点滅をしている時間表示を見ながら胃の奥から込み上げてくる内容物の感覚と、京香の視線に対する羞恥と歓喜に腹を震わせながら。俺は大口をバケツに向ける。
「ぜぇろ……。吐いちゃえ」
時間表示がゼロになった瞬間、手に力を籠めバイザーを跳ね上げる。赤く光っていた体が一気に光を失って、冷めてゆく。
隣で満足そうに口をゆがめる京香を一瞬見て、真っ赤な吐瀉物を吐き出す。
「ごほっっ! おあおぉおおぉぉおおぉぉ……」
青いバケツに真っ赤な液体がぶちまけられる。激しい水音を立てながら跪いてバケツを抱える。
普段吐いている食べ物よりシードの方が粘度が高く、喉を詰まらせるように這い出てくる吐瀉物で呼吸が出来ない。
「あはっ! 赤いね! 綺麗だよ健太君!」
「はぁ……はぁ……。ぅえ……ゴホッゴホッ」
ある程度吐き終え、呼吸を整える。
咳と共にまだ喉に絡まっているシードが散ってバケツの壁に赤い飛沫が飛び散る。
「たくさん吐けたね? スッキリ出来た? 気持ち良かった?」
顔を近づけてくる。京香の髪の毛の匂いが香ってくる。
「……うん。気持ち良かった……」
もう京香が居ないと吐けない……。
「明日、頑張ったらご褒美に吐けるからね?」
「うん……」
「がんばってね? 私のヒーローさん」
俺の耳元で囁いた京香は俺の背中を擦ってから立ち上がり、「お風呂入ってくるね」と部屋を後にした。
京香の声と吐息で体を震わせた俺は一人地下室に残される。
「明日、どうなるんだろ……」
扉が閉まる音を確認して独り言を呟く。
自分の存在を証明するために戦うのか、京香の側で吐くために戦うのか。
俺の頭の中に二つの欲求が浮かぶ。
「俺も寝よう……」
どっちもだな。それくらい欲張ってもいいだろ。そう結論付けて俺も寝ることにした。
第10話お疲れさまでした!
面白かったらいいねと評価、ぽちっとお願いします!
感想なんかを頂けるとモチベーション爆上がりでございます。ので何卒。