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1:この主人公、吐きます。

お久しぶりです。

新人賞用に執筆した作品になります。

10万弱ありますので、ひとまずは定期的に更新していきます。

あらすじにもありますが、作品の特性上、嘔吐描写注意です。

一行目から吐いてるんで頑張りましょうね。

苦手な方はこんな奴も居るんだ~くらいにご覧ください。

 便器の淵に右手を当て、上半身の体重を委ねる。陶器の冷ややかな感触が火照った掌を冷やし、瞳からは涙が流れ出て、視界に入る床に敷いたマットが淡くぼやける。

 口の奥に突っ込んだ左手の指先で柔らかい口蓋垂に何度も触れると唾液が溢れ出す。


「ぅぅおぉえっ……」


 漏れ出す嗚咽が扉を超え、外にまで聞こえないよう細心の注意を払って嗚咽を漏らす。

 口から溢れ出す唾液が手首まで伝い、便器に水滴になって微かな音を立てて落ちる。

 体が震えだし、運命の時が近い事を知らせる。


 大学から帰り、その足でバイトに向かい、バイト前にトイレで吐く。この後の憂鬱なバイトを乗り切る為の誰にも見せられない、見られたら俺の人生が一瞬で終わる俺のルーティン。


 こんなところ誰かに見られたら……。そんなことを考えると背徳感が背筋を伝う。

 一日一回と自分で決めた快感の時。


 あ、出る。


「ぉぐおぁあぁぁぁ……」


 喉の奥から出てくる濁流が便器に叩きつけられ、水に小石を大量に落としたような音が響き渡る。限界まで開かれた口から出てくる吐瀉物に喉まで支配され呼吸が出来なくなって、流れる涙の量が多くなる。

 息が出来ないまま苦しいと感じ始めた頃に嘔吐は収まる。毎回ちょうどいいタイミングで止まってくれる。苦しいと感じなければ満足感は得られないし、苦しすぎても呼吸を整えるのに時間がかかるし疲れてしまう。


「はぁ……はぁ……ッぷ」


 肩で呼吸をし、口から便器まで伸びた胃酸と唾液が混じった粘度の高い液体を吐き出す。

 そのまま無言で立ち上がり便所のレバーを捻りながら、隣にある手洗い用の蛇口を乱雑に捻って口をゆすぐ。


「はぁ……。スッキリした」


 突然だが人にはそれぞれ性癖と言うものがある。脚フェチだとか尻フェチだとかその種類は人の数だけあると言っても過言ではないだろう。

 で、見ての通り俺は嘔吐フェチである。それも吐く方の。

 アブノーマルな性癖であることは自分でも理解しているが、ネットで検索をかければ幾らでもその手の動画はヒットする。

つまり俺が何を言いたいかというとこの世界には思ったより嘔吐フェチが存在するし、その多数のうちの一人ってこと。それを心の免罪符にして今日も俺は吐く。


 これをすると一日溜った疲れとか、日ごろのストレスとか心にある澱が全部体の外に出ていくような清々しさ。胃も空になり、心身ともに軽い。そして何より気持ち良い。これ程までに実生活にメリットをもたらす性癖が他にあるだろうか? あるならすぐに教えて欲しいくらいだ。いかに嘔吐が良いものか朝まで語ってやれる。

 胃の中を軽くした俺は、あらかじめ用意していた歯ブラシを取り出し、咥えながらバイトの準備を進める。

 俺が働くラーメン屋は元々客の出入りが少ない小さなラーメン屋。平日の夜ともなればほとんど暇な時間ばかりだ。だがその暇な時間が憂鬱。閉店時間の十二時まで突っ立っているだけなのはあまりにもつまらない。


「はぁ……」


 歯磨きを終え、溜息を吐き、トイレから出る。油で軽く滑る床を踏みしめ厨房へ入る。


「おぉ、高橋君。今日もいつも通りだから。仕込みやってくれればオッケーね」

「分かりました」


 朝から働いている店長と変わって厨房に立つ。十席ある客席には誰も居ない。


「じゃ、お疲れ」


 店の名前が書かれた黒い服にコートをだけを羽織った店長がそう言って店から出ていった。


「お疲れ様でーす……。さて、もうやっちゃうか」


 閉店後は早く帰りたいのでさっさと仕込みを始める。

 仕込みを始めて少し経った頃、店のドアが開く。


「いらっしゃいませー」


 入り口を見るとそこには大学で同じ学科の石川薫が居た。

 バレーサークルに所属し、元気が取り柄を体で表す彼女は捲った長袖から小麦色の肌を覗かせ、肩まで伸ばした髪をポニーテールに束ねている。

 彼女とは小学校から大学まで同じ学校に通っていて、高校から仲良く話すようになった。


「あぁ、石川さんか。今日もラーメン?」

「えへへ。ここのラーメン美味しいからね」


 そう言って手早く食券を買った石川さんは俺の前の席に座る。


「はい。麺硬めでお願いね」

 眩しい微笑みをこちらに向け、食券を手渡す。

「はいよ。醬油ラーメンね」


 特に面倒なトッピングも無く、一番作るのが簡単なラーメンをいつも頼んでくれるし、バイト中のいい話相手になってくれる石川さん。今日はしばらく退屈しなくて済みそうだ。


「はいお待たせ」


「ありがとー。いただきます」

 どんぶりを受け取った石川さんは割り箸を割ってラーメンを啜る。

「ん~。うま……。ねぇねぇ。高橋君。京香ちゃんとはどうなったの?」

「毎回期待してもらってるところ悪いけど、柚木さんとは何もないよ」


 石川さんは店に来るたび毎回それを聞いてくる。しかもニヤニヤと嬉しそうに俺の方を見ながら。

 柚木さんは同じ学科に居る片思いの相手。石川さんは名前で呼ぶけど俺にそんな度胸は無い。

 毎回講義は最前列で受けているほどの真面目さと学年主席の好成績を叩き出す頭脳を持ちながら、更には完璧な美貌を持ち合わせている。

 腰まで伸ばした艶やかな黒髪、きめ細かい陶器の様な白い肌、微笑んだときにチラリと見える白い歯も一瞬で俺の心を鷲掴みにした。


 いつも講義を受ける時に俺の方を向いているように机に置かれた私物のドールもより彼女をミステリアスな雰囲気にさせ、彼女をもっと知りたくなっていしまう。

 もっとも俺の方を向いているように見える女の子のドールは完全に俺の勘違いの可能性が高いが……。


 そしてとどめは講義室の端でひっそりと授業を受けるような俺に気さくに話しかけてくれた事。大した用事では無かったが、全く話したことの無い俺にまで声を掛けるなんて清らかな心を持っているに違いない。


 そんな俺の恋心を真っ先に察知した石川さんは「私が協力してあげる」と俺に申し出てきた。柚木さんと仲のいい石川さんにとっては俺が面白く見えたのだろう。

 それ以来俺のバイト先に石川さんが来る度にこうして恋愛相談という名の尋問を受けている。


「ほんとに? 実は私に隠してたりして」

「ほんとに無いって……。廊下で偶然すれ違って挨拶したぐらい」

「んー。そっか」

「他にも柚木さん狙ってる人居るだろうしね」

「高橋君も悪くないと思うけどなぁ……」

「そりゃどうも」


 毎回尋問はすぐに終わる。俺と柚木さんとの間には何の進展も無いからだ。


「今度三人でどっかご飯でも行こうよ」

「え、マジで?」

 つい声が裏返ってしまう。

「なぁに? 嫌?」

 そんな俺の反応が面白かったのか石川さんはニヤニヤと俺の顔を見る。

「嫌じゃ、無いけど」

 俺からは絶対に誘うことも無いだろうから、これは願ってもないチャンスだ。


「おっけー! じゃ、また決まったら言うね」

「ありがとう」

 そう言って石川さんは食事に戻る。

 それを見て俺も洗い物を始める。


「……またこのニュースやってる」

「ん?」


 作業の手を止め石川さんの方を見る。店内に置かれたテレビで流れているニュースを見ている様だ。

 どうやらオートマタ技術のニュースを報道している様だ。

 オートマタ技術。事故や事件で体が不自由になってしまった人間の一部を機械化させ社会復帰させる最先端技術だ。

 本来サイボーグとでも言った方が適切な技術だが、最大手の企業である『ユズキ製作所』がこの施術を「オートマタ技術」と呼び始めたせいでその名前が定着してしまっている。


 もっとも、この技術は倫理的理由から国から認可された限られた人間のみが受けられるもので、一般人には縁も無い話である。

 俺達が通っている理工学部では当然の様に教科書に載っていて、今日もさっぱり分からないオートマタの講義を受けたばかりだ。

 ニュースでは事故で下半身不随になった国会議員が下半身をオートマタ化させたらしい。球体関節が垣間見える。


「この人球体関節だ……」

 テレビをみてそう呟く石川さん。箸は完全に止まっている。

「授業でやった通りだね」

「……私はどうかと思うけどね」

「そう? 良いんじゃないかな。この人も元の職に戻れたわけだし」

「私は国から認められた誰かだけってのが良くないと思うんだよ」

「なるほどね……」


 テレビの議員の話は無認可のオートマタについての話に切り替わっている。

 オートマタ技術を民間で施し、国の許可が出ていない無認可のオートマタが居るという事も何度か大学で習った。もちろん重大な犯罪行為で、世間から忌避される存在だ。


「この人、前から無認可のオートマタを撲滅するって言ってたもんね」

「自分はオートマタになったのに皮肉だな」

「高橋君はオートマタ興味ないの?」

「無い事は無いけど、遠い存在過ぎて他人事に感じるかな」

「そっかー。まぁ、オートマタなんて習うだけでよく分からないもんねぇ」


 番組は次のニュースに入り、それに合わせて石川さんの箸が動き始める。

 興味が無くなったのだろう。テレビには見向きもせず、あっと言う間にスープまで飲み干している。

「ごちそうさま! 次こそ新しい展開聞かせてよ?」

 丼ぶりをカウンターに置きながら石川さんは立ち上がる。一言余計だ。


「聞かせる話があればね」

「そういうのは自分で作るんだよ?」

「分かってるけどさぁ……」


 丼ぶりを流しに運びながら答える。


「期待してますっ!」

 出入口で俺の方を向いて石川さんが俺を指差し、俺の返事を待つことなく「あははー」と笑いながら出ていく。

「しなくていいって……」

 一人残された店内で俺は大きなため息を吐く。


 その後は特に忙しくなることも無く、順調に閉店時間を迎えた。

 閉店作業を手早く終え、売り上げをまとめた後、店に鍵を閉める。


「お疲れ様でしたー」


 何となく一人で挨拶をして駐輪場に向かう。

 駐輪場に置いた原付に跨ってエンジンを蒸かし始める。

 バイト着に上着を羽織っていつも通りの帰り道を走り抜け、真っすぐに家に向かう。

 誰も居ない静かな裏道を駆け抜け、鼻歌交じりにハンドルを捻る。スピードを少し上げ、信号の無い十字路に差し掛かったところで、力を緩めスピードを落とし始めた途端、

「っうおぉ!」

 視界の端に小さな四足の影が映った。

 猫だ。

 言葉にならない叫びを出し、影を避ける様にハンドルを切る。

 無理にハンドルを切って操作が不能になった原付はスピードを保ったまま俺の体ごと電柱にぶち当たったと認識した瞬間、バイクから投げ出された俺の体が宙を舞い、アスファルトに叩きつけられた。

「あ……ぁぁ……」

 

 熱いんだか冷たいんだか分からないが、今の自分の状況を確認するまでもなく、はっきりと認識できる。

 これは駄目だ。体を動かそうにも全くいう事を聞かない。


「は、はは……」

 これから死ぬのかなぁと呑気に考えながら、ぼやけてゆく視界が毎晩トイレに向かって吐いている時と似ているなとか思っている自分がひどく滑稽に思えてつい笑ってしまった。

第1話お疲れさまでした!


面白かったらいいねと評価、ぽちっとお願いします!


感想なんかを頂けるとモチベーション爆上がりでございます。ので何卒。

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