止まぬ雨は無いと言うけれど
プロローグ
蒸し焼きにされそうな暑さに起こされてまだ慣れないスーツに袖を通す。小さい時から好きだった沢庵を添えた白飯を頬張りながら惰性でテレビを見てよく分からない専門家の持論を右から左に流してチャンネルをコロコロ変える。昼の特番を予約して予定通りの時間に家を出る。外はにわか雨が降っていた。特になにかあるわけではないこの雨に何故か感情移入してしまう。何故だろう。なにか忘れている気がした。
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1.霧雨
1人だった。典型的なぼっちの地位をクラスで確立していた自分は数人のゲーム仲間がいるだけだった。家はと言うと部屋に篭っていても聞こえるくらいの大きさで両親が喧嘩する毎日が中学まで続いていた。そんな親も自分が高校に上がるタイミングで離縁した。楽しみなんてものはなかった。今日も帰りのHRが終わり即帰宅しようと学校を飛び出していた。後ろから聞い馴染みのある声がする。家が隣の幼なじみのあすみだった。部活はないのか尋ねると…満面の笑み。どうやらそうらしい。雨だと言うのに傘もないあすみが無断で傘に入ってくるのはもう慣れたことだった。家が隣のあすみに別れを告げ今日もFPSをしようとした時に通知が鳴った。見覚えしかないアイコンから傘ありがとの一言。やはりあすみはシャイらしい。直接言えばいいのにと思いつつ適当なスタンプを返しておく。深く考えなければそれなりにいい高校生活なのかもしれないなと思った。霧雨はやんでいた。
2.片時雨
最近の恋愛映画はひねくれてるなとか思いながらポップコーンをつまむ。そんな映画でも隣では目を輝かせたり時折涙ぐんでいたりと喜怒哀楽が激しいあすみ。終わってらかというものはやはりずっと満面の笑みだった。雨だと言うのにいきなり走ったかと思うとスタバに飛び込み上目遣いで奢らせてみたりユ二クロに入ったかと思うとファッションショーをしてみたりと今日もあすみは絶好調だ。一通りあすみがしたいことに付き合って帰ってきて早々見覚えのあるアイコンから女子高生らしいスタンプと一緒に今日はありがと、またよろしくの一言。彼女のシャイぶりにため息が零れたが不思議と口角は上がったままだった。片時雨は晴天になった。
3.天気雨
心がザワついていた。なにやら朝から教室の雰囲気がおかしかった。登校時間ギリギリで滑り込んだ自分でもわかるくらい異様だった。その理由は休み時間になってすぐにわかった。あすみの席に人盛りが出来ている。嫌な予感はしていた。近寄ろうとすると視線がこちらを向いた。その瞬間に全てを理解した。自分のFPS仲間が事情を耳打ちしてくれて確証が持てた。どうやらこないだあすみと映画に言ったりしていたことをカースト上位の野球部男子が見たらしい。それでどうやら嫉妬したようだ。思えばあすみは確かに顔立ちもいいしいつも笑顔で所謂モテる女子という部類に入るのも無理ないのかもしれない。くだらない。そうだとしてもあすみは悲しんでるだろうなと思い見ると満面の笑みだった。信じられなかった。一応事情を話しなんとか理解を得たところで事は収束の一途を辿った。帰り道もあすみは満面の笑みだった。だけど長年の付き合いだ。家に入る直前に若干見せた涙を自分見逃さなかった。その日の携帯は静寂を貫いた。天気雨はにわか雨となり時折雷を覗かせた。
4.荒梅雨
彼女が休みがちになった。無理もない。今日も最前列はぽっかりと空いている。隣の席でもない自分は無意識に2人分のノートを取っていた。最近はこれを届けるのが新たな日課となっている。隣がいない傘は少し物寂しかった。その日は梅雨が明けるというのに酷く土砂降りだった。嫌な予感はしていた。自分の家の前に救急車と警察車両が止まっていた。雨なんて忘れていた。走って事情を聞いて救急車に乗り込む。そこにいた彼女は満面の笑みとは真反対の顔をしていた。手にはプラスチック製の白いひも状のもの。喋ってくれ、こんな時までシャイな性格発動しなくていいんだよと叫び続けた。雨で周りが聞こえなかった。その日から雨は止まなかった。梅雨明け予報は荒梅雨のせいで先延ばしになってしまった。
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5.止まぬ雨は
自然と涙が零れていることに気づいた時には遅かった。電車の時間などとうに過ぎてからすが鳴き始めていた。最終面接までいった企業を捨てるのに勿体無さを感じつつ家路を辿る。雨ひとつでこんなことになるなんてたまったもんじゃない。数年前から隣の家は駐車場になっていた。不意に彼女を思い出す。あれから彼女の親にも自分の親にも問い詰められて病室にお見舞いに行くことすら許されなかった挙句彼女一家は知らぬ間に引っ越していった。彼女が喉の癌で喋れないと知ったのはそのすぐ後だった。彼女なりの表現にため息をついていた自分を今でも後悔している。そんな自分にため息をつきながら家に入ろうとした瞬間見覚えのある声がして後ろを振り返った。信じられなかった。幻覚が見えるようになったんだなと高笑いする自分に膨れる君。撫でるとすぐに満面の笑みになる君。かすれた声で頑張って話そうとする君を覆う。もう傘は必要なかった。止まぬ雨など無いのだから。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
初投稿で不手際があったかもしれません。ですが、この作品を通して高校時代を振り返れたのであれば幸いです。改めて、お読みいただきありがとうございました。