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自分らしさとK君のプランター

暖かく過ごしやすい陽気となってまいりました。

皆様いかがお過ごしでしょうか?

私はと言えば、腸に巣食うサナダムシに1日1匹づつ名前などつけておりました。

この作業も年内には終えられるよう、明日からは1日3匹を目指して精進いたします。

 私の通っていた小学校では、先生から植物の種をもらい、それを植え育てると言う授業が行われていました。


 当時、私は小学校2年生でした。時期はおそらく9月頃ではなかったでしょうか。


 私のクラスの担任は女性の先生。若くハツラツとされた方だったと記憶しています。

 先生は私達に授業の開始を告げるとともに、何かが詰められているであろう小袋を取り出し、こう言いました。


「この袋の中には種類の違う花の種が入っています。」


「そして今日、みなさんにはこの花の種を配ります。」


「いったいどんな花が咲くのかな?みなさん、一生懸命育てて確かめてみましょう!」


 なんと素敵な試みでしょう。大人になって思い返してみて、わかりました。

 種類の違う種は、言わば子供たちの個性そのもの。

 それを愛で育む事で、自分らしさを尊び、努力し達成することの悦びを知る。

 この若い女性教諭の持つ、子供達への教育愛がひしひしと伝わってきます。


 この独創的な提案に、ある子は好奇心にはしゃぎ、ある子は斜に構え気だるげに、それぞれ多様な反応を示しながら先生の前に列をなします。

 そしてそのそれぞれの小さな手のひらの中に、自分らしさの象徴をである花の種を受け取り、自分の席へと着きます。


 私は後ろの席に座る親友のK君と語り合いました。


「どんな花が咲くのかな?」

 

夢想家のK君は言いました。


「ぼくの背より大きな花が咲いたらいいな」


 そんなことを語らいながら授業は進み、私達はクラスメイトと共に先生の後ろで2列に並んで校舎の外へと出ていきます。


 校舎の外はグラウンドとなっており、その隅にはプランターに入れるジャリ、土、肥料が山盛りにいつも積まれています。

 それらを先生の教えの通り、私達はプランターに盛り込んでいきます。

 そして最後に指先で小さな穴を開け、種を植えました。

 この種を育てたら、いったいどんな花が私にその姿を見せてくれるのか。

 私の小さな胸を好奇心で満杯にするには、十分すぎる程のビッグイベントでした。


 翌朝、私達のクラスのプランターが並んだ一団には、いつもより少しだけ早く登校したクラスメイトがプランターのお世話をしていました。

 その数は決して少なくはなく、私もその内の1人でした。

 きっと、みんなも自分に与えられたこの種がどんな花を咲かせるのか、楽しみでしかったなかったのでしょう。

 元来、怠惰な私でさえ毎朝の水やりを欠かしませんでした。しかし、私はそこでK君の姿を見かけることは多くはなかったと思います。


 それからしばらく経ち、私達のプランターから新芽が芽吹き始めました。

 小さなプランターから顔をだした、小さな小さな新芽。

 私はその植物の成長が嬉しくてたまりませんでした。

 新芽の登場とともに毎朝の水やりを行う子は、心なしか増えてきたように思います。


 時と共に新芽は苗へと育ち、青々と繁る葉っぱを太陽へと掲げます。

 それはあたかも私達の期待の高まりと呼応するかのように、小さな体を空へ空へと伸ばして行きます。

しかし、そんな中、K君のプランターの苗だけは成長が芳しくありませんでした。


 ある日、私はK君から声をかけられました。


「おとら、ぼくのプランターだけ全然大きくならないよ」

 

私はK君に尋ねました。


「K君は毎日プランターに水あげてる?あんまりあげてるとこ見てないけど...」


 K君はどちらかと言えばおおらかなタイプで、マメな作業は得意ではありませんでした。

 私達は話し合って、同じ時間に登校して一緒に自分達のプランターのお世話をすることに決めました。

 その甲斐あってか成長が遅れていたK君のプランターの苗も徐々に大きく育っていきました。


 秋も深まりつつある頃、プランターの一団にはツボミをつけ始めた苗がチラホラ見られてきました。

 私のプランターも努力の甲斐あってか、小さな黄色のつぼみをつけました。

それは、とても微笑ましく愛らしい姿だったことをを覚えています。


 そこからさらにしばらく経つと、私達のクラスのプランターの一団にはいろんな姿の花が咲き誇りました。

 コスモス、リンドウ、菊のような花、赤や青や黄色の花。

 個性豊かで多様な花を咲かせた、なんとも素敵な花壇が出来上がりました。

 私のプランターには、黄色と茶色のコントラストが見事な、可愛らしいパンジーが咲きました。


 他のクラスは皆一様に同じ品種の花を咲かせる中、私達のクラスだけは何か特別なことを成し遂げたかのようで、とても誇らしい気持ちになりました。


 先生の試みは大成功と言えたのではないでしょうか。

 彩り豊かな花々の一団は、子供たちの個性の象徴。

 風に揺れるその姿は、まるで子供たちの努力と成果を讃える聖歌隊のようです。

 しかし、華やかな聖歌隊の中に、ひっそりと沈黙するプランターが一つ。

 K君のプランターに花が咲いていません。


 なんと言うことでしょうか。

 あれだけ毎日欠かさずにお世話をしたと言うのに、K君のプランターは花が咲くどころかツボミさえまだつけていないのです。

 私達は再び話し合いました。


「K君は最初に肥料入れる時、たくさん入れた?」

 

私の問いにK君は答えました。


「肥料が少なかったのかな?」


 私達はK君のプランターをグラウンドの肥料の山に運びました。

 近隣の牛舎から毎日出る牛糞で拵えられたこの肥料は、年中山盛りに積まれています。

 私達はK君のプランターに肥料をモリモリとかけていきます。

 どうか、K君のプランターにも大きな花が咲きますように。

 そんな願いを込めて...。


 やがて秋も終わりを迎えるとプランターの花々も枯れ始めました。

 あの華やかな聖歌隊も役目を終え、その姿を土の中へと帰していきます。

 そうなれば、この授業も締めくくり。

 花々を育んでくれた土や肥料やジャリを、それぞれの場所に帰してあげなくてはなりません。

 また上の学年に登り、春を迎えた頃に新しい植物を植えるため、プランターをキレイにするのです。


 K君のプランターは最後まで花を咲かすことはありませんでした。

 みんながせっせと作業に取り組む中、周りの子よりも少しふくよかな背中を丸めプランターを抱えて座り込んでいるK君。

 そんなK君の寂しそうな背中とは裏腹に、彼の育てた苗は、プランターの上で青々とした茎や葉っぱを空に向かってピンと伸ばし続けています。


「きっと惜しいところ迄行ってたんだ。」


 そう思うと余計に諦め難いものです。

 私はK君に語りかけました。


「しょうがないよ。でも僕たち頑張ったよね」

 

少しの沈黙の後、小さく頷いてK君は


「プランターキレイにしなきゃね」


 そう言って、苗をおもむろに掴んでグッと引き抜こうとしました。

.......しかし、苗はビクともしません。


「あれ?」


グッ!


グッ!


グッ!

 何度引っ張っても苗は一向に抜ける気配がありません。

 K君は私に言いました。


「おとら、苗が抜けん!手伝って!」


 私もK君と一緒に苗を掴み引っ張り上げました。

グッ!

グッ!


「「抜けん!うぉおおおいしぉおおっ!!」」

スボボボォ!!


 


 ようやく抜けたそれは花などではなく、


 

 大人のふくらはぎくらいある太っとい大根でした。


じゃんけんポン!



パーのあなたには2メキシコドル!

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