007 推しの連絡先を得る
「私が……未来ちゃんの家に……」
未来ちゃんから『演技の練習に付き合ってほしい』と言われてからずっとこうだ。授業の内容は入ってこないし、お昼ご飯も味がしない。
「文ちゃん、もしかして明日は大事な用事があったかな? ごめんね、もしそうだったら無理しないで……」
「い、いえ! すこぶる暇なので!」
「そ、そう?」
私みたいなオタクの土曜日なんて、平日に撮り溜めたアニメを見ることくらいしかやることがない。
その程度の時間を未来ちゃんに割くなんて余裕のよっちゃんだ。ただ……未来ちゃんの家に行くなんて抜け駆け行為、許されてなるものなのか。
例えばだけど未来ちゃんが他の高校に転校していたとして、そこで友人を作り、家にあげたことをラジオとかで聴いたらどう思うか。
私ならそうだな……嫉妬すると思う。自分は厄介オタクじゃないと言いたいところだけど嫉妬はする。
つまり、私が未来ちゃんの家にお邪魔したら数千……いや、数万人規模からの嫉妬を買う可能性があるってことだ。そんなの受け止められないって〜!
「今日の文ちゃんずっと元気なさそう。もしかして私のお願いが原因かな?」
「えっと……すごく嬉しいんだけど、やっぱり緊張するというか。だってその……未来ちゃんは私にとっての推しなので」
「昨日も言ってたよね、私を推してくれている仲間たちのことを考えるって。もしかして申し訳ないとか思ってる?」
「う……うん。その通りです」
未来ちゃんはまるで私の心を読んでいるかのように私の感情を正確に抜き出した。国語なら満点だね。
俯く私をなんと未来ちゃんは胸を抱き寄せてきた。
教室がざわめくけど、そんなもの私の耳には入ってこない。
「えっ!? ちょ……ええええっ!?」
やばい柔らかい温かいいい匂いする顔が強い無理!
ってかなんで私今抱き寄せられて……え?
「文ちゃん、他のファンの人には内緒だけど、もう昨日転校してきた時点で、お話できた時点で文ちゃんは他のファンの人より特別なんだよ」
「と、特別……」
「うん、特別。文ちゃんと仲良くなりたい。文ちゃんと遊んでみたい。文ちゃんにもっと好かれたい。そう思っているから」
「ママ……」
「え?」
「なんでもないですごめんなさい」
ついおぎゃってしまった。危ない危ない……。
「だからね、そんなに気にしないで私の家に来て欲しいんだ。でも私の練習に付き合うのが嫌だったら断っていいからね?」
「そ、そんなことない!」
私は恥ずかしさが爆発しそうだったので未来ちゃんから少し離れた。未来ちゃんは少し名残惜しそうな顔をしている気がするけど、それはオタクの勝手な願望だろう。
「ぜ、ぜひ行かせてください」
「ありがとう! じゃあ連絡先交換しよ☆」
「あ……」
また同志たちに申し訳ない案件が発生してしまった。
でも私は特別なんだという未来ちゃんの言葉を思い出してなんとか連絡先を交換できた。
未来ちゃんは猫ちゃんをアイコンにした可愛らしいアカウントだ。対して私は……ってああ!!! まずい!
「文ちゃんのアカウントは……あれ、これ私?」
いつも親としか連絡しないから、つい未来ちゃんの写真をアイコンにしたまま交換してしまった! やらかした!!! ひ、引かれる……よね……。
「ふふっ、もー、文ちゃん私のこと好きすぎー。照れるじゃん」
未来ちゃんは私の頬に指を当てにっこり笑ってくれた。
あぁ……天使はここにいるんだ。
そう思いつつも、流石に未来ちゃんに本人のアイコンのままメッセージを送るわけにもいかないので未来ちゃんが声当てしたキャラクターをアイコンにした。
推しの連絡先、ゲットしちゃった。ひと足もふた足も早いクリスマスプレゼントになっちゃった。