003 推しの推し
授業中も視線を隣に座る未来ちゃんに向けてしまうのは仕方のないことだと思う。
だって、推しなんだもん。
推しが隣にいる事実。ヤバい。マジヤバい。顔がいい無理。
勉強が苦手と自称した未来ちゃんは主に数学と物理でわかりやすく頭を抱えていた。裏表なく顔に出る子だなぁ。
休み時間になると未来ちゃんは私と話そうとしてくれた。でも転校生をクラスメイト達が放っておくわけもなく、わらわらと未来ちゃんの席に集まってきた。
私は寂しさを覚えながらも推しが人気者であることに誇りも持てるタイプのオタクだ。だからいつも通り、1人でライトノベルを読むことにした。
私がライトノベルを読む理由は3つある。
1つ目は未来ちゃんが声を当てたキャラクターが登場するから。脳内再生余裕。
2つ目は単純に面白いから。
3つ目は私が書く小説の参考にするため。
とは言っても、自分の小説に落とし込めるような技量はないんだけどね。
午前の授業が終わり、お昼休みになると私は空き教室に移動して食べるのがテッパンだ。
クラスメイトは私以外グループを作って食べているのに、一人で食べるのは気がひける。だからクラスから出ていくのだ。
いつも通り、オーラを発することもなく教室から出て行こうとすると突然腕を掴まれてしまった。
「えっ!?」
「あっ、ごめんね。驚かせちゃったかな。文ちゃんと一緒に食べたいな〜って。いい?」
私の腕を掴んだのは未来ちゃんだった。
やばい……腕に未来ちゃんの指の感触が伝わる! これは料金が発生しないとダメなやつだ!
「えっと……5万円で?」
「何が?」
「あっ、えっと……うん、もちろんいいですよ」
勝手に暴走していた私のオタク心を押さえ込み、ちゃんと返事をする軌道修正に成功。
っていうか……えっ? 一緒にお昼を食べるの? 私が? 未来ちゃんと?
それこそ5万円くらい払わないと叶わない夢のデートプランみたいだ。全世界の未来ちゃん推しの同志になんと弁明すればいいのかわかったものではない。
一緒に食べる人が見つかったのなら移動する必要はないということで、隣同士の席のままご飯を食べることにした。
「未来ちゃんはよかったの? 他の人から誘われたりしていない?」
「あー、誘われたけど文ちゃんと食べたかったから」
そう言われると耳まで熱くなる。冬も近いのに顔だけ夏みたいだ。
「ど、どうして私なんかと……」
「いや〜、こんな格好と言動してるけど、正直言ってウェイ系っていうの? あぁいうノリの子苦手なんだよねぇ」
未来ちゃんは私に急接近して、他の子に聞かれないように耳元で囁いた。
嘘でしょ!? 生囁きをナチュラルに!? 恐ろしい子……。
「ちょ、ちょっと意外かも」
「そう? 文ちゃんは本読んでいたよね」
「う、うん。ライトノベル」
「しかも私が出てた作品じゃない?」
「そ、そうです」
「あはっ、なんか嬉しー!」
手を組んで前で伸びをした未来ちゃん。少しの照れ隠しもあるのだろうか。
「未来ちゃんは出演作品以外も読んだりする?」
「うん! 最近はWebで無料で読めるから利用しているかな〜。例えばほら、あんまり有名じゃないかもだけど、『花森学園:高等部』って作品が好きなんだ〜。毎日更新でいつも更新時間になるとスマホ前で待機だよ〜」
その時、東山文に電流が走った。
何を隠そう、未来ちゃんが見せてくれたスマートフォンの画面に映る『花森学園:高等部』の詳細欄に書かれた作者名、『ふみふみ』。これ……私なんです。
「ソ、ソレガスキナンダー」
仰天しすぎて棒読みになってしまった。
「うん。アレだね、私にとっての推し作品ってやつだね☆」
未来ちゃんは片目をつぶり、私にウィンクと笑顔を投げかけてくれた。
……全国の星ヶ丘未来ちゃんファンの皆さん、どうしましょう。
私は星ヶ丘未来ちゃんを推していると同時に、星ヶ丘未来ちゃんにとっての推しだったようです。