021 推しとクレーンゲーム
「そういえば遠足ってどこに行くの?」
照れる私を理解しているのかしていないのか、ともかく未来ちゃんは普通の会話に戻っていった。
「遠足はナガシマだよ」
「本当!? 超楽しみ!」
ナガシマとは三重県の限りなく愛知県に近い場所にある複合型娯楽施設だ。遊園地、アウトレット、海水プールは東海地方であればほとんどの者が耳にしたことくらいはあるだろう。
遠足なんて休んでやろうかと思っていたけど、楽しそうな未来ちゃんの顔が見られるのなら行く価値は何億倍にも膨れ上がるね。
「たぶん先生たちから遠足についていろいろ言われることは無いだろうから私から説明するけど、遠足はテスト返却後の金曜日朝8:30出発ね。この日だけは私服でいいみたいだよ」
「やった〜! 文ちゃんの私服、また見られるんだね」
「そ、そんなに良いものでしょうか……」
「もちろん! あのキャスケット帽子も似合ってると思うし、可愛かったな〜」
未来ちゃんは人を褒めるのが上手だ。褒められる側の人間であるのに褒め上手なのは、未来ちゃんという人間が優しいという裏付けになる気がする。
そして私は褒められるのが下手だ。褒められ慣れていないし、そもそも推しから褒められるって意味がわからない。本来なら常に逆であるべきなのだ。
「さて、飲み終わったし混んできたし、そろそろ出よっか!」
「あ、うん」
こういう時にサラッと「人に気が使える未来ちゃんいいね」とか言えたらなぁ。そんなスマートさ、私にはないや。
「つ、次はどこに行くの?」
「ゲームセンター! ゲームセンター行きたい!」
「げ、ゲームセンター!?」
私は未来ちゃんに連れられ、ゲームセンターなる場所へ来てしまった。
こんな不良のたまり場みたいなところ入ったことないよ〜……助けて……。
「見て見て文ちゃん! 『恋する大天使』のラファエルちゃんだよ!」
「えっ?」
クレーンゲーム……たぶんそういう名前のゲームの中に、未来ちゃんが声を担当したキャラクターのフィギュアがあった。
なんで……なんでこんなところにフィギュアが!?
「いいよね〜、新作サプライだよ〜」
「サプライってこれのことだったんだ」
「そうだよ? 文ちゃんは集めてない?」
「未来ちゃんが声を担当したキャラクターはフリマアプリで買ってるよ」
「も〜、私のこと好きすぎー!」
「え、えへへ……」
なぜか私の方が照れてしまった。その間に未来ちゃんは財布から100円玉を取り出し、クレーンゲームに投入した。
「ま、まさか取る気!?」
「もちろん! ラファエルちゃんは私を成長させてくれたキャラクターだから!」
クレーンの爪がフィギュアの箱を掴むものの、すべるようにフィギュアから爪が離れてしまった。
今の可能性のかけらも感じない動作で100円!? やってられねぇ……。
未来ちゃんは諦められないと、何回も何回もトライした。その額、おそらく1400円。もはやフリマアプリで買った方が安い次元まで来てしまった。
「うーーん……どうしょっかな〜」
「未来ちゃん、フリマアプリで買った方が……」
「ダメです」
「うえっ!?」
即答で断られてしまった。何でぇ!?
「私のオタク論では、フィギュアが目の前であったら自分で取りたいし、くじがあったら自引きしたいの。面倒な性格かもだけど、自分で推しを取りに行くっていう達成感が欲しいんだよねぇ」
その言葉を聞いた時ハッとした。そうか、推しを楽して手に入れようなんて考えはオタク失格だったんだ。
私は財布を取り出し、中に入った100円玉3枚を握りしめた。




