014 推しの仕事
「おはようございます! 本日はよろしくお願いします!」
新人声優の私は深く頭を下げ、先輩たちに挨拶して回った。
これが星ヶ丘未来のアフレコの始まりなんだ!
声優業界にも古いしきたりみたいなものがあって、新人は1時間前に到着していなさい! って言われちゃう。
朝はそんなに得意じゃないから、正直言ってキツい〜。でも都会に引っ越したから、少しは寝る時間伸びたけどね。
「星ヶ丘さんおはよう。今日も元気ね」
「あはは……これしか取り柄がないので」
「そんなことないでしょ。ほら可愛い」
手鏡を開いて私の顔を私に見せてきたのは池下望さん。53歳のベテラン声優で、優しくて綺麗な方だ。
肩まで伸びたワインレッドの髪を優雅に揺らし、他の新人たちに挨拶に回っている。比較的若手の多いこの現場では最年長声優さんだ。
この部屋には基本声優しかいないけど、例外もある。音響監督さんたちだ。
音響監督さんは入室と共に私の方へ歩いてきた。
「星ヶ丘、1話マリアの演技は定まったかい?」
「はい! この1週間でしっかりブラッシュアップしてきました!」
「いいね。お前ならできると思っていたよ。あとで個撮するから」
「はい!」
音響監督さんは強面だけど、内面は優しいのはわかっている。この前だって2才の娘さんとの電話で猫撫で声で話しているの聞いちゃったし☆
「じゃあ10分後、3話からリハで、その後マリアの1話・2話再撮。オーケー?」
「「「はい!」」」
10分……まだ不安だけど、文ちゃんにお墨付きをもらったんだから大丈夫! 私ならできる!
「星ヶ丘さん大丈夫? そういえば転校したのよね、どうだった?」
「まだ慣れてないところもありますけど、大切なお友達ができたので大満足です!」
「ふふ、じゃあその自信溢れる目はお友達のお陰かしら? 先週とは人が変わったみたい」
「ほ、本当ですか!? 透けてるなら恥ずかしい〜」
「あっははは、この現場じゃ新人の目を見ていられるのは私くらいだって。ほら、みんな自分のことでいっぱいいっぱい」
池下さんが指差す方を見ると、確かにみんな自分のパートを読み直したり、ぶつぶつ何か呟いている。先週までは全然知らなかった世界だ。
「今日の星ヶ丘さんは声かけても大丈夫そうだったの。成長したわね」
「じゃあそれは私じゃなく、文ちゃんのお陰です」
「いいお友達なのね、大事になさい」
「はい!」
池下さんとお話ししていると、音響監督と原作者さんが入ってきてリハの始まりを告げられた。
「んじゃ、やろうか。3話カット1、マリアの呟きから」
マイクの前に立つとまた緊張する。でもそれは悪いことじゃない。それがプロフェッショナルってことだと思うから!
マリアちゃんは優しいけど、表面上はトゲトゲした子。それを忘れずに、漏らさずに、表現する!
『……何よあのバカ主人! 私の着替えを覗いて無言だなんて……屈辱的だわ!』
セリフを言った後、少しの沈黙が走る。
たぶん裏では音響監督さんと原作者さん、それから他の偉い人たちが話し合っているんだと思う。
「オーケー、本番もよろしく。先週とは別人だ、もちろんいい意味で」
「ありがとうございます!」
やったよ文ちゃん! 文ちゃんのお陰で私、マリアちゃんを演じられる!
その日の撮影は私で止まることはなく、手応えありで幕を下ろした。池下さんにカフェに連れて行ってもらって奢ってもらっちゃった♪ また今度、このカフェに文ちゃんと来たいな〜。
2022年もありがとうございました!
お正月も変わらず更新しますので、来年も元旦からよろしくお願いします。良いお年を(о´∀`о)




