012 推しと私だけの秘密
マリアのトゲトゲを得た未来ちゃんは他のセリフも完璧にこなせるようになった。これなら明日のアフレコも大丈夫そうだね。
「うん、すごく良くなったと思います」
「もー、敬語やめてよー」
「あ、あははは……」
演技にアドバイスを入れていた時は熱くなっちゃっていたけど、冷静になると結構グイグイ行っちゃったな。素人のくせに生意気って思われていないといいけど。
「時間余っちゃったね。文ちゃんやりたいことある?」
「時間余ったのなら料理じゃない?」
「あっ」
未来ちゃんの家に来た時に時間が余ったら料理の指導をすると決めたはずだ。それを告げると未来ちゃんは黙っていれば良かった……みたいな顔になった。目も泳いでいる。
「そんなに料理が苦手なの? 一回やってみてくださいよ」
「えー……やめておいたほうがいいと思うよ」
やった、どさくさに紛れて推しの手料理が食べられる♪
未来ちゃんから特別と言われてからずいぶんと図々しくなったものだと我ながらに感心する。
未来ちゃんが冷蔵庫を開けると見事に食材が入っていなかった。ジュースやお茶のみ! オール液体!
「本当にウー○ーイーツ頼みなんだね」
「お恥ずかしい……あ、ネットに書かないでね! こんなこと知られたらみんなに心配かけちゃうよ」
「うんうん、私と未来ちゃんだけの秘密だよ」
ニチャッて笑顔になった気がする。2人だけの秘密か……うへへ。
さてこのままだと料理のしようが無いので、近所のスーパーに買い物に行くことにした。
料理だけ教えても材料がわからない! ってなる恐れがあるので、予め料理を決めてから未来ちゃんに必要なものを考えてもらうことにした。
今日作る料理は……煮魚!
初心者には厳しいかもしれないけど、たぶん未来ちゃんにとって一番必要な栄養素は魚だ。
まぁ副菜はスーパーに売ってる惣菜のほうれん草のごま和えとかでいいだろう。
「ねぇ文ちゃん、こうして並んでスーパーに行くと新婚さんみたいじゃない?」
不意に未来ちゃんがそんなことを言うので大きく狼狽えてしまった。
「し、新婚さん!?」
「手、繋いじゃう?」
「繋ぎたい! 繋ぎたいけど……手汗やばいのでやめておきます」
「何それ〜」
まったく、未来ちゃんは自分が推されているという事実をもっと重く受け止めてほしいよ。心臓止まるかと思った。
新婚さんか……最近は声優さんも熱愛がスクープされたりするよねぇ。じゃあ未来ちゃんもいつかどこかの馬の骨と……ううっ、脳が破壊される!!
「文ちゃん? どうしたの?」
「何でもないよ。脳が破壊されただけです」
「それ致死レベルじゃない!?」
今は無駄な想像力を働かせるのはやめよう。もしかしたら未来ちゃんはいつまでもいい人を見つけずに46歳になって、姫と呼ばれるようになるかもしれない。…………いやそれはそれでなんか嫌だな。
難しいオタク心を持ちながら未来ちゃんの買い物を適時アドバイスをしながら見守り、なんとか材料が揃った。
将来とか今は何でもいいんだ。とにかく今の私にできるのは推しの体調管理! そのために料理を覚えてもらうんだ! やるぞ、東山文!
推しのためなら自分のこと以上に何でもできるのでした。




