001 推し、転校してくる
灰色のキャスケット帽子を被り、列に並ぶ。
段々と肌寒くなってきた影響か、はたまた緊張からか、体が震えて仕方がない。
最後尾と書かれたプラカードを持ったお姉さんはかなり離れてしまった。つまり、私の番が近づいているということ。
そう、今日は……私の推し声優、星ヶ丘未来ちゃんの握手会なのだ。
列からちょっとだけ顔を出すと、笑顔で握手に応じている未来ちゃんが見えた。
一言で表すのなら、天使。
綺麗でさらさらな金髪、外国人モデルのようなマリンブルーの瞳、そして輝く笑顔。
もちろんいい意味で、同い年とは思えない。
私と同じ16歳の未来ちゃんは、声優としてデビューしてまだ半年くらいしか経っていない新人さん。
でもその演技力と歌唱力、そして何よりルックスが話題になって、今期のアニメでは主役級を2作品も演じている。
うんうんと頷きながらこれまでの未来ちゃんの歩みに想いを馳せていると、何といつの間にか私の番になっていた!
嘘嘘っ! まだ心の準備が〜〜!
前の人が横にはけて、未来ちゃんの全貌が瞳に入り込んできた。まるで金粉のような輝きが風に乗って、全身に染み込んでくるようだ。
私の顔を見て、未来ちゃんはニコッと笑う。
「あっ、女の子だー。よろしくね☆」
「は、はふぇぁい! よろしくお願いします!」
噛んだ。思いっきり噛んだ! 無理無理無理! 顔が良すぎる声も良すぎる! 平然ではいられない!
この握手会はただの握手会ではなく、未来ちゃんと握手をした後に、一言だけ好きなセリフを言ってもらえる(公序良俗に反さないものに限る)。
私はそのセリフと、私の名前が書かれた紙をスタッフさんに渡して、未来ちゃんがそれを目で追った。
「ふむふむ、文ちゃんって名前なんだ。古風で可愛いね」
「あ、ありがとうございますっ! 一生改名しません!」
「あはは、なんか重いな〜」
また意味わかんないこと言っちゃった気がするぅ〜!
「じゃあまず握手から〜☆」
「は、はい!」
「てか同い年くらいじゃない? 敬語いらないよ」
「そ、そう言われましても……」
未来ちゃんにタメ口だなんて、恐れ多い!
なんて話しながら未来ちゃんの手をそっと握る。
私の手の薄皮が未来ちゃんの手に触れた瞬間、体に電流が走るかのように衝撃が襲って来た。
こ、これが星ヶ丘未来ちゃんの手! 柔らかくて温かくて、思っていたより小さい。いや私も小さいけど。
「じゃあご希望のセリフを読み上げまーす。こほん」
一度咳をして喉の調子を整えた未来ちゃん。
ぶっちゃけかなり恥ずかしいセリフを書いたから、聴きたいけど聴きたくないという複雑な状況だ。
「転校して来たよ、文ちゃん。今日からよろしくね。こうやって出会えたの……運命だと思う!」
柔らかい笑顔で、私の要望したセリフを声にしてくれた。
「ふふっ、どうだったかな?」
「さ、最高でした! 本当に未来ちゃんが転校して来たみたいでドキドキしました」
「そっか。実は私、リアルで転校する予定だから緊張しているんだよね。でもなんか今のセリフ言ったら楽になれたかも。私にも運命あるかなー、ってね」
そう言って未来ちゃんはサービスのウィンクまでしてくれた。
するとスタッフさんが私に退室を求めたので、一礼して未来ちゃんに感謝を伝える。
「じゃあまたね、文ちゃん」
最後は手まで振ってくれた。
本当に顔も声もファンサも良くて……パーフェクトな声優さんだなぁ。
その日は手を洗わず……といきたいところだったけど、もし次の握手会で汚い手を未来ちゃんに握らせるわけにはいかないので、ちゃんと洗った。
夕食後、私はパソコンを起動して日課となっているweb小説の投稿を終えた。
「んー、伸びないなぁ。でも20人くらいファンの人できたし、辞めるに辞められない……」
ちなみに書いているのはガッツリ百合系。黒髪×金髪の2人を主軸とした百合で、ぶっちゃけ自分と未来ちゃんをモデルにしている。
昨日と横ばいのPVを眺めながらため息をついて、パソコンを落としてベッドに潜り込んだ。
横になって目を瞑れば、まだ瞼の裏に未来ちゃんの笑顔が映っている。
すごく幸せな入眠となった。
翌朝、いつも通り学校に通う。
暗くて話し下手な私に友達なんてできなかったから、いつも教室の端で1人ポツンとラノベを読んでいる。
でも妙にクラスメイトたちがざわざわしていた。
盗み聴きできた限りだと、転校生が来るような声が耳に入って来た。
転校生ねぇ、同じくらい陰キャの子が来たらいいんだけどな〜。まぁ最悪いじめてこなければよし。
そう思いながらラノベを読み進めていると、扉が開いて先生と、そして転校生と思われる少女が入って来た。
チラッと髪色だけ確認して目を逸らした。
金髪……陽の者か。せめてイジメをしてくる人じゃありませんように。
「はい、じゃあ名前を言ってくれる?」
「はい! 星ヶ丘未来、声優です。みんな、よろしくね☆」
熱いものを触った時に咄嗟に手を離すように、私はガバッと首を上げた。
「み、未来ちゃん!?」
今日、この日から私の日常は一変していくのでした。
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