八言目 中 ユーしゃるめる
長くなりそうなので八言目は前、中、後にしました。長くてすみません
「な、ななななな、失くしちゃったの⁈」
この世に生を受けて16年。淑女の代名詞と謳われる葉山ナツキはこの日、人生で初めて人前で叫び声を上げた。
驚いたのはナツキだけではない。妹のリリィも初めて見る姉の驚き様に、しばし日本語を忘れてしまい、彼女の赤い小さな舌はピタリと止まってしまった。
「え、なにどうしたの?」
悪い出来事というのはドミノのように連鎖するものである。見ると山条六実とローラ・アルメスが驚いたような顔でナツキの方へ走って来た。
正に絶体絶命。チケットを譲ってもらった上に、それを失くしてしまったのである。相手は山条建設の愛娘。もし逆鱗に触れでもしたら、明日は姉妹揃って、コンクリートの下で永眠しているかもしれない。
「え、ええと六実さま……」
「どうしたの、急に大きな声を出して。まるで大事な書類を電車に忘れたサラリーマンのような顔をしてたけど」
「い、いえいえいえいえ。そんなことありませんよ?」
鋭い。程度の差はあれ、心情的にはそんな感じだ。
「そう? ところでチケットなんだけど」
ジャン! と山条がローラに向かって両手を向ける。
「え、ええ⁈」
負の連鎖はすぐに止まった。いや、リリィのチケットと引き換えに福を呼び寄せたというのだろうか。
なんと、ローラの手にはメリィ人形の引き換え券がしっかりと握られていた。
「なつき ありがとう みつかった」
「ほ、本当ですか! それは良かったです。すみません、お役に立てなくて……」
「ベンチの下に挟まっていたわ。どうやら本当に、綿あめを食べていた時に落としたみたいね。ここに来るきっかけはナツキのアドバイスのおかげだから、あなたの手柄と言っても過言じゃないわ」
「滅相もないです。私は何も……」
少し安堵しながらも、痙攣気味にナツキは口角を上げた。とりあえず最優先課題は解決されたのだ。後は妹の起こしたトラブルを、彼女たちにバレることなく解消すれば良い。
しかし、止まったはずの負のドミノは再びカタカタと倒れだす。
「じゃあせっかくだし。これから一緒にメリィ人形もらいに行こうよ」
山条のからの何気ない提案。しかし、ナツキはすぐに返答をすることができない。
なぜなら、今度は自分達がもらったチケットを失くしてしまったからだ。
「あ、あの…… 六実さま」
きっと殺されはしないだろう。だが、憧れの人から「何をやっているんだ」と、失望されるのは、ナツキにとって死よりも苦しく感じた。
なんと言えば良い? 妹が失くした? それは姉として絶対に言ってはならないことだ。だが、探偵を豪語した手前、自分が持っていて失くしたと言うのも、ナツキのわずかながらの自尊心がそれを許さなかった。
「ねーね……」
ふと、消え入りそうな声で自分の名前を呼ぶリリィの姿が、ナツキの目に映った。
首を横に振るナツキ。
自分のすべき行動は、迷うものでもなかった。
「六実さま。実はチケットなのですが、私が持っていたのですが……」
その時だった。
「リリィくん、カバンの蓋はきちんと閉まっているか、確認しなければならないな」
聞き覚えのある声が一つ。
振り返ると、少し額に汗を浮かべたフミが失くしたはずの引き換え券を持って立っていた。
「すまん、少し遅れた。はい、リリィくん、これ落としてたよ」
「え、でも……」
「あれ、フミ。章さんは?」
「今ベンチで空を見上げている。どうやら長期迷子センター滞在で思考が幼児化してしまったらしい」
少し汗で湿った髪をかき上げながらフミが苦笑して答える。
「ふん あいつ いい気味」
「おいローラ、もう許してやれよ」
長期迷子センター滞在、思考が幼児化。
パワーワードが溢れる会話だったが、ナツキは別のことに驚いていた。
チケットが見つかって嬉しいはずのリリィが、不思議そうな顔を浮かべていることである。
「さ、行きましょう、ローラ、リリィ、ナツキ」
「俺は含まれてないのか」
「これが ハブリ」
「余計な日本語は覚えなくていい」
「あのっ」
ナツキの呼びかけに全員が足を止める。だが、ナツキが呼び止めようとしたのはフミただ一人。それを知ってか知らずしてか、彼もまた満を持したかのように別行動を提案した。
「すまん。俺とナツキさんで飲み物買ってくるから、先に行っておいてくれないか?」