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ムッペリ語  作者: 海苔子
第一章 発見編
7/11

七言目   ろろ!

夏風邪で倒れてました。すみません

 噴水前で話す二人の姿を見た時、俺はほんの少しだけ既視感を感じた。あれはもう八年ほど前のことだっただろうか。同じような光景を、山条の屋敷で見たような気がする。

——————————————————————————————————



「あれ、違った…」

 

 カチューシャを付けた小学生くらいの女の子とパッチリと目が合う。


 ムッペリ語って、ローラしか喋れないんじゃ…


 山条はここに来る前に、事前にフミからムッペリ語とローラのことを聞かされていた。もちろん、ムッペリ語はフミが作った言葉だということも知っている。

 しかし、目の前でこちらをじっと見つめる幼女ははっきりと今、ムッペリ語を喋っていた。


「ねぇ、あなた今…


「あの、何かごようですか?」

 山条が話しかけるのを遮るように、女の子の姉であろう、セーラー服の少女がにこやかな顔で声をかけてきた。


「あ、いえ… 可愛いカチューシャを付けてるなぁと思って」


「あ! ありがとうございます。ほら、お姉さんが似合ってるって。よかったね、リリー」


「うん」


 へへ、と笑いながら女の子が金色の髪を指に絡ませる。

 姉妹なのだろうか。側に立つ彼女も柔らかそうな金髪をゴムでまとめていた。


「あの、もしかして光蘭高校の生徒さん、ですか?」


「あ、そうです! 知っていらっしゃるのですか」


「光蘭の制服は可愛いことで有名ですから」


 アジサイのような淡い青と、細雲のように引かれた白いライン。オーダーメイドで作られるというセーラー服は少女の腰のくびれを健全な範囲で強調し、膝下まで広がるスカートの下は白いソックスという、清楚さと魅惑を併せ持つ完璧さ。それが光蘭女子高校の制服であった。


「あ、おねぇちゃん。メリィの引き換え券、持ってる! いいなぁ」


 ぐっと、小さな指が山条のカバンから飛び出ていたチケットを指した。これは、ローラと三回目のジェットコースターに乗ったとき、店員さんからもらったものだ。


「それ、ゲットしたんですか。私もリリーからせがまれて、挑戦しようと思ったんですけど… 一回目でギブアップしちゃいました」


 そう言って恥ずかしそうに少女は頬をかいた。


「あ、リリーちゃん、って言うんですか?」


「はい! この子は葉山リリー、私は葉山ナツキと申します。失礼ですが、もしかして山条六実さまでいらっしゃいますか?」


「! はい! あれ、知り合い⁈」


 咄嗟に山条が記憶をフル回転させて目の前の少女を思い出す。

 山条は元々、記憶力が鈍い。だが、葉山ナツキの容姿はかなり整っており、一度会えばさすがの山条も忘れるはずがなかった。しかし、かれこれ五年前まで遡っても彼女の鱗片は記憶のどこにも落ちてなかった。


「実は山条社長には昔お世話になったことがありまして。その時に六実さまが私にこの髪留めをくださったのですが、覚えていらっしゃいませんか?」


 そう言ってカーナはポニーテルを作っていたシュシュを解いて、山条に見せた。


「え、ええと… うーん、ごめん。思い出せない…」


 少し色あせた青いシュシュをじっと見つめるも、やはりピンとくるものがない。

 山条は申し訳なさそうにナツキに謝った。


「いえ! 私は当時無口で、片隅で本を読んでいたところを、あなたに声をかけて頂いたのです。ほんの少しの時間でしたし、覚えていらっしゃらなくて当然です。私があなたに、一方的に恩を感じているだけですから」


 そう言ってニコリとナツキはほほ笑んだ。さすが、お嬢様が通うと言われる光蘭女子高校の生徒である。所作、言葉遣い。どこをとっても美しい。


「あ、じゃあこれ妹さんにあげる」


 ふと、山条はカバンからはみ出ていたチケットをつまみ、ナツキの妹であるリリーに手渡した。


「え、いいの!」


「え、よろしいんですか!」


 信じられない、と言った顔で姉妹そろって驚く。山条はあまりぬいぐるみには興味がなかったし、何より過去に遊んだにもかかわらず、ナツキを覚えていなかったことへの申し訳なさがあった。ゆえに、ぬいぐるみの引き換え券をあげるのに、山条に迷いはなかった。


「やった! ねーね、早く、メリィちゃん、の所へ、ろろ!」


 可愛らしい丸く赤い手がナツキのスカートを引っ張る。一方でナツキの方は、本当にチケットを受け取って良いのか迷っている様子だった。


「本当によろしいのですか? メリィ人形のためにわざわざジェットコースターに乗られたんじゃ」


「いや、乗り物に関しては楽しくて3回乗っただけだし、私、人形をもらっても多分1年後には押入れの中だと思うから。大切に扱ってもらえるところに行った方が人形も幸せでしょ?」


 リリィのサラサラと透き通る金の髪を山条がなでると彼女は嬉しそうに頷いた。


「あ、ありがとうございます。…六実さまは、昔と変わらずお優しいのですね」


「え、昔の私って… あまり自分でも良い印象はないけど」


「そんなことはございません! 六実さまはあの時、私を鬼畜眼鏡から…」


 そうナツキが言いかけた時、聞き覚えのある声が山条の後ろから聞こえてきた。


「おーい山条。メリィのチケット、持ってないか?」



——————————————————————————————————



 噴水前で話す二人の姿を見た時、俺はほんの少しだけ既視感を感じた。あれはもう八年ほど前のことだっただろうか。同じような光景を、山条の屋敷で見たような気がする。


「おーい山条。メリィのチケット、持ってないか?」


 わざわざ遠くから声をかけたのも、山条の話し相手の顔を早く見たいという気持ちからだったと思う。だが、こちらを向いた少女は、さっきとは真逆で、全く見覚えのない顔だった。


「あれ、フミ。ローラと一緒じゃなかったの」


 くびれた腰に手を当てて、ヒールを履いた山条が不思議そうにこちらを振り返りながら尋ねた。


「実はローラがメリィの引き換え券を失くしたみたいでな。ほら、ジェットコースターから降りたときにもらわなかったか?」


 そう言うと、なぜか金髪の少女のスカートを握る金髪幼女が不安そうにこちらを見上げた。


「お前、人形興味なかっただろ? よかったらローラに譲ってくれないか?」


「…そ、それはちょっとできない、かも」


 珍しく俺に対して気まずそうな表情で、山条は両手で×のポーズをつくった。

 ? おかしなこともあるものだ。確か山条は小さい頃から「人形は動き出しそうで怖い」と言っていて、部屋には一つも置いていないはずだ。しかしそれも昔の話だ。きっと今は普通に、タンスなんかにゴロゴロと熊だの猫だの置くようになったのだろう。


「へぇ。お前も成長することがあるのだな。なんだか妙に感心してしまったぞ」


「成長? なに、もしかして喧嘩売ってる?」


 ピクっと、山条の表情筋が痙攣する。

 久方ぶりに殴られるかと心の準備をしていると、視界の脇からスッと、メリィの

引き換え券が差し出された。


「これ…」


「え?」


「これ… 返し、ます!」


 少し涙ぐんだような声で、金髪の女の子が俺の服にぐいぐいとチケットを押し付けた。


「え、えーと、君はどちら様でしょう?」


「あ、あ、私はリリィって、言います。こ、この緑のおねぇちゃん、からチケットをサーレ、ました。でも、おじさん、困ってる、みたいだから、これ返します」


「お、おじさん…」


 話の内容が「おじさん」で吹っ飛んでしまった。おじさん… 老け顔とは言われるが、そこまで酷くはないだろう。やはり小さい子どもにとって、眼鏡は「おじさん」のイメージが強いのだろうか。


「ちょっとリリィ! おじさんじゃなくて、お兄さんでしょ!」


 少しピリッとした声で、このリリィの保護者であろう光蘭の生徒がたしなめるように注意した。 


「失礼しました。私、この子の姉のナツキと申します。この度は六実さまにチケットを譲って頂いたのですが、ご友人のためとあればお返しします。どうぞ、お受け取りください」


「あ、どうも。山条の友人の筆町文と申します。これはこれは…」


 かしこまった挨拶に、思わず俺はぎこちなく頭を下げてしまった。さすが、名門と名高い光蘭の生徒だ。


「しかし、チケットは受け取れません。さもなければ、俺の頬骨が折れることになります」


「? それはまたなぜ」


「子どもからチケットを奪ったと聞けば、きっとあの暴力女は容赦なく鉄拳制裁をしてくることでしょう」


「まぁ、そんな凶暴な方が…」


 口に手をあて、同情を込めた眼差しでナツキは俺を見つめた。お嬢様学校には中々いない人種なのだろう。


「ですが、フミさまがチケットを手に入れることができなければ、それはそれで頬骨が危うくなるのではないでしょうか?」


「いや、さすがにそこまで理不尽なヤツではないと思いますが… 否定できませんね」


「やはり… でしたら私にお任せください!」


 トンっと、胸を叩いてナツキが自信に満ちた表情でこちらを向く。


「私、こう見えて探し物は得意なんです。なにせ、光蘭探偵部の部長を務めておりますから」


「た、探偵部?」


「ええ。殺人事件こそ取り扱ったことはありませんが、並大抵の事件なら解決してきた実績があります」


 …なんだろう。お嬢様学校の「探偵部」と聞くと、妙におままごと感が出て幼稚にみえてしまう。


「ローラさまは今、どちらにいらっしゃるのでしょう」


「ガレッジパークで探しているはずです。多分、お化け屋敷から出た後に失くしたので、もしかしたらその辺りに落ちているはずなのですが」


「分かりました。よし、行くわよ、リリィ。葉山の力を使う時が来たわ」


「いぇらっ! ねーね、手伝う!」


 妙に高いテンションで、姉妹がガレッジパークに向かって走り出す。やはりどう見ても幼稚園児の「たんていごっこ」の雰囲気が否めない。


「探偵か… 私もわくわくしてきたわね」


 指をポキポキとならしながら、山条もツカツカと歩き出した。山条の場合、頭を使うより暴力で解決する方が得意なタイプなので、もの探し系は分が悪いだろう。


「山条。チケットはまだ配られているのか?」


「ジェットコースターに乗る気? たしか午前中限定のイベントだったから、乗っても吐くだけで意味ないわよ」


「そうか… やはり終わっていたか。となると大人しく探すしかなさそうだな」


「この際だから、私も名探偵気分を楽しむことにするわ」


「名探偵、か。なら違和感に気づく能力も必要だな」


 すっかり日常会話。危うく聞き逃すところだった。




「なあ山条。あのリリィって子、ムッペリ語喋ってないか?」



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