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ムッペリ語  作者: 海苔子
第一章 発見編
5/11

五言目   ムニカ、ムニカ、ムニカ、ムニカ、ムニカ…

石畳の上を軽蔑の視線を浴びながら歩く姿はまさに断頭台へ向かう死刑囚。両脇は二人の美少女にがっちりと拘束され、ガラスに映る自分の姿は酷くみすぼらしい。


———————————————————————————————————


「ホンッとに信じられない。他の女の子のために私を遊園地に誘うなんて」

 

 はぁ、とため息をつきながら、山条が紺のショルダーバッグを肩にかけなおす。

 道行く人に手を振る赤いマスコットキャラ。

 三本の耳が生えたカチューシャをつける女子高生。

 俺とローラ、そして山条はテーマパーク、「U E J」に来ていた。


「悪いな山条。男だけだと、ローラが可哀そうと思ったんだが……」


「私は可哀そうじゃないの? 休日返上で知らない人同士の仲直りを手伝えって。フミも大概人遣いが荒いわよね」


「わたし おじさん きらい もう かえりたい」


「そ、そのことなんだが…」


 まずい。自分で立てた作戦なのに、二人の機嫌が予想以上に悪い。

 だがもう引き下がることなどできない。誘ったからにはこの二人を全力で楽しませねば。


「す、すまない。あ、章さんは今日はここに来れないそうだ」


「え、じゃあどうするのよ?」


「だから……、当初の目的だった『章さんとローラ仲直り作戦』は中止にして、今日は三人でUEJを楽しもう! ………」


 人生で一番、明るい声を出して右手を突き上げる。


「フミ。もしかして、もとからその気だったんじゃないの? おじさんをダシにハーレムを作って自分の自尊心を満たそうと…」


「なっ、んなわけあるかっ⁉」


「おじさん いない でも フミ いる はぁ…」


 痛い。ローラの視線も痛いし、山条の視線も痛い。しかもローラに至っては言葉の棘が刺さ

る。


「ええっと、ローラさん、だっけ?」


「ローラ。 むつみ さん?」


「そう。むつみ、で良いわよ。何か飲みたいものある?」


「おちゃ わたしも ローラ でいい」


「分かった。ローラはお茶ね。じゃあ私はコーラでいいわ」


 さっ、と山条が俺に向かって自販機の方を指さす。

 やれやれ仕方がない。誘ったのは俺なのだ。

 

 三十分後には楽しんでくれてるといいんだが……。

 

 と、UEJのテーマパーク力に期待しながら、俺は頭を抱えて自販機へ向かった。



「じゃあ、まずはあれに乗るか」


 地図を広げ、今一番人気という『バケモノワールド』に指を向ける。

 UEJ心得その一、乗るものを決めるべし、である。


「遠いわね。まずはこっちの『ディスイズ あん アダルト ワールド』に行きましょうよ」


「山条。名前から危険な臭いがするのは俺だけか?」


「ローラ イキたい」


「ダメだローラ。よく分からんがその言い方はダメだ」


 という訳で、車に乗って人形の世界を見るという『あんダルトワールド(通称)』へ行くことが決定する。


「しかし並び方に困るわね…」


 うーん、と山条が顔に手を当てて首を捻る。


「並び方?」


「ほら、男1、女の子2って、結構奇妙な集団じゃない?」


「そうか? 俺は気にしないが」


「気にした方がいいわよ。周りをごらんなさい?」


「は?」



「ねぇあの二人、メッチャ可愛くない⁈」

「恋人… じゃないよな? あんな冴えない眼鏡男がどうしてあんな可愛い女の子を」

「あの眼鏡なんだよ。財布要員じゃね?」

「なんか、百合の花園にラフレシアが咲いてない?」



 確かにチラチラと視線を感じるし、何やら俺にとって不名誉な声も聞こえる。

 なんだ? ラフレシアって、俺は植物じゃないのだが。


「…わたし コイツ きらいだけど ばかに されるのも いや」


 そう言ってローラの白い腕が、俺の左腕に絡む。


「ちょ、ローラ、なにを……」


「あ、それは名案ね」


 止める間もなく、今度は右腕が柔らかな感触に包まれる。

 両手に花という言葉があるが、今がまさにその状況である。



「は? 二股? ●ねよ」

「あれが噂のレンタル彼女? 二人同時とかできるんだー」

「なぁ、何か鋭利な物を持ってないか? 少し血で汚れるかも」

「馬鹿、やめろって。クズと同類になるなよ」



 効果があったと言えるのかは謎だが、周囲の視線は刺々しい言葉を残して消えていった。


「ほら、解決したわ」


「いや待て。俺のメンタルが…」


「はやく いく」


 ガシッ、と俺のふくらはぎにローラの蹴りが入る。

 なんだこれは、新手のイジメだろうか。

 日頃から俺は、徳は積まずとも悪行はしないタイプだ。日々、言葉について思索し、書を読み、先人の話を聞く。けして他人のために何かをしているという訳ではないが、迷惑をかけたことはない。

 石畳の上を軽蔑の視線を浴びながら歩く姿はまさに断頭台へ向かう死刑囚。両脇は二人の美少女にがっちりと拘束され、ガラスに映る自分の姿は酷くみすぼらしい。

 ああ神よ。


「なぜ俺をここまで責めるのですか?俺が何をしたというのです」


「何言ってるのよ」


「フミ しね」


「あ?」


 バッと、絡んでいた腕を振り払い、俺はローラの顔を睨んだ。


「おいローラ、それは言い過ぎだろ」


 えっ、とローラが戸惑ったような顔をする。


「急に誘って悪いとは思っているが、お前に『死ね』と言われることはしていない」


「?? いぇらっ…」


「ちょ、フミ! ローラはまだ、『しね』という言葉の重さが分かっていないのよ」


 慌てて山条が腕を離して二人の間に入る。


「? 言葉の重さ、だと?」


「テレビとか見ていると、相手を馬鹿にする表現で『しね』とかよく使われているわ。多分、さっきも軽く馬鹿にする程度でフミにしねって言ったんだと思う」


 一体何で怒らせたのか分からない、と怯えた表情でローラが俺を見つめる。

 どうやら本当に分かっていなかったらしい。


「……軽い冗談でも、言って良い言葉と悪い言葉はあると思うのだがな…。だが、日常会話からでしか日本語を学べないローラに、それを独学でというのは、確かに厳しいな」


 気づけなかった自分に憤りを感じる。意味ばかりを追っていて、言葉には『重み』があることをすっかり忘れていた。


「…あのなローラ。確かに『しね』は、冗談で友人に言ったりする輩がいるかもしれないが、俺は、『しね』は冗談では収まらないくらい人を傷つける重さを持った言葉だと思う」


「わたし …ほんとに おもって なかった」


「ああ。だがローラはそう思っていても、言われた人がそうだとは限らない。『しね』という言葉は、どう言おうが人を傷つける言葉なんだよ」


 言葉は形のない刃物と言われている。一度発した言葉は二度と消えない。

 ローラの失敗が俺でよかった。


「ごめんなさい」


 白いワンピースの裾を握りしめ、ローラがうつむく。


「ローラ、一つお願いがある」


 俺がそう言うと、ローラは恐る恐る顔を上げた。


「これから先、ローラはたくさん日本語を覚えて、どんどんそれを使っていくと思う。だが、今日みたいに使い方を間違えて人を傷つけてしまうことがあるかもしれない」


 ビクッとローラの顔がこわばる。

 自転車は転びながら乗れるようになるのと同じように、言葉も失敗を重ねて、話せるようになる。

 だから、俺がローラにできることは—


「でも俺はローラに話すことを怖がって欲しくない。だから—— 俺をたくさん罵ってくれ」


「は?」


「いぇら?」


 山条とローラが同時に顔をしかめる。


「さっきみたいに、ローラが俺を罵倒して、俺がやりすぎだと感じたら注意する。もちろん、ローラもしっかり考えることが大切だ。俺には何でも言っていいが、自分でもしっかり考えて発言—— どうした、なぜそんなに引いている?」


 汚物でも見るような目で、二人が後ろ歩きで俺と距離を取る。


「やっぱりフミってマゾなの? しかもそれにローラを利用しようとするって……信じられない」


「ムニカ、ムニカ、ムニカ、ムニカ、ムニカ…」


「おい待て、俺は結構マジメな話をだな…」


 おかしい。自分でもかなり良いことを言っていたつもりなのだが、二人の反応が非常に悪い。

 やはり神様、俺が何かしましたかね?





「ヴぉえっ… ヴぉえっ… 本当にバケモノか、アイツら…」


 いかん、胃から昼飯がカムバックしようとしている。

 山条とローラは四回目のジェットコースターに並んでいる。1回目で早々とギブアップした俺はベンチでぼんやりと空を見上げていた。


「大変そうだな、フミ君」


 三角耳が三つ乗ったカチューシャをつけたおじさんが隣に座る。なんだ、不審者か?


「今日は何度も似たような視線を、道行く人に送られたよ。まったく、君の頼みは本当にろくな事がないね」


 そう言って章さんは、頭からカチューシャを外した。


「……けっこう、楽しんでいたのでは?」


「馬鹿言いなさい。苦手なジェットコースターにも乗って、やっとのこと追いかけたというのに」


 君はギブアップしているじゃないか、と章さんが笑う。

 今日はありのままのローラを見てもらうために、章さんには別行動をとってもらった。


「楽しそうでしょう、ローラ? ……俺はローラのことをもっと知りたいんです」

 

 背もたれに預けていた体を起こして、俺は章さんと向き合った。


「見てくださいよ、あいつら」


 ジェットコースターに乗り、叫んでいる山条とローラを指さす。



「キャー!」

「ひゃー!」



「ローラって、感じたことをすぐ口に出すんです。食べ物が熱かったら『くわらっ』と言って舌を出すし、今も楽しいときは『ひゃー!』と叫んでいる。うるさいと思ったら『きー』、美味しかったら『みぽん』。ローラの感情はムッペリ語でできているんです」


 あの日、章さんから尋ねられた「どうしてムッペリ語を解読したいか」という問。その答えがこれだ。


「言葉のもう一つの役割、俺はそれが、人の感情を作り出すことだと気づきました。ローラは花を見たら『ユーリテ』と思い、ひじきを見たら『ゲシャ』と思います。それが単にユーリテ=きれい、ゲシャ=嫌いという感情なのか、もしかしたらもっと違う風に思っているのではないか。俺たちとは異なる見方でローラは世界を見ているのではないか」


 ムッペリ語の解読、それはつまり—


「俺はローラのことをもっと知りたい。だからムッペリ語を解読して、彼女の目に映る世界を、俺も見たいんです」


 言語の壁を越えて、相手を理解したい。それが俺の出した答えだった。


「彼女の目に映る世界…か」


 章さんはそう言うと、静かに立ち上がった。


「やっぱり、僕には無理だ」


「えっ……」


「同じ言葉でも、彼の景色を見ることができなかった僕に、君を手伝う資格はない」


 どういうことです? 

 そう章さんに尋ねようとした時、ジェットコースターから帰って来たローラと山条の姿が見えた。


「フミ―!」


「もうローラったら。ねぇ聞いてよフミ。ローラが…」


 ピタッ、とローラが足を止める。


「? どしたの?」


 山条も何かあったのかと、ローラに合わせて立ち止まった。


「やぁ… ローラさん」


 気まずそうに章さんがローラに声をかける。

 だが、ローラは何も答えず、冷え切った眼差しで章さんを睨んだ。


「…母さんがね。昨日、目を覚ましたんだ」


 えっ、と思わず、俺とローラの顔がほころぶ。


「ずっと君のことを話していたよ。一緒に料理をしたり、花を植えたり。本当に毎日が楽しい、ってね」


 スッ、と章さんの頭が下がった。


「すまなかった。取返しのつかないことを、君に言ってしまった」


 沈黙が四人の間に流れる。

 しばらく章さんを見つめていたローラだったが、重々しく口を開いた。


「アイス」


「え?」


「アイス 食べたい かえ」


「わ、分かった」


「あ、私もいいですか?」


 ポケットから財布を出しながら「な、何段がいい?」と章さんが恐る恐るローラと山条に尋ねると、ローラは一言「むげん」と答えて、アイスを売っている店へ歩き出した。






「フミ君」


 三段アイスを買ってご満悦なローラと山条を横に、章さんは、


「ムッペリ語の件だけど、やっぱり僕も力になりたい」


 と言った。


「え! 本当ですか⁈」


 嬉しさのあまり、思わず声が大きくなる。


「さっきローラさんから君を手伝えって言われてね。償いの意を込めて協力させてほしい」


「ローラ…」


 チョコミントを舐めるローラの顔を見つめる。

 視線に気づいたのか、ローラは人差し指で唇をなぞると、べぇっ、と少し青い舌をこちらに出して再びアイスを舐め始めた。


「ハハハ。素直じゃないね」


「…ローラは元々こうですよ。でも、ありがとうございます。章さんがいれば百人力です」


「ありがとう。僕はムッペリ語の規則性を調べてみようと思う。そこで、さっそくサンプル採集

を君にお願いしたいんだが」


 そう言って章さんは、ローラに見えないように二つのチケットを俺に渡す。


「これでローラさんとお化け屋敷に行ってくれないか?」


「はい?」


 見れば園内にあるお化け屋敷のペアチケット。内容は今流行りの「ららら開戦コラボ」だ。


「…これ、怖いヤツですか? 俺、ホラー映画で失禁したことありますよ」


「えッ… 大丈夫。多分、大丈夫だと思うよ」


 不安げに尋ねると章さんは苦笑しながら親指をサムズアップ。

 お化け屋敷…

 章さんの頼みもロクなことがないな、と俺は深くため息をついた。


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