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ムッペリ語  作者: 海苔子
第一章 発見編
2/11

二言目   みれーな、みれーな、みれーな

「? なんて言えば良いんだ?」


「さぁ? 恋人とか良いんじゃない?」


——————————————————————————————————

 

「確か、この辺りにしまったはずなんだが」


 俺は今、カビ臭い押入れの中をライトで照らしながら、あるモノを探していた。


「ムーア、ユテ、フリッテ…。やはり、どこかで聞いたことがあるような気がする」


 ガサッッ、と透明な衣装ケースに手が当たる。中をライトで照らすと小学生時代のアルバムが入っていた。これだ。

 周囲の荷物をどけて、ローラ―付きのケースをゴロゴロと引っ張る。埃被った蓋を開けると小学一年生、と書かれた漢字ドリルや学級通信がゴムでまとめられて入っていた。


「ぺろっ、ユーきときとユテ、ミーラ」


「うぉっ」


 突然声をかけられ、持っていたプリントの束がガサっと床に散らばる。振り返ると、自称日本語が使えない少女、ローラが立っていた。


「おまっ、なんでここに⁈ここは俺の部屋だぞ!」


「ん、ん、ん」


 銀の髪を指にくるくると巻きながら、ローラが一枚のメモを俺に渡す。そこには丸っこい大家さんの文字でこう書かれていた。


『文ちゃんへ。お昼にそうめんを食べに来ませんか?』


 おお!そうめん!

 知らせ方が最悪だったがこれは嬉しい。夏休みの昼飯で、そうめんと言えば定番中の定番だろう。ありがたく頂くことにしよう。

 しかし、だ。

 俺はメモを握りながらローラの顔を睨んだ。


「だがローラ。いくらお前が伝書バト役だとしても不法侵入はいかんだろ!鍵はどうした!どうやって入ったんだ!」


「ん、ん、ん」


 再びローラが一枚のメモを俺に渡す。


『追伸、ローラちゃんには文ちゃんの部屋の鍵を渡しました。文ちゃん、集中するとインターホンの音も聞こえなくなっちゃうからね。ごめんね』


 キラッ、と俺の部屋の鍵を見せながらローラが鼻で笑う。


「お前の言葉は分からんが、性悪女であることは分かった」


「ゆじきまと、ムニカるるるユータル」


「おい、今、日本語で言ったら炎上するようなことを言っただろ」


 べぇ、と赤い舌を出してローラが俺の部屋から出ていく。全く、これで言葉が通じていたら更に喧嘩になったことだろう。

 俺は膝に着いた埃を払いながら、先ほどから探していた「あるノート」を持って立ち上がった。



「みぽーん!」


「うまーい」


「りろムーアつてるて!」


「私そうめん好きです」


「………シーマ」


「………なんだよ」


「え、文ちゃん。ローラちゃんの言葉が分かるのかい?」


 大家さんが驚いた顔で俺に尋ねる。俺はツルツルと気持ちよく麺をすすった。


「ふふふ。大家さん、俺はこれでも言語学者を目指す男ですよ。未知の言葉でも行動と示し合わせれば簡単に意味は分かります」


「シーア?」


「きてみ。シーア」


「まあ、本当に分かってる!すごいのねぇ、さすが文ちゃんだわ」


 目を細めて大家さんがうなずく。一方ローラは片眉を上げて、納得していない様子だった。

 

————————————————————————————


「まあ、半分嘘で半分本当なのだがな」


 押入れから持ち出してきた「ことばノート」のページをめくる。


『ムーア=私、おいしい=みぽん』


 そこにはミミズが這ったような字で「ムッペリ語」とあり、その下に単語と日本語訳が書かれていた。


「ムッペリ語…か。すっかり忘れていたな」


 ことばノートは俺が小学一年生の時に作ったものだ。内容は、四字熟語だったり、ことわざだったり、難しい言い回しだったり。そう言った当時知らなかった日本語を俺はこのノートにコツコツまとめていた。

 

 そのことばノートのページの端に、ムッペリ語はひっそりと書かれていた。


「しかしなぜローラがこれを…」



 ガタンッ



 イスを激しく引いたような音が、図書館内に響き渡った。


「……はぁ、まったく」


 時計を見るとまだ五分も経っていない。俺はすやすやと上下に動いている背中を軽く叩いた。


「ふぉっ、ね、寝てましぇん」


「起きろ山条。睡眠学習をしても補習課題は終わらんぞ」


「う、うーん」


 瞼をこすりながら、朦朧とした状態で山条がうなずく。

 山条六実。山条建設社長の一人娘で人使いが荒い。今日もそうめんを食べている最中に、補習課題を手伝ってくれと、一方的に用件を言って電話を切られた。


「あ、あー。ねぇフミ、私のど渇いたからジュース買ってきてくれない?」


「図書館内は飲食禁止だ。買いに行くついでに外で飲んで来い」


「えー。あ、ねぇ、ちょっとそこの君?」


 山条が背もたれに体を預けながら声をかける。


「え、お、俺?」


 先ほどからチラチラと山条を見ていた眼鏡の男子生徒は、自分の顔を指さしながら嬉しそうに近寄ってきた。


「そーそー。ねぇ、ジュース買ってきてくれない?」


「え、ちょっお前、自分で買いにいけよぉぉ~」


「あー、意地悪じゃん。じゃあ半分こしようよ。私が飲んだら、あとは君にあげる」


「まっ、マジ? じゃ、じゃあ仕方ねぇなぁ~おごってやるよ」


 そう言って眼鏡の生徒は山条の胸をチラチラと見ながら、足早に自販機へ走っていった。


「きゃー、優しいー。ほらぁ、フミもあの子みたいにもっと私に優しくしてよ」


「俺は十分、山条に優しいと思う」


「えー、足りないなー」


「ちょっお前、そんなこと言うなよぉ! お、俺がジュース買ってきてやんよぉ、ぐへへへへへ…… これで良いのか?」


「わ、マジ引く…。お願い、もう二度としないで。今のフミが一番」


 顔を引きつらせながら山条が首を振る。さっきの人の真似をしたつもりなのだが、一体何が駄目だと言うのだ。


「山条、彼とは知り合いなのか? やけに距離が近い物言いだったが」


「んー? いや全然。今日はじめて喋ったよ。私も『距離近っ』って思った」


「なるほど。では単にフレンドリーな性格なのかもしれん」


 よく考えてみれば、話したことのない人物に、自然と声をかけられる山条もフレンドリーな性格と言えるだろう。類は友を呼ぶ、か。


「へ、へへへへ。お、お待たせぇ。ほらよ、買ってきてやったぞぉ」


 俺がしたような「へへへ」という笑い方をしながら先ほどの男子生徒が戻って来た。余計なことかもしれないが、彼はなぜ、先ほどから似合いもしない言葉を使っているのだろう。正直、真面目そうに見える生徒が不良言葉を使ったところで痛々しさしか感じないのだが。


「おーありがとう。ほらフミ、買ってもらっちゃったよ」


「ああ。きちんと外で飲めよ?」


「ちょ、六実。そ、そんな眼鏡陰キャといないでさ、俺と勉強しない? 向こうで席とってるし」


 山条の胸をチラチラ見ながら男子生徒は親指で後ろの方を指した。見ると、似たような外見の生徒がテーブルのイスに座り、ニヤニヤとこちらを見ていた。


「いんきゃ? あ、フミのことね。ほらー、フミそんな格好してるから陰キャなんて言われるんだよー」


 山条が指で俺の前髪を払う。


「コンタクトにすれば良いのにさー」


「眼鏡は勤勉の証だ。どう呼ばれようが、俺は気にしない」


「もー。ちょっと貸して」


 すっ、と山条が俺の眼鏡をかける。乱視と近視が入っているせいで彼女の目はいつもより少し小さくなった。


「どう、似合う?」


「驚いた。勤勉の証をつけてなお、山条のアホさが滲み出ている」


「そこだよ。優しさが足りないっていうのは」


 ふー、とため息をつきながら俺の顔に眼鏡を戻す。


「えーと、悪いんだけど私、フミに勉強は教えてもらいたいからお誘いは乗れないかな。ごめんね?」


「あ、え、ざ、残念! お、俺らまだここにいるからさ。いつでも声かけて! うん」


「ごめんね~」


「お、おう! じゃあな、六実!」


 ひらひらと山条が手を振る。席に戻った男子生徒は「六実? ああ、知り合いってか友情を超えた関係? みたいな。ちょ、別にそんなんじゃねぇーよ」と、声高に話していた。


「やっぱり知り合いなのか? 向こうは山条のことを友情を超えた関係とか言っているぞ」


「まさか! 彼と私が友情を超えた関係なら、フミと私の関係はなんて言えばいいのよ」


「? なんて言えば良いんだ?」


「さぁ? 恋人とか良いんじゃない?」


 顔をこちらに向けて、ニヤっと山条が笑う。


「ほう恋人か。なら俺の彼女なら、この補習課題もさっさと終わらせてくれることだろう」


「うわっ。フミの彼女やっぱりヤダ!」


「どんな関係だろうが俺は頼まれたら最後まで付き合う。さあ、今日は終わるまで帰らせないからな」


「ちょっ、最期までって……一途なヤツ♡」

 


 ブー、ブー、ブー、ブー



 突然、鞄にしまっていた携帯のバイブ音が鳴り出した。


「悪い、電話してくる」


 顔を赤らめ、くねくねとしている山条にそう言って、俺は館内の通話スペースに向かった。


「? 大家さん? 珍しいな、家賃は確か納めたはずだが」


 大家さんが電話をかけてくることなど滅多にない。何かあったに違いない。


「もしもし、筆町です」


「! フミ! フミ! フミ!」


 電話をかけてきたのは大家さんではなく、ローラだった。


「は? どうしたローラ、何かあったのか?」


「お、おばあ、ちゃんが、お、おばあちゃんが」


 たどたどしい日本語でローラがおばあちゃんを繰り返す。


「ローラ、ムッペリ語で話していい。大家さんがどうした?」


「お、ばあちゃんが…。みれーな、みれーな、に、ほんご、に、ほんごで…」


「み、みれーな?」


 通話スペースを飛び出し、ことばノートをめくる。


「え、ちょ、フミ⁈」


「すまん、許せ! みれーな…みれーな」


 ノートの端に書かれた単語を一つずつ指でなぞる。

 だが、「みれーな」という言葉は、ことばノートには書かれていなかった。


「くそっ、ムッペリ語は俺が作った言葉だろうが。思い出せ、みれーな、みれーな、みれーな……」


 ことばノートに書かれているムッペリ語はたったの百語。そこに「みれーな」という単語はない。

 一体なぜローラは俺しか知らないムッペリ語が話せる? どうしてローラは俺も覚えていないムッペリ語の言葉を知っている?


「おばあ、ちゃんが。おばあ、ちゃんが……」


 先に「みれーな」を日本語訳にしたのは、ローラの方だった。


「おばあちゃんが、たおれた」


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