8. 初戦闘!なのかこれ?
「これでどうかしら」
「クソダサ装備ありがとうございます!」
「で、でもダンジョンの雰囲気には合っているでしょう?」
ねむこの新装備はとても着慣れた物だった。
全身を守るために足首や手首まで覆われている必要がある。
更には二の轍を踏まないように、素材は軽くて動きやすいものが良い。
そして今回のダンジョンは学校ダンジョンだから、それにふさわしいものが良い。
となるともうこれしか無いではないか。
ジャージである。
「もっと冒険者らしい装備が良い~ぶ~ぶ~」
「そんなこと言わないで。徹夜で防御力を強化してくれたんだからさ」
訂正しよう、世界で最も硬いジャージである。
あくまでもモンスターに対して、であるが。
スキルはこの世界に元々あったものに対しては効果が無い。
最硬ジャージはオーガの一撃を防ぐけれども、プリ〇スアタックには効果が無いのだ。
「それじゃ行ってきまーす」
「は~い」
金沢ダンジョンに入ると、また同じ音楽室の前に出た。
どうやら入る度に場所が変わるパターンではないようだ。
「電源オンっと」
まずは支給された通信機の電源をオンにする。
通信機器は中に入った時に一旦電源が落ちるけれども、起動すれば中と外とで通信が出来ることを確認済みだ。
また、カメラ付きの細い首輪も装備しており、そちらで中の様子が外で見られるようにもなっている。
自衛隊員がその映像を見ながら、ねむこに指示を出すのだ。
自由に出来ないのはめんどうだけれども、一人で寂しく冒険するよりかは誰かと話をしながらの方がマシだと思い、ねむこはしぶしぶ受け入れた。
「あ~テステス、本日は贅肉なり」
「聞こえるよ、ねむりちゃん。それ、誰の事を言ってるのかな?」
「昨日のお寿司美味しかったね」
「私は食べ過ぎてないからね!」
なんとこの女、ねむ担であることを良いことに、一緒に高級寿司を食べに行ったのだ。
しかもねむこよりも沢山食べてやがった。
流石のねむこも驚きだった。
自分でもここまではやらないぞ、と。
「それじゃあぷにぷにさん、行きますね」
「待って、それ定着しちゃうパターンから絶対止めて!」
ぷにぷにさん(仮)の抗議は無視して、ねむこは先に進んだ。
今日はひとまず例の教室に入ることが目的だ。
「話進めないで!お願いだから訂正して!ねむりちゃん!あ、こら、邪魔しないで、今大事なところなの。ダメ、絶対にダメええええ」
「うるさいなぁ」
通信機をオフにして教室内に入った。
声に反応して襲われたらたまったもんじゃないからだ。
誰のせいだ。
「見事なくらいに何も無いね」
教室の中は伽藍洞だった。
椅子や机はもちろんのこと、カーテンも無く、ロッカーはあるけれどもその上に物は置いて無く、時計も無く、掲示もされてなかった。
窓はしっかりと閉まっており、外は青空が広がっている。
なお、外の風景はどこかの見知らぬ街並みが広がっている。
現在、自衛隊員が日本の何処かに類似の場所があるか検索中だ。
「何も無い……ってことは無いよね~」
丁度教室の真ん中あたりまで移動した時、前後の扉が勝手に閉まった。
展開的には何かを達成するまで出られないという感じだろう。
「おお、何か出てきた」
黒板の前、少し段差があるところ。
空間が歪んで何かがぼんやりと出現する。
「最初のバトルかな」
ゴブリンか、はたまたスライムか。
意表をついてミノタウロスという嫌がらせもありえなくはないが、もっきーちゃんのねむこでも大丈夫という言葉を信じるならばそれは無いだろう。
ねむこと自衛隊員達が見守る中、出現したのは……
「分度器?」
学校でお馴染みの文房具であった。
ただし、ねむこの体と同じくらいあるサイズの大きいもの。
それが宙をふよふよと浮いている。
「しかもめっちゃヒビ入ってる」
少し力を入れたらバラバラになりそうだ。
「とりあえずくらえー」
ポケットに忍ばせておいた小型爆弾を分度器に向かって投げてみた。
小範囲高威力。
使用者には影響なしとの優れもの。
もちろん対モンスター用の道具でスキルで生み出したものであり、現実世界には存在しないものだ。
見た目がポイ〇イカプセルみたいなのは、製作者の趣味なのだろうか。
今の時代、〇イポイカプセルって言っても知らない人も多いかな。
「おうふ。びっくりしたぁ」
少し大きな音がするとは聞いていたが、想像していたよりも大きくてねむこは驚いた。
もちろん、爆弾としては小さいものではあるが。
その場でもくもくと煙が漂う。
なんてことはなく、視界はすぐに晴れる。
強敵との戦い中に視界が塞がれるなんてことはあってはならないのだ。
「あれ、無事じゃん。なんだよ~不良品かよ~」
そんなことは無いとは分かっている自衛隊員は映像を見て焦っていた。
オーガにだって大ダメージを与えられる程のとっておきの道具だったのだ。
それが効かないならば、ねむこは倒す手段が無いのではないか。
それが焦りの理由だった。
「うわ、ちょっ、こっちくんな!」
分度器は弧を描いている方をねむこに向けて飛んできた。
「わっ、わっ!」
ねむこは決して運動神経が良い方ではない。
また、まだステータスが向上する何かがあったわけでもない。
つまりどうなるかと言うと、ねむこは避けられなかった。
慌てて両腕で顔を守り、分度器を受け止める形になってしまった。
「いったあああああああああい!」
痛かった。
超痛かった。
涙がわんさか出る程痛かった。
「痛い!痛い!これ絶対折れた!おーれーたー!いーたーいー!うええええええええん!」
教室の床をゴロゴロと転がるねむこ。
ジャージなので汚れても問題無い。
「いーたーいー!いーたーいー!いーたーいー!いーたーいー!あれ?」
喚きながら転がっていたら、何かの硬い物の上に乗った感触があった。
「なんだなんだ」
ねむこは動きを止めて、その物体を探した。
「分度器の欠片?」
そういえばと周囲を見ると、分度器の姿は消えていた。
それどころか、教室の扉も開いている。
「なるほど、自爆特効だったんだ。そりゃあ私の骨も折れるわけだ」
ふむふむと納得して、その欠片を拾った。
おい、骨が折れたんじゃなかったのか。