7. 普通のダンジョンじゃないパティーンか~
ねむこが入った渦を見守る自衛隊員達は、緊張の面持ちでねむこの帰りを待っていた。
世界初のダンジョン突入。
何が起こるか分からないのだ。
もしかしたら傷だらけでボロボロのねむこが出て来て回復が必要かもしれない。
ねむこがモンスターに追われて一緒に出てくるかもしれない。
渦が刺激されて周囲にモンスターが湧くかもしれない。
あらゆることを想定し、あらゆるプロフェッショナルが現場で待機していた。
「ねむこちゃん、やっぱり約束無視した!」
ダンジョンの中の様子を見たら、一旦すぐに戻って来てくれ。
決して探索はしないでくれ。
その約束が予想通り破られたと、ねむ担(ねむこ担当の女性隊員のこと)は憤る。
仕方のない事だ。
まさかねむこが装備の重さで動けなくなっているなどとは誰も思わないだろう。
早く戻って中の様子を教えて欲しい。
ドキドキソワソワな空気が充満しつつあるその時、ついに渦に異変が起きた。
ゴトリ。
渦の中から何かが落ちて来た。
自衛隊員が一斉に武器を構えるが、その物体はモンスターの類では無く、ただの肘当てだった。
「??」
隊員の一人がそれに慎重に近づくものの、特に不審な様子はないただの肘当てだ。
ゴトリ。
すると今度は膝当てが落ちてくる。
ねむ担は、それらがねむりが装備していた物であることに気が付いた。
「ねむりちゃん、何やってるの?」
それから順番に、ねむこの装備がパーツごとに一つずつ渦の中から落ちて来た。
「え?え?」
これがねむこの意思だったとしても、超常的な何かの意思だったとしても、こんなことが起こる理由が想像出来ない。
渦の中から装備品だけが少しずつ出てくる様子は、ホラーだった。
「お願いねむりちゃん!早く出て来て!」
そしてホラーに弱いねむ担は泣きそうだった。
――――――――
「ふいーやっと終わったー!」
なんてことはない。
単に装備の一つ一つのパーツが重すぎたから、一つずつ外に放り投げただけの事。
装備を放置してねむこだけ脱出して、次に入ったら装備が消えているなんてことがあったら勿体ない。
そう思ったねむこはもったない精神、ではなく、高かったのに!と怒られるかもしれないと思い頑張ったのだ。妙なところでチキンである。
「それにしても、普通のダンジョンじゃないパティーンか~」
装備から解放されたねむこは、伸びをしながらダンジョンの様子を確認した。
そこは何処かで見たことがあるような風景だった。
「でもまぁ学校ダンジョンはあるあるなのかな?」
そう、ねむこがいるのは何処かの学校の中だ。
ねむこが目覚めたところは、三階建ての学校の三階の端っこ。
音楽室の入り口の目の前だった。
音楽室の扉から見える中の様子は普通に音楽室なのだが、扉を開けるとあら不思議、渦の外の様子が映っているではありませんか。
どうやらこの扉がダンジョンの出入り口となっているようだ。
そのことに気が付いたねむこは、疲れた体に鞭打って、装備を一つ一つ放り投げたのであった。
「廊下は椅子と机のバリケードで封鎖されてるけど、階段を通れってことかな」
目の前には長い長い廊下が伸びているはずだが、直ぐの所に生徒用の椅子と机が乱雑に積まれたバリケードがあり道が塞がれている。
「あれ、階段も防火扉で塞がれてるんだ。っていうか防火扉ってこんな風になってるんだ!」
普通の生徒は防火扉が閉まっているところ何て見たことが無いので、テンションが上がるのも分かる気がする。
気がするが思いっきり殴るな。
「う~ん、窓も開かないし、廊下も階段もダメってことは、あっちに行くしか無いのかな」
通り道は一か所だけ。
教室の中を通る方法だ。
ご丁寧に、後ろ側の扉の入り口が開いている。
「よし、戻ろう!」
ねむこは疲れていた。
こんな状態で、明らかに何かが起きますよ的な場所へ特攻する程、無謀では無かった。
「あ、そいえばスマホはどうなってるんだろう」
ダンジョンの中と外で連絡が取れるかどうかを確認するのも、最初にやるべきことだ。
「あれ、電源が切れてる」
使えないのかもしれない。
と思ったが、そんなことは無かった。
普通に電源がついたのだ。
「おお、バリンバリンじゃん!」
ネット回線の調子が良いという事である。
ねむこは試しににゃもちーにマグロスタンプを送ってみた。
すぐにお怒りのスタンプが帰って来た。
やったね。
「うし、それじゃあまた来るからね。あ~お腹空いた~。お風呂入りた~い!」
世界初のダンジョンアタックは、こうして敵と遭遇することすらなく、終了したのであった。
なお、ねむこから装備の重さで死にかけた話を聞いた自衛隊員達は、その可能性を考えられなかった自分達が全面的に悪いと判断し、青ざめながら全力で土下座したという。




