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3. にゃもちーパパは泣いて良い

短めですがご容赦を。

 バフン、とゴブリンの頭部に硬いものが勢い良くぶつけられた。


 ダメージこそ無いが気にはなるようで、ゴブリンはねむこへ手を伸ばすのを止めて後ろを振り返る。


 そこには通学鞄を構えたにゃもちーが立っていた。

 ねむこを助けるために、ゴブリンに接近して鞄で殴ったのだ。


「にゃもちー!」

「こ、ここ、こっちだ化け物!ってやっぱくるなああああああああ!」


 にゃもちーは鞄をその場に捨てて急いで距離を取る。


「やっぱり助けに来てくれたね。流石私の大・親・友!」

「べ、別にねむこのために来たんじゃないんだからね!」

「その台詞、使いどころおかしくない!?」


 ゴブリンは攻撃されたことが不愉快だったのか、ねむこから興味を失いにゃもちーに向かって歩き出す。


「い、いや、こないで!」

「口では嫌がってるのに、体は正直だね。ぐへへ」

「ねむこは黙ってて!」

「そしたら私のアイデンティーが無くなっちゃう!」

「そんな不味そうなお茶、捨ててしまえ!」


 ねむこのボケが、にゃもちーを恐怖から解き放った。

 狙い通りなのかは誰にも分からない。


「おっと、そろそろなんとかしないと。今度はにゃもちーが危ない!」


 ねむこは道路に落ちている鞄を拾ってゴブリンに駆け寄った。


 にゃもちーは動けるようになったが、恐怖でまだ体がまともに動かず、覚束ない足取りでフラフラと逃げる。唯一口だけはまともに動かせるようで、少し錯乱気味でゴブリンを罵倒している。


「来るなって言ってるでしょ!クサイ!キモチ!死ね!パパみたい!」


 にゃもちーパパは泣いて良い。


「(そういえば喧嘩してるって言ってたっけ)」


 ねむこは鞄を振りかぶると、ゴブリンに向かって投げつけた。


「……ヨシ!」


 指差し確認しているが、何も良くはない。

 今回もまた何にも触れずに落ちた鞄の事は無視して、ねむこもゴブリンに向かって叫んだ。


「私を無視するとか度胸あるね!」


 度胸があるのはねむこである。

 威勢の良い言葉に明確な敵意を感じたのか、ゴブリンは再びねむこの方を向いた。


「(これってもしかして!にゃもちー気付いて!)」


 何かに気付いたねむこはにゃもちーに向かってウィンクを連発した。

 アイコンタクトのつもりである。


「(うっさい!)」


 二人の間に共通のサインがあるというわけでは無かったが、にゃもちーはねむこの合図の意図を何故か正確に汲み取った。

 ……汲み取ったはずである。


 今度はにゃもちーが再びゴブリンに向かって叫んだ。


「だから臭いって言ってるでしょ!近寄らないで!」


 きっとゴブリンに言ってるのだろう。

 パパの加齢臭は許してあげて。本人も気にしてるんだよ。


 罵倒の言葉が効いたのか、ゴブリンは今度はにゃもちーの方を向く。


「へいへい、ゴブリンびびってるー!」


 再度ねむこが煽ると、ゴブリンはねむこの方を向く。


 ゴブリンが煽りや敵意に反応することが分かり、交互に煽ることでゴブリンをその場にくぎ付けにしようと考えたのだ。


「勝手に部屋に入って来ないで!」

「こんな小娘一人仕留められないんだぁ。ざぁこざぁこ」

「私が何しようと勝手でしょ!」

「ボクちゃんママが居ないと何にも出来ないんでちゅかー」

「パパのと一緒に洗濯しないで!」

「プークスクス、生きてて恥ずかしく無いの」


 どっちも何かがおかしいが、ゴブリンは言語を理解している訳では無いので、敵意があれば何でも良いのだろう。


 作戦が成功し、後はこのまま助けが来るのを待てば良いかとねむこは考えたが、そうはいかなかった。


「グルオオオオオオオオ!」


 おちょくられ続けたゴブリンが激昂したのだ。

 そりゃあ連続で煽られ続ければ誰だってそうなる。


 ゴブリンはねむこに向かって走り出した。

 にゃもちーは拒絶の意思が強かったのに比べ、ねむこは完全に煽っていたので、より敵意が強いと感じたのだろう。


「ヤバ」


 これまでのような獲物を追い詰めるような緩慢な動きではない。

 瞬く間にねむことゴブリンの距離はゼロになった。


 このままでは容赦なくねむこの体は引き裂かれてしまうだろう。

 ゴブリンの唐突の変化に死の恐怖を感じる暇もなく、ねむこの生涯は終えようとしていた。







「良く耐えたな」


 しかし伸ばされた手はねむこに届くことは無く、生涯を終えたのはゴブリンの方だった。


「……ふぇ?」


 突然のことに困惑するねむこ。

 その目に映ったものは、両断されて風に散るように消えゆくゴブリンと、テレビで見ない日は無いと思える迷彩服、そして泣きながらこちらに駆け寄って来るにゃもちーの姿だった。


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