19. 学校ダンジョン ボス戦 小学校低学年レベルのメンタル
「やべぇ、超やべぇっす」
それがねむこの第一印象だった。
いや、ねむこだけではない。
「これはやりすぎじゃないかしら」
にゃもちーも、自衛隊員達も、偉い人達も、世界中の人も、学校の友達も、皆がこれはおかしいだろとツッコミを入れた。
体育館に突入したねむこを待っていたのは学校ダンジョンの大ボス。
胴体は缶ペンケース。
車輪は消しゴム。
首は筆箱。
顔は分度器。
嘴は定規。
右手はコンパス。
左手はハサミ。
文房具で作った巨大ドラゴン戦車。
それがステージの上に鎮座していた。
小学生男子が超喜びそうなやつである。
「やっぱりねむこの精神レベルに合わせた敵なのかしら」
「おいこら、にゃもちーさん。一番気にしてることを言うんじゃないのよ」
「ごめんなさい、違ったわ。ねむこの精神レベルはもっと低いし」
「誰が小学校低学年レベルのメンタルだ!トゲクソ塗れにしてやんぞ」
「現実から目を逸らしてないで、目の前の敵に集中しなさい」
「ムッキー!後で隠し撮り写真を公開してやる」
「ねむこ!?」
不毛な言い争いをしている余裕などない。
文房具戦車との戦いはすでに始まっているのだから。
文房具戦車の定規の嘴が上下に開き、その中では六本のクレヨンがねむこに向けて照準を合わせていた。
「その距離からじゃあたらないよーだ」
ねむこの位置は体育館のど真ん中、まだステージとはだいぶ距離が離れている。
教室内という狭い場所で避け続けたことと比較すれば大分楽だ。
それがクレヨンだけならば。
「へ?」
無限に補充されて発射されるクレヨン弾を避けていると、文房具戦車の胴体の缶ペンケースが開き、大量の色鉛筆、鉛筆、シャープペンシルにボールペンが出現したのだ。
「マジ?」
そしてそれらがねむこに向けて一斉に攻撃をはじめた。
「ヒイイイイ!?」
クレヨンが飛び、シャープペンシルの芯が飛び、ボールペンがインクをまき散らし、色鉛筆が自然現象で攻撃し、鉛筆が雑魚敵を生成する。
これまでの雑魚敵のフルコースとも言うべき攻撃の嵐に、ねむこは防戦一方だった。
「これじゃあ近づけないぞーい!」
生み出された雑魚敵は近づいて来るから倒せるものの、遠距離攻撃組はステージの上から動かないので遠くて被弾しにくくても倒せない。
しかも鉛筆削り戦とは違い弾切れしても缶ペンケースから無限に出現するようで、攻撃が止む気配がない。
膠着状態。
ただしねむこの体力が切れたら終わりだ。
打開策を思いついたのは自衛隊員の一人だった。
その案をにゃもちーを経由してねむこに伝える。
「ねむこ、ほむらーんで当てるのよ」
「やってみるぅ」
敵の攻撃パターンは一見ランダムに見えるが、定期的に水色の色鉛筆が氷を飛ばしてくることに気が付いたのだ。
それが突破のカギかもしれない。
「きたきたきたーほむらーん!」
氷の攻撃だけが単独で襲って来たタイミングで、ねむこは避けずにトゲクソバットで打ち返した。
そしてその氷は文房具戦車に直撃し、よろめかせた。
「効いてるっぽい!」
攻略法さえ分かれば避けマスターになりつつあるねむこの敵ではない。
氷が飛んでくるタイミングに的確に打ち返す。
「ふぅ~!きんもち良い~!」
「ねむこ油断しないで!」
だがボスがこの程度で終わるわけが無い。
いつの間にかステージの一部に大きなスロープが出現していた。
「ゲッ、マジでーすかー」
文房具戦車が体育館の床に降り立った。
戦車の胴体の缶ペンケースの蓋は閉められ、新たな敵は出現していない。
その代わりに両手がグルグルと高速で回転し、ドリルのような形になった。
「ちょ、ちょい待ちっ!」
そして少し下がって助走をつけると、ドリルをねむこに向けたまま猛スピードで突っ込んで来た。
「ひええええええ!」
紙一重でなんとか躱すものの、戦車はすぐに反転して執拗にねむこを追いかける。
「来るな、来るな、来るなああああ!」
相手は巨体であるため、避けるには大きな動きが必要だ。
クレヨン爆弾のように体を逸らしてギリギリで避けるという得意方法は使えない。
しかもただの体当たりでは無くて両手のドリルですれ違いざまに攻撃を仕掛けてくる。
「ぬうぉおおおおう!」
トゲクソバットを盾代わりにして軽く吹き飛ばされながらも辛うじて耐えるが長くはもちそうにない。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
避けるのに必死になってねむこは攻略法を考える余裕が無い。
こういう時にこそにゃもちーが役立つのだ。
「ねむこ、相手の機動力を奪うのよ」
「機動……なに!?」
「車輪を狙うの!」
「無茶言うなって」
車輪は消しゴムで出来ているので脆いはず。
ただし雑魚敵として出現した消しゴムは攻撃してもすぐに元通りに戻ったので文房具戦車もそうなる可能性が高い。
しかし相手の動きを一時止められるだけでも大分楽になる筈だ。
そのためには猛スピードで襲い掛かる文房具戦車から車輪に攻撃できるギリギリの距離で避ける必要がある。
しかも凶悪なドリル攻撃を避けながら攻撃しなければならない。
ムリゲーである。
ダメージを喰らわない前提であれば、だ。
無傷で無く倒すのであれば、ある程度の痛みを覚悟するのであれば、ドリル攻撃を喰らいながら攻撃するのはアリだ。
むしろそれが正攻法の攻略法なのかもしれない。
装備を整えていれば、いくらなんでもボスの攻撃とは言え一撃死は無いだろうと信じて。
「やるしかにゃいのか……」
ねむこは下唇を噛んだ。
自分からダメージを負う覚悟をする時が来た。
ねむこが初めて辛そうな顔を世界中に披露する。
この時、ようやく世界中の人々は気付いたのだった。
楽しそうに振舞っていたねむこの本心を。
幼馴染達だけが気付いていた辛い気持ちを。




