11. 学校ダンジョン3F 中ボス戦 あれはヤバい!
教室に入ると、予想通りに前後の扉が閉まった。
教室内には相変わらず物がない。
「ねむこ気を付けて」
「うん」
今回ばかりはねむこもおふざけは無いようだ。
珍しく真剣な表情になっている。
これまでは教室の真ん中付近まで進むと敵が黒板の前あたりに出現した。
それはこの部屋でも同じだった。
「え?」
だがそこからが大きく違った。
敵が直接出現するのではなく、突然宙に黒い曲線が発生したのだ。
その曲線は上部から右、下、左、そして上へと戻り綺麗な円を描く。
それはスピードを上げながら何周も繰り返され、円は徐々に太く濃くなってゆく。
「……」
ねむこはトゲバットを持ち、何が起きても良いように備える。
未知の現象に、不安で胸が締め付けられる。
ここまでは戦いとも呼べないような温い戦闘もどきばかりだった。
命の危機など全く感じられず、ダンジョンを探索している楽しみなど無かった。
この時、ねむこはようやく自分が『冒険』をしていることを実感した。
同時に、この場にいるのが自分だけであることが寂しかった。
ピタリ、と円の描きが止まった。
「ねむこ!避けて!」
「へ!?う、うん!」
にゃもちーの声に反応して、ねむこは大きく横に飛んだ。
するとねむこが元居た場所に不可視の巨大な何かが通過して、教室の後ろの壁に激突して巨大な衝突音が響く。
それはまるで、透明な空気の壁を円形に切り抜き、強烈な力で吹き飛ばしたかのようだった。
「あっぶなぁ。にゃもちーナイスー」
「油断しないで!」
車がブレーキ無しで衝突したらあんな音がするのかも、とねむこは恐怖で体が震えたが、ゴブリンにも立ち向かった強メンタルの持ち主がこの程度でへたり込むことは無い。
「なるほど、そうきたか。刺さったら絶対やばばやだよね」
円を描き、刺さる可能性のあるもの。
そして分度器や定規のような文房具の一種。
「行くよ、コンパス!」
針と鉛筆で円を描くソレが、中ボスの相手だった。
「ぬわああああ!ちょっ待っママッマママって!」
コンパスは地面に針を向けたまま左右にクルクルと回転し、竜巻のような形になって突っ込んで来た。
「ほむらーん!」
と撃退したのだけれども、それで倒されることは無く再度ぶつかって来たのだ。
「ああっ、もうっ、しつこい!」
ねむこはトゲバットを横に構えて辛うじて体当たりを防いでいるが、リズムよく何度もぶつかって来るから反撃の機会が中々見つからない。
「いい加減に、死なさい!」
何度も何度も攻撃を受け止めてようやくリズムを掴み、タイミング良くトゲバットを振り抜いてコンパスを弾き返す。
それでもまたぶつかろうとするが、リズムを把握したねむこはその悉くを弾き返した。
何度目かの打ち返し後、コンパスは諦めたのか黒板の前まで戻った。
「その程度じゃあこのねむこ様は倒せないよ」
この女、自分の事をねむこと呼んでいるのである。
ねむりが本名だと忘れる時があるとかなんとか。
「むっ、新しい動き」
コンパスは鉛筆の部分だけが上に持ちあがり、空中に何かを描き出した。
黒い中くらいの大きさの丸が二つ。
どちらも真っ黒に塗りつぶされた。
そしてそれらの下部に接するように大きな〇が
「ねむこ止めて!あれはヤバい!」
「ハハッ!確かにヤバいね!」
敵もボケるのかよ、とトゲバットで絵にツッコミを入れたら消えてくれた。
本当に危なかった。
「いい加減にしてよね!私行ったこと無いんだから!」
違う、怒るところはそこじゃない。
ほら、せっかく敵に近づけたのにボケている間に距離を取られてしまったではないか。
「またやるの!?」
コンパスは再び空中に絵を描き始めた。
だが今回はネタでは無かった。
直線と半円。
シンプルにそれだけだった。
「ねむこ、本当にヤバいかも、もたもたしてる暇はないわよ」
「ハハッ、そうみたいだね」
「それはもういいから!」
コンパスが描いた物体が、実体化したのだ。
描くスピードがどんどん上がり、多くの分度器と定規が生まれてしまう。
「こんな雑魚、どれだけ出て来ても敵じゃないもん!」
ねむこはそれらを片っ端からトゲバットで粉砕する。
中ボスが生み出したからと言って、特に強い訳では無さそうだ。
体当たりされても大して痛くないから、多少の被弾は覚悟で数を減らすことに集中する。
「うりゃうりゃうりゃうりゃ~!」
コンパスが描くスピードよりも、ねむこが破壊するペースの方が早い。
このまま殲滅して本体を倒す。
いけるとねむこが確信したその時。
「ねむこ、避けてえええええええ!」
「!?」
いつの間にかコンパスは描くのを止め、針の先端をねむこに向けて照準を合わせていた。
先端恐怖症ならこれでジ・エンドである。
そして鉛筆の部分はこれまた円を描くようにぐるぐる回っている。
まるで加速するためのプロペラのように。
にゃもちーの叫びでねむこはコンパスの動きに気が付いた。
だがそれは、少し遅かった。
コンパスはねむこを串刺しにすべく、猛スピードで飛んできた。
「かはっ!」
「ねむこおおおおおおおお!」




