第97話 温かさ
「無礼者が……、地獄送りにしてしまうぞ──?」
彼女のその言葉にまとわりつく、とてつもない気迫。
更には先程放った拳も、いまだに離してくれない。
当時の私は本能的に恐怖を感じ、背筋を凍らされた。
「お主、名を名乗れ」
「……」
彼女に続けて話しかけられるが、私は顔を真っ青にして沈黙するだけ。
金縛りにあったかのように、私の体は硬直していた。
そんな私の様子を見計らって、彼女は軽い嘲笑をしながら言う。
「お主、まさかこの妾が怖いのか?」
「……」
相変わらずの沈黙。
「固まってしまっておるのか……。まったく、怖いもの知らずな奴じゃのう……」
呆れるようにそう言う。
それに対して勿論私は──
「……」
沈黙。
「………」
僕がうんともすんとも言わないがために、とうとう彼女も黙り込んでしまった。
『恐怖』
その頃の私の感情はその二文字だけ。
なのにも関わらず、私は不思議と彼女から目が離せずにいた。
よく見てみると、彼女の容姿は非常に整っており、怖ささえ無ければ必ず魅了されていただろう。
まさか……恋心か──?
そんな考えが脳裏をよぎるが、私の体は拒絶反応を起こし恐怖している。
『いやいやまさか』と脳内で否定する私。
当時の私さ彼女と二人、暗闇の中。
右腕を掴まれたまま、見つめ合っていた──
★★★
荒くなる息、心臓の鼓動。
青くなった私の顔に、そこから溢れ出す冷や汗──
しばらく彼女と見つめ合っていると、とうとう体が限界を迎えかけていることに気づく。
彼女は容姿はバツグンなのだが、なんというか……怖かった。
ただただ彼女が怖かった。
しかし、いくら怖くとも当時の私の瞳から涙は出てこない。
生きていた頃、拾い親二人から毎日のようにされた虐待──
それでとうに涙は使い果たし、枯れ果てていたからだ。
そんな様子の私を見て、彼女は何かを察する。
そして先程と顔を変え、私に優しく言った。
「──お主……、ここがどこかわかるか……?」
「……」
「……ここはボイド、死後の世界というやつじゃ……。お主は死んだのじゃ、それはわかっておるか……?」
「……」
彼女の声のトーンは一気に落ち着き、ゆっくりとした優しい口調になる。
当時の私からすればその時の彼女は、"年上の優しいお姉ちゃん"──そんな感じだった。
しかし、何故か彼女の気迫だけは残り続ける。
謎の威圧感に体が圧倒され、身動きひとつ取れない。
彼女は言った。
「やはり動けないのじゃな……。すまんな、妾がもっとうまく気迫を操れたらよかったのじゃが……」
「……」
私の体は人形のようにピクリとも動かない。
まるでそれは死体そっくり。
涙も当然出るはずなかった。
彼女は私に顔を近づけ、目を見て言った。
「……お主、子供だというのにまったく泣かんのじゃな……。生きていた頃、何があったんじゃ……?」
私を心配するような、優しい声。
それと共に、彼女の生暖かい吐息がかかる。
母親の温かさのようなものを感じ、思わず感極まりそうになってしまう。
しかし、それをぐっとこらえる。
続けて彼女は言った。
「そうか……。お主、地獄のような日々を……ひたすら耐えてきたのじゃな……」
「……っ」
目の奥がじわっと熱くなる。
「まだこんなにも幼いのに……、辛かったじゃろう……?」
優しく微笑みながら私に言った。
彼女の優しさを胸の奥に受け取った瞬間、ぱっと一気に硬直から解放される。
生前経験してきた色んな事柄が、走馬灯のように脳内に描写された。
土砂降りの雨の夜、路地裏で拾われた時のこと。
盗みを教えられ、初めて物をとってきた時のこと。
出来が悪いと叱られ、頬をぶたれた時のこと。
そしてもちろん、磔で殺された時のことも──
私の視界はとうとう涙で滲み始める。
そんな私に彼女は追い打ちをかけた。
「お主は地獄から解放されたのじゃ……。もう我慢することはない……」
「……っ」
「もう……、泣いても……いいのじゃよ……?」
そう言って彼女は私をその胸に収め、ぎゅっと抱きしめた。
暖かい彼女の体──
そこから今までに感じたことのなかった、"優しさ"というものをひしひしと受け取った。
「何もっ……! 何も知らないくせにっ……!」
「いいや……、お主の顔を見たらわかる……」
私の反抗の言葉をそう優しく否定する。
抱きしめられていたため分からなかったが、多分その時の彼女は──きっと微笑んでくれていたのだろう。
そして彼女は更に強く私のことを抱きしめ、言った。
「今まで耐えた分だけ、存分に泣けばよい……!」
「うっ……ううっ……!」
僕はしゃくり上げながら必死にこらえる。
しかし、もう我慢の限界──
彼女の背中の服をぎゅっと握った。
そして彼女の体に抱きつく。
一方彼女は、そんな私の頭を優しく撫でた。
私は彼女のお腹に力強く顔を押し付ける。
そして──
「わあぁぁぁぁ──!」
今まで経験してきた、途方もない痛み、苦しみ、悲しみ──
そのすべての我慢が爆発し、私は叫ぶように泣いた。
まだ自分にも……涙は残っていたんだ……。
まだ全然……枯れ果ててなどいなかった……。
こんな自分でもまだ、涙は出るんだ。
この世には……、更なる苦しみを味わう人が……居るのだろうか──
わんわん泣きわめきながら、そんなことを頭で考えていた。
顔を押し付けていた部分の彼女の服が、一瞬にして鼻水と涙でぐちゃぐちゃになる。
自身の服を汚されていることは彼女も分かっていただろう。
しかし、彼女は嫌がるどころか、ぎゅっと抱きしめ続けてくれていた。
私はしばらく……そのままだった──
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