第91話 隣の部屋
「……」
心に残るイザナミとジョーカーへの罪悪感。
しかし僕は、
まぁいい、気にしてもしょうがない──
と、その感情を吹き飛ばす。
僕は部屋の中央にある、パネル付きの長テーブルをポン、とタッチすると、椅子に腰掛けた。
テーブルの液晶画面は音ひとつたてずに光りだし、起動する。
画面上の欄に、自身のユーザーIDとパスワードを入力した後、僕は報告書の執筆を始めた──
★★★
一方その頃、隣の部屋では──
「おいイザナミ! お前のせいで追い払われたじゃねえかよ!」
「違うでしょ、ジョーカーが子どもみたいにギャーギャー騒ぐからでしょ」
「お前から煽ってきたんだろうがっ!」
「まぁまぁ二人とも、いったん落ち着きましょうよ……」
「──七海心音、あんたは黙ってて」
「……」
「いやイザナミ、こっちの部屋に勝手に入ってきといてそれはないでしょ!」
「うるさい、七海雫も黙って──」
「──え!? お前まさかこの前、テレビ局の下で泣いてた奴か!?」
喧嘩やら驚きの再会やらが、同時進行で行われている。
そんなこの状況を一言で表すことができる。
それは──カオスだ。
隣の部屋もメシアが居る部屋も、つくりは同じ。
パネル付きの長テーブルと沢山の椅子。
爽真と七海の父親は、ため息を吐きながら目に手を当て、向かい合わせに座っていた。
「ジョーカーって、あの時の?」
「そうだよ! 俺だよ俺! 覚えてたのか!?」
「わ、私もジョーカーさんのこと……覚えてますっ……!」
七海心音は勇気を振り絞ってジョーカーにそう言う。
人見知りの彼女からの言葉を受け取ったジョーカーだったが──
「……、お前誰!?」
「えっ……?」
「だから、お前誰だよ!?」
「あぁ、いやいやっ……! な、なんでもないですっ……!」
「なんでもないことないだろっ! 誰だって──!」
「──この子は私の妹だよ、ジョーカー」
七海心音とは真逆の性格であるジョーカーが、彼女を追い詰める。
そんな中、とっさに七海雫が会話に割り込んだ。
「ってことはお前、あん時メシアと一緒に居たってことだよな!?」
七海心音は口を閉じ、うんうんと首を縦に振る。
続けて七海雫はジョーカーに言った。
「そう、それでこの子人見知りだから、そんなに追い詰めるようなことしないであげて?」
「うーん……まぁわかったぜ! で、お前らの名前は!?」
「私の名前は──」
「──てか、この部屋にいる奴らの名前、俺ほとんど知らねぇんだけど!」
彼の頭の中の辞書には、失礼という単語は存在しない。
ジョーカーは自分のした質問の答えを、やすやすと自分で遮った。
しかし、そんな彼に対して七海雫は優しく教える。
「私は七海雫、それで私の妹のこの子は七海心音。それで、あそこに座ってる二人は、私のお父さんの七海蒼人と……」
「それとなんだ?」
「私のお父さんと……、皇……爽真……くん……!」
好きな人の名前を言うだけでもおどおどしてしまう七海雫。
はたから見ればバレバレだと言うのに、お互いに恋愛に関しては鈍感な為、なかなか進展はない。
普通こういうことに関しては少し気を使うものなのだが──
「雫、お前なんでそんな言いにくそうにしてんだよ! まさか爽真のこと好きなのか!?」
──ジョーカーはその"普通"に入らない。
「えぇっ!? そ、そんなわけないでしょ──!?」
「うーん……そうか、わかった!」
七海雫に自身の考えを否定されるが、なんの疑いも持たずに信じるジョーカー。
一方で七海雫は──
あぁどうしよう……。皇くんの前で『そんなわけないでしょ──!?』とか言っちゃったよぉ……。
心の中でひたすらに後悔の言葉を叫んでいた。
しかし、ジョーカーはそんなことなど知らない。
「蒼人って雫と心音の父親だろ? じゃあなんで母親いねぇんだよ!」
彼の頭の中の辞書には、デリカシーという言葉も存在しないようだ。
ジョーカーの失礼な問いに、もちろんのこと七海雫は戸惑う。
「えっと……それは……」
口ごもる七海雫の姿を、ジョーカーは目をぱちくりさせながら、不思議そうに見つめる。
失礼な質問であるという自覚が無いのは恐ろしい。
「おい、どうしたんだよ雫! お前の母親どこ居んだって!」
重ねて質問をするジョーカー。
A0-2が自身の母親であるなど、口が裂けても言ってはならない。
そのことをわかっているため、七海雫は黙り込む。
そんな中、父親である七海蒼人が口を開いた──
「僕の妻は、四年前に死んだ」
「え! まじかよ! そいつ生きてた頃は何してたんだ!?」
「……恐らく究極生命体の研究者だった。……詳しくは知らない」
「研究者かぁ──あのクソ女のA0-2みてぇだな! 蒼人の奥さん!」
「──ッ!」
七海蒼人は図星をつかれ、少しばかりの反応を見せてしまう。
幸いジョーカーには気づかれなかったようだったが、『今後は気をつけよう』と心に思った。
「よし、お前らのことはよぉくわかった! お前らとりあえずよろしくな!」
ジョーカーは、イザナミに背中を向けながらそう言う。
部屋に居る全員が、二人は犬猿の仲であることを察するのであった。
★★★
この独特な雰囲気の中、何を話そうか──
ほとんどの人間がそう感じる中、時は流れていく。
誰も話題を出さない、誰も口を開かない。
それどころか、そもそも音ひとつならない。
そんな静かな状態で数分が経過する。
ある時一人が声をあげた──
「なぁジョーカー」
「おぉ! どうした蒼人!」
口を開いたのは七海家の父親の、七海蒼人である。
彼はジョーカーに問いかけた。
「ジョーカー、君は究極生命体だろ?」
「そうだぜ! それがどうしたんだ?」
「──君のことについて、詳しく教えてくれないか?」
「おう! 全然いいぜっ! でもいきなりなんでだ?」
「僕の妻が研究していた、究極生命体に関して、少し知ってみたかったんだ──」
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