第89話 整理
「──あのーすいません、まだですか?」
僕の喉でその言葉が出かかっていた時、ドアの方から声がした。
驚いてそちらを見ると、彼はジョーカーの手によって消された、ドアの枠組み。
そこから申し訳無さそうに顔を覗かせている──
「──爽真」
「輝星……」
爽真と目が合うが、彼は気まずそうに目をそらす。
僕達はお互いに名前を呼びあった後、黙り込んでしまった。
その時の彼は言葉のまま、まるで人が変わったかのようであった。
急な爽真の登場に、A0-2は声のトーンを少し落としながら注意する。
「皇爽真、隣の部屋で待っていろと言ったはずだが?」
「……」
黙り込む爽真。
いつもの元気はどこにいったのだろうか──
しかし、彼の様子などA0-2は気にせずに続けた。
「時間をかけてしまっているのは申し訳ないが、これも不可抗力だ。皇爽真、こちらの部屋に軽々と入ってきてもらっては困る。いいか?」
「……わかりました」
不服とも言えないような、言葉にしずらい表情をしている彼。
そんな彼は黙って隣の部屋へと戻っていく。
ぽつぽつとした、悲しい足音が響いた──
★★★
「A0-2、今の、大丈夫なんですか?」
「記憶処理のことか? ふっ、皇爽真に記憶処理を施すと言ったところで、メシアが許すはずないだろ?」
イザナミとA0-2は二人して僕のことを見つめる。
「──だろ? メシア」
続けてA0-2から声をかけられた。
しかし、僕は一言も彼女に返さずに黙った。
「…………」
「……メシア?」
イザナミに声をかけられるがそれも無視。
「…………」
「──メシア?」
二回目の呼び掛けで僕の思考がぷつんと切れる。
戸惑いの声を僕は上げた。
「……え?」
「え? じゃないよ、急に黙り込んで」
「ごめん、考えごとしてた──」
──先程の爽真の様子に、少し思うところがあったのだ。
元気が無いのも、僕に対して気まずそうにするのも、すべて僕のせい。
自身がメシアであることを黙り、僕が爽真を騙していたからではないか、と──
そんなことを考えていた。
僕のそんな様子をA0-2はじっと見つめる。
イザナミとは違い、僕の心情を察しているようであった。
それでも、何も言葉はかけてこない。
A0-2-としばらく目があった後、彼女は──
「まぁいい」
と一言だけ言うと、ふいっと目をそらし、話を元に戻した。
「まず今起こったことを整理しよう。ジョーカー、君は自身の力でメシアの能力を消した。そしてその後、大量の打撃をメシアに撃ち込んだ」
「──大量の打撃じゃねぇ! "ロッツ・オブ・パンチング"だ!」
「そのまんまじゃん、ダサすぎでしょ」
「なんだとイザナミ! かっこいいだろ!」
イザナミの言葉にジョーカーはすぐさま反応する。
なぜ二人はこうもギクシャクしてしまうのだろうか──
「ジョーカー、イザナミ、生産性のない無意味な言い争いはやめろ。君たちは子どもか?」
「ちげえよ! 俺を子ども扱いすんな!」
「じゃあ黙っていろ」
「……」
素直にA0-2に従うジョーカー。
イザナミも、不服そうな顔を見せつつも黙って話を聞き始めた。
「そのジョーカーのロッツ・オブ・パンチングとやらを、能力を消されているメシアが避けれるはずがない。しかし、事実としてメシアはすべての攻撃を完璧に回避してみせた……」
「さらにA0-2、先程のあいつの攻撃、音速はゆうに超えてましたよ」
「……そうか」
イザナミの横からの補足の言葉に、考えるA0-2。
彼女はポケットからメモ帳のようなものを取り出すと、そこに何か書き込む。
そして視線を上げ、この部屋の全員に対して言った。
「今ここで起こった出来事は、究極生命体の研究の大きな飛躍に繋がるだろう。そして、ここで結論を出すのは危険かつ早すぎる」
A0-2は僕の方に足を進め、僕の肩に手をぽん、と置く。
そして真剣な表情で彼女は僕に言った。
「メシア、先程私は、『我々はジョーカーの力を見誤っていたのかもしれない』と君に言った。だが訂正しよう。我々が本当に見誤っていたのは──君のほうだ」
「……」
「先程君が体験したこと、後で報告書にまとめておいてくれ。私はゼロが君に話した、この世の真理とやらをAPEX社に提出する──」
そう言うと、A0-2はコツコツと足音を立ててドアの方に向かう。
するとイザナミは、そんな彼女の背後に声をかけた。
「A0-2、話はこれで終わりですか──?」
A0-2はそれを聞いて足を止めた。
そしてこちらに背を向けたまま──
「いや、まだだ。しかし、つづきは明日にしよう」
「明日?」
「ああ、今日は予想だにしないことがありすぎた。今夜のうちに整理する──」
そう言って彼女はその場から立ち去った。
A0-2の足音がAPEX社日本支部のエントランスに響いた──
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