第65話 ハックディメンション
少し間を置いてゼロは口を開いた。
「先程は現実の構造について話しました。次は"ハックディメンション"について話しましょう」
「ハックディメンション……?」
聞いたことのない単語を、僕は馬鹿みたいに繰り返す。
それに対し、彼はこくりと僕の問いにうなづいてみせる。
そして再び話し始めた。
「メシア、あなたが普段住んでいる世界。そして、今私たちがいるこのアカシックレコード。この二つはどちらも現実です。夢などという脆弱なものではなく、実際に存在しているものです」
僕は彼の言葉に、手を握ったり開いたりして感触を確かめる。
目に映る風景は夢だといわれても、まったくおかしくないほど幻想的なもの。
しかし、やはりこれらは現実らしい──
「現実という点では同じなのですが、前者と後者では少し種類が違うのです。先程説明した現実、つまりあなた達が普段いるような現実は……ミラージュディメンション」
「ミラージュ……? 幻想……?」
「いえ、今は名前の意味は気にしなくても大丈夫です」
ミラージュディメンションという単語に違和感を感じる僕。
しかし、ゼロは何かを隠すようにしてそう言うと、話を続けた。
「──それに対して、私たちの今いるアカシックレコードのような、少し特殊な現実。それをハックディメンションと呼びます。このように、現実には二つの種類があるという訳です」
ゼロの説明に一区切りがついたようなので、僕は頭の中で一旦情報を整理する。
僕は半年前にA0-2から神の話を、11日前にはA0-1からムーティアライトの話を。
立て続けにありえないような話を聞かされた。
その時のインパクトが強すぎて、金輪際驚くことはないだろうと思っていたが──
──今度はゼロという創造主からの話。
どんどんとステップアップしていく話の内容に、僕の脳は追いつくので精一杯だった。
信じる信じないなど言っている場合ではない。
とにかく僕はここで聞いた内容を、帰ってからAPEX社に報告する。
話の吟味はそれからだ──
そうやって僕は自分の役目を心の中で確認する。
そして自分が理解しているかどうかを確かめるために、順を追ってゼロに聞き始めた。
「──現実というのは僕たちの普段いる宇宙、そしてその他にも存在する様々な宇宙をまとめたもの」
「ええ、そうです」
「そして、更にはその現実も無数に存在していて、それらをまとめたのが──」
『ミラージュディメンション』
よしよしと自分が話を理解出来ていることを確かめ、うなづく。
内心僕は、ミラージュディメンションという単語の意味を不思議に思っていた。
しかし、ゼロに言われた通り一旦放っておくことに。
「で、そのミラージュディメンションの構造はさっきゼロが話した通りのもの」
「はい、そうです。良ければもう一度話しましょうか?」
「いや、もういいよ。それで、次はハックディメンション……の話……?」
「はい、ハックディメンションというのは──」
僕の話の流れの確認が終わった。
ゼロは腰の後ろで腕を組み、話し始める。
「ハックディメンションというのは、ミラージュディメンションの外側に位置する現実のことです。そこにいる者は、外側からミラージュディメンションに干渉することができます」
「干渉……? ハックディメンションは上にあるわけじゃなくて、あくまで外側にある現実。だから、操作まではできないってこと……?」
「簡単に言えばそういうことです。干渉程度なら神でもできますが、操作するとなると、やはりそれなりの力が必要です」
相槌をうちながら話を聞く僕。
「それなりの……力……」
先程のゼロの話から聞こえたその単語を、僕はもう一度繰り返す。
そしてそれと同時に、ある事を再び思い出したのだ──
『ライトニングゥッッ───!! スマァァァァシュゥゥゥゥッッ─────!!!』
アカシックレコードに転送された時、僕はそう叫びながら懇親の一撃を撃ち込んだ。
ムーティアライトを破壊するつもりで放ったその技だったが、実際に直撃したのはゼロであった。
しかし、それは問題ではない。
肝心なのは、彼が軽々と片手でそれを受け止めたということだ。
全身全霊で出したステップIV。
それは今僕が出せる全力を意味する。
必死こいて出したその力を、ゼロは軽くあしらうとは──
その時の情景が頭に浮かび、僕は彼との圧倒的な力の差を改めて感じたのであった。
「どうしたのですか、メシア。『それなりの力』とだけ呟いて黙り込むとは」
「いや……なんでもない……」
「なるほど──」
ゼロは小さくぼそっとそう呟くと、僕のことをじっと見つめる。
彼には目、鼻、口、耳といった、頭部の重要な部分が存在せず、ほぼマネキンといった様子。
しかしそれなのにも関わらず、不思議と"見つめられている"という感覚は確かに感じた。
「メシア、あなたは私の力に怯えているんですね。わかりました」
「……え?」
僕の心臓がビクッと動く。
なんの迷いもなく、彼がそう言ったことに僕は衝撃を覚えた。
確かに僕はゼロの力に圧倒され、恐怖を覚えていた。
しかし、そんなに僕の挙動はおかしかっただろうか。
いや、考えていることがわかるほど不自然な動きをしたつもりはない。
何故だ、何故それがわかった──
「あぁいや、あなたの行動から読み取ったわけではありません。読心術というやつですよ」
──え……?
心を読まれていたことに僕の脳裏に電撃が走る。
僕は今までに何かゼロに対して変な考えを抱いていなかっただろうか──
過去の自分の心情を咄嗟に振り返ってみた。
しかし──
「心配しないでください。ずっとあなたの心を読んでいるわけではありませんので」
僕の心の安堵。
「まぁとにかく、一度私の力をメシアにお見せしましょう。そうですね……例えば、ほら──」
禍々しい紅の淀んだオーラをまとった僕の宇宙。
アカシックレコードの空にそれが映し出されている。
ゼロはその宇宙の少し後ろの方に存在する、とある黒い粒をそう言って指さした。
彼は力を入れる素振りも見せず、何をしているのだろうと考えたその途端──
「ゼロ──」
ゼロは突如そう言い放った。
僕が彼の放ったその単語を認識した頃には、指さしていた粒はパチンとシャボン玉のように弾け、跡形もなく消え去っていた。
今ゼロが消した黒い粒、それはこの世に存在する一つの宇宙を意味する。
そう、つまり彼は今、宇宙を一つ消したのだ。
ゼロは僕の方を振り向いてこう言う。
「このように、"力があれば"ハックディメンションからミラージュディメンションに存在する宇宙を消すことなど、容易いことなんですよ」
想像出来ないほど、とてつもなく広大な宇宙。
それを簡単に消すことができる人物が、僕の目の前に存在する。
そう思うと、ゼロの力に僕の理解が追いつかず、鳥肌と戦慄が同時に走った──
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