第40話 暗転(残り8日)
「ううっ……!」
背中を必死に掴んでいた心音は泣きながら僕の前に回り込み、今度は胸に抱きついてきた。
涙を流す心音の金色のきれいな髪と、アイドルらしさを帯びた可愛らしいカチューシャが僕の体に触れる。
僕は心音の頭に手をおきながら周りを警戒するが、やはり人影の姿は見当たらない。
しかし、足音は変わらずどんどんと大きくなってゆく。
音の大きさははっきりしているのに、何故か距離感が掴めず、どこか奇妙だった。
ただ、その足音の正体が少しずつこちらへ近づいてきているのはなんとなくわかった。
僕は右手に持っていたサイバネティクスをさらに強く握りしめて考えを巡らせる。
ここからどうするメシア。
非常階段までの道のりは壁の地図でわかったが、下手に動けば何者かに気づかれる……。
でも、真っ直ぐ行った突き当たりを左に曲がればすぐそこには非常階段……全力で走れば間に合う距離だ──
そんな時、胸元の心音が勢いよく上を向き、僕に目線を合わせた。
そして涙を流しながらこう言う。
「助けて…………! メシア……!」
心音のその声は、電車ジャックでの七海の声とまったく同じだった。
そして、必死に助けを求め、恐怖に押しつぶされそうなその心音の顔も、あの時の七海の顔と重なって見える……。
僕の目に映ったその情景は、電車ジャックでの無念な心情を再び思い出させた。
もう二度と、目の前の困っている人を見過ごすなんてことはしてはいけない……!
今度こそ確実に救うんだ──
僕の心に再び光が灯された。
「大丈夫だよ心音。僕がついてるから」
僕は心音に優しく言葉をかける。
僕の声が廊下全体に響き渡った。
その声を聞いた心音は我に返ったかのように、はっと表情を変え、少し退いてこう言う。
「す、すみませんメシアさん……! 抱きついたりなんかして……」
目をこすり、ぺちんと両手で自分の頬を叩く心音。
どうやら泣き止んで冷静になったようだ。
心音の目からもう涙が流れてこなくなったことを確認した僕は、作戦を伝えた。
「ここからまっすぐ行って、突き当たりを左に曲がればそこに非常階段がある。今から全力で走ってその非常階段の方に向かう」
「メシアさんはどうするんですか……?」
「僕も途中までついていくよ」
「途中まで……?」
僕の言葉に不自然そうに首を傾げる心音。
「そう、途中まで。僕はあの突き当りのところで心音が非常階段を降りるのを見届ける。その後は犯人が非常階段に入ってこないように食い止める」
「そ、そんなのダメです……! もしその犯人が武器なんか持ってたら……!」
「心配なんてしなくて大丈夫、絶対に負けないから」
「でも……さっき宇喜多さんの楽屋で『今能力は使えない』って言ってたじゃないですか……!」
「……心音、ヒーローは力ありきのものじゃないんだ。例え力がなくても救い出す、それが本当のヒーローさ。だから僕のことは心配しなくていい、心音はひたすら自分を守るんだ。いい?」
「……わかりました」
心音の納得していないその返事に、僕は彼女の目を見てうなづいた。
心音と話している間も、どんどん足音は近づいてきている。
それに加えて先ほどと比べ、どこか早くなっているような気もする。
僕は右手にあるサイバネティクスをお守りのようにして握っていた。
イザナミが近くで守ってくれている、そんな気がしたからだ。
僕は心音の横に立ち、彼女の背中に手を当て
「──走れ」
そう言って彼女の背中を押した。
彼女は押された反動で勢いをつけ、走り出す。
僕は軽く辺りを見回した後、心音を追いかけるように続けて走り出した。
心音の必死に走る後ろ姿が目に映る。
可愛らしいアイドルの服装がふわふわと左右に揺れ、心音がどこか恐怖を感じているのがわかった。
たびたび後ろを振り返って僕の様子を見る心音。
僕はそんな彼女に
「振り返るな! 前だけ見てろ!」
叱るようにそう言った。
七海は走りながら首を縦に振り、先程よりもスピードを上げて廊下を駆け抜けた。
前方に壁と、右左の分かれ道が見える。
「左だ!」
前を走る心音にそう呼びかけ、僕は分かれ道のちょうど中央で急ブレーキをかける。
僕も緊張で冷や汗が出て、手が湿る。
呼吸が乱れるのを感じながら、僕はサイバネティクスを握りしめていた。
今いる階は23階、階段を全速力で駆け下りても最低でも二分はかかるだろう。
二分……たった二分だ、その時間だけ耐えればいいんだ。
その間絶対に犯人をここから先に入れるな──
僕は自分にそう言い聞かせる。
警戒をさらに強め、どこまでも続くような広く長く、不気味な廊下を注視していた。
もう非常階段を降り始めた頃だろうか──
そう思っていた時、後ろの方から声がかかった。
「メシアさん……! 非常階段が……ありませんっ……!」
「は?」
思わず心の声がそのまま口に出る。
訳が分からない。
あんな単純な道を間違えるわけもない。
地図がおかしかったのか?
いや、そんな間違ったものを張るわけが無い。
やはりこのテレビ局は何かがおかしい──
僕が後ろを振り向き、心音に駆け寄るその瞬間だった。
先程までついていた照明が前触れもなく突然消え、あたりは暗くなった。
サイバネティクスを持っている僕の右手だけが淡い光を発していた──
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