第35話 宇喜多一(残り8日)
二人が冷や汗をかきながら見つめる中、僕はドアノブを捻りゆっくりとドアを開く。
ドアの先には宇喜多一がどっしりと構え、別格の雰囲気を醸し出しながらあぐらをかいて座っていた。
彼の姿を目に映して二人は怯えたような様子を見せるが、それに対して僕はすんなりと彼に一礼し「おはようございます」と一言。
心音もそれにつられ「……こんにちは」と挨拶をする。
続けて僕が軽い自己紹介をしようと口を開くが、宇喜多一は心音の発言を見逃さなかった。
僕の言葉を遮って彼は言う。
「君、楽屋での挨拶というのはね時間帯に関係なく『おはようございます』なんだよ。君何年目か知らないけど、そこら辺気をつけてね」
「は、はいっ! す、すみません……!」
「すみませんじゃなくて分かりましたでいい。別に怒ってるわけじゃないんだから」
「わ、わかりましたっ!」
初手から心音が注意を受けて場の空気の緊張感がさらに高まった。
心音の様子を心配しつつも、気を取り直して僕が自己紹介をしようとする。
しかし、彼はまたもやそれを遮って──
「あぁ自己紹介なんて大丈夫だよメシア君。僕は君のことをじゅうぶんに知っているし、僕自身、君にペコペコされるほど立派な人間じゃあないよ」
「え……? あ、こちらこそあなたにそんなふうに言っていただき嬉しいです。今日はよろしくお願いします」
半ば二人を強引につれてきたのにも関わらず、緊張している七海たちをおいて僕だけ彼に認められる……僕はそんな状況にどこか申し訳無さを感じた。
「それで? そこの二人は?」
「は、はい! 私は七海雫といいます! 読者モデルと女優をやらせていただいています! 今日はよろしくお願いします!」
「よろしくね」
彼は七海の必死の挨拶をその一言だけでかるくあしらい、次は心音の方に顔を向けた。
しかし、緊張のあまり頭が真っ白になっているのか、心音はなかなか喋りださない。
宇喜多一という大御所の貴重な時間を使わせていることに慌てふためく七海は、心音の背中を押さえながら代わりに紹介を始める。
「えっと、この子は七海心音って言って──」
「本人に自己紹介させなさい」
しかし、それも止められてしまう。
「わかりました……ほら心音、挨拶しないと」
「う、うん……」
肩を丸めながらも心音は一歩を踏み出した。
そして彼女は宇喜多一の目を見ながら、大きく息を吸い込み──
「わ、私は七海心音って言いますっ! 七海雫の妹で、アイドルを目指してます! 今日はよろしくお願いしますっ!!」
さきほどの様子とはうってかわって、はっきりとした大きな声で彼女は言った。
宇喜多さんも僕も七海も、心音の急な変わりように圧倒される。
「今日はよろしくね」
「はいっ!」
心音ははぁはぁと荒い呼吸になりながらこちらを向いた。
「私できたよ!」とでも言いたそうな、その爽やかな笑顔は僕と七海も笑顔にさせた。
これ以上彼の時間をとらないためにも、ここは早く切り上げようと考える僕たち三人。
一礼をしてドアのほうに退く僕だったが、彼はそんな僕に声をかける。
ペコペコと頭を下げながら退いていく七海と心音は、その展開に驚いたような表情をしてみせた。
「ところでメシア君、その右手に持っているものはなんだね」
「あ、これですか? えっと……これはサイバネティクスっていうものです」
「サイバネ……ティクス……? なんだねそれは」
「はい……実はこれ──」
□□□
サイバネティクス──イザナミが暇つぶしで作った機械No.371の小型機械。
大きさはSDカードほどしかないが、その小ささからは想像できないほど強力なアイテムだ。
この機械を使用すると使用者のサイズに合った特殊なアーマーが構築され、強制的に装着させられる。
その状態でメシアの技の名前を叫ぶと、メシアがその技を撃つ時と同じようにアーマーが動き出し、技が発動するというものだ。
しかし、一度使うとサイバネティクスは跡形もなく消滅し、再び使うことはできない、使い捨てタイプである。
ちなみに、力の強さも本物とほとんど差はなく、うっかり使ってしまえば大惨事を招くかもしれないという、少々危険な代物である。
しかし、サイバネティクスの使用者にとっても危ないのは同じで、アーマーの動きどおり無理やり体が動くことになるため、例えば足を可動域限界まで上げて一気に振り落とす技、ライトニングドロップなんて使ったときには関節に激痛が走るだろう。
そんないろいろと危険満載の機械が、このサイバネティクスだ。
□□□
「──というものなんですよ」
「なるほどねぇ……。イザナミもよくそんなものを暇つぶしで作っちゃうねぇ」
はじめは僕の話を『早くしてよ……!』とでも言いたげな目線でこちらを見ていた七海だったが、話が進むに連れてうんうんとうなづき、しっかりと理解しながら話を聞くようになった。
宇喜多さんの反応にも七海はうなづき、共感の意を示す。
「でもなんでそのサイバネティクスをメシア君が持ってるんだ? その機械を使わずに自分の能力で倒せばいいじゃないか」
「おっしゃる通り、そうしたいところなんですけど……あいにく今はAPEX社の実験期間中でして、能力を使うなって言われてるんですよ」
ムーティアライト破壊のために力を温存しているなんて言えるはずがないため、僕は適当な理由をつけて平然と嘘をつく。
「うーん……やっぱ大変なんだなぁー。まぁとにかく、これからも色々と頑張ってくれ。応援しているよ」
彼との会話を終え、ようやく僕たち三人は楽屋をあとにした。
★★★
次の人の楽屋に向かっている最中、隣で歩いていた七海が背伸びをしながら耳打ちしてくる。
「ねぇねぇ天沢くん、水曜日に駅で美香の蹴り避けなかったのって能力使ったらダメだったから?」
「まぁそうだけど……」
「ふーん。能力使わなかったらメシアも普通の人と変わらないくらいなんだね」
「……」
七海にそう言われ、メシアという存在が軽く見られているようだった。
まぁ実際のところ、七海の言う通り能力を使わなければ一般人と大して変わらないのだが……。
そんな感じで自分に少しだけ無力さを感じつつも、僕たちは楽屋を巡った。
そして、僕たちはようやくテレビスタジオに足を踏み出すこととなるのだった──
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