第34話 楽屋(残り8日)
4月22日──ムーティアライト衝突まで残り8日。
その日の夜、僕は日本のとあるテレビ局の楽屋にいた。
今日はどうやら七海の妹のテレビ初出演らしく、夢を叶える第一歩とのこと。
テレビ慣れしている七海も一緒に出演するのだが、妹の初めてということもあって少し心配らしい。
そこで僕を呼んだというわけだ。
そのことを伝えられた時は断ろうと思っていたが、七海が二日前に頼みを聞いてくれた恩返しということもあって、結局出ることに。
ムーティアライト衝突まで残り8日だというのに何を呑気なことやっているのだろうか─
心の中でそう思いながら、僕は時間が来るのをひたすら待っていた。
★★★
コンコン──
床に寝そべっていた僕の耳に、突然ノックの音が聞こえた。
そして続けざまに
「違うよ心音、ノックは二回じゃなくて三回。もう一回やってみて」
コンコンコン──
七海の優しい声とノック音が再びした。
僕はドアの向こう側にいるのが七海とその妹、七海心音であることを悟り、言葉を返す。
「はい」
「ほら、返事返って来たでしょ? 返事が返ってきたらドアを開けるの」
七海のその声とともにドアノブが傾き、とてつもなくゆっくりとドアが開いた。
七海の妹、七海心音が顔をひょこっと覗かせる。
「こ、こんにちは……メシアさん……」
「……誰ですか」
誰なのかは分かっていた。
でも僕のからかいたい精神が走り、一方彼女は慌てふためく。
彼女は困ったようにキョロキョロと辺りを見回し、七海と同じ金色の髪が揺れた。
姉の大人びたような見た目とは違い、妹の方はセミロングにカチューシャというまさにアイドルの見た目であり、彼女の持つ青い目が僕のことを不安そうに見つめる。
七海心音の一歩後ろに立っていた七海も僕のことを「妹を困らせるな」とでも言いたそうな熱い目線を送ってくる。
「わ、私は七海心音です……! アイドル目指してます……よろしくお願いします……!」
初めてで緊張しているのか小さな声で挨拶をする妹。
七海はそんな妹に声をかける。
「そうそう。もしテレビに出るってなった時は、私がいなくてもこんな感じで楽屋に挨拶に行くんだよ?」
「わかった」
妹の返事に七海は笑顔でうんとうなづき、僕のほうに体を向けた。
そしてこう言う。
「ごめんねメシア、妹の練習に使わせてもらっちゃって」
「いやいや、全然大丈夫だよ」
「この子初めてで緊張してるから、本番中に何か困ったことがあったら助けてあげて」
「わかったよ」
僕と七海がやり取りをしている間も、妹はじっと僕のことを見つめ続ける。
たまに僕と目があうと視線をそらし、またこちらを見る……その繰り返し。
小動物のようなその七海の妹を、そんな風にして少しからかいながら僕は七海に話しかけた。
「てか七海、他の人のところには挨拶行ってきたの?」
「いや、行ってきてない。メシアのところが最初だよ」
「なら三人で回らない? ちょうど僕も行ってないしさ」
「わかった!」
七海は元気にそう返事をすると、楽屋の扉を開ける。
そして僕と妹のことを手招きし、僕を真ん中にして三人で歩き始めた。
複数人で楽屋挨拶──如何なものなのか僕には分からない。
でも若いという理由で押し切れる気もする。
★★★
僕が間にいるせいで姉から引き剥がされ、もじもじしている妹。
そんな妹に僕は話しかける。
「──あのさ」
「は、はいっ!」
「君のことなんて呼べばいい?」
「え、えーっと……心音って呼んでください……」
僕とまったく目を合わせようとせずに、うつむきながらそう言う心音。
初めてで緊張しているんだろうが、本当に大丈夫だろうか……。
心音のことを心配している僕とは逆に、七海は僕たちの会話をにこやかに見ていた。
それから何度か心音と会話を交わして歩いているうちに、ある人の楽屋の前に着く。
壁には『宇喜多一』という名前がデカデカと貼られており、他とは違った異様な雰囲気を発していた。
□□□
宇喜多一、彼は今の芸能界を築いた人間と言われるほどの大御所である。
収録中はフレンドリーで優しそうな感じや面白さを見せ、それが世間の彼に対するイメージになっているが、実は違う。
実は彼はとても礼儀を重んじており、上下関係をとても気にする人間だ。
□□□
そんな大御所の楽屋の前に、今日がテレビ初の新人、心音を連れて僕たちは立っているのだ。
僕がそんな人物の楽屋のドアをノックしようと、足を進めたその瞬間七海から声がかかった。
「ちょっと待って、いきなり宇喜多さんのところに行くの?」
「だって一番近いじゃん」
「そういうことじゃなくて、心音は初めてなんだよ? 楽屋挨拶で叱られでもしたらさらに緊張しちゃうかもだし──」
コンコンコン──
僕は七海の話を完全に無視してノックする。
「──ってメシア!? 話聞いてた?」
「もうやっちゃったし……まぁ大丈夫だって」
そう言って心配そうに僕の方を見つめる七海と心音。
僕は二人にグッドサインを突きつけ、笑ってみせた。
「はい」
彼の渋い声が部屋の中から返ってきた──
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