第32話 頼み事(残り10日)
「ねぇ天沢くん」
スタスタと早歩きする僕になんとか歩幅を合わせながら、七海が話しかけてきた。
「何?」
「何? じゃないよ。さっきのこと、もうちょっとタイミング考えてよ」
さっきのこと──?
あぁ、爽真と話してる時に割り込んでしまったってことか──
「ごめん……でも、本当にそれだけ重要な頼み事なんだ」
「ふーん、そうなんだ。……なら、さっきのことは許してあげるけど……皇くんのやつもうちょっとしっかり手伝ってよね?」
「わかったよ」
しばらく歩くがまだ着かない。
この大賢高校前という駅は名前のわりに結構大きく、外に出るのも一苦労なほどだ。
デパートやスーパーなども駅の中にはあり、結構な人がいる。
「まだつかないの? 学校に遅れちゃうよ」
「あとちょっとだから。もし遅れたら僕が先生に説明するからさ」
「うーん……わかったよ」
不満げに返事をする七海。
彼女の足取りが少し重くなったのが分かった。
僕はこの空気を変えるために話を変えた。
「そういえば七海って大変じゃない? 仕事と勉強の両立とかさ」
「あー、よく言われるんだよねーそれ。皆が思ってるほど大したことじゃないよ私なんか」
「でもテレビとかそういうの出たことない人からしたらさ、やっぱり凄いよ。皆尊敬の眼差しだよきっと」
『うーん』と唸りながら少し考える七海。
やはりこういう話題には何か引っかかるところかあるようだ。
チョイス悪かったかな──
なんて思いつつ僕は彼女の口が開かれるのを待った。
「天沢君の言う通り皆私のことを『凄い』って思ってるのかもしれないけどさ、私からすればやりたくてやってることだし……。何て言うかやりたくてやってることを、こう……努力? として捉えられるのは何か違うって言うかさー」
七海の気持ちが異様に分かった。
僕のヒーロー活動だって確かに大変な場面はあるが、結局はやりたくてやってるに過ぎない。
それを努力として捉えられるのは何か腑に落ちないところがある。
やらされてる感が否めないというか何というか──
「天沢君は私がそういう仕事してるの知ってたんだね。私のこと知ってる人は特別な感じで接してくるからさ」
「やっぱそうだよね……みんな建前っていうかさ──」
僕はしっかりとうなづきながら話を聞いた。
それが七海にとって話しやすかったのか、その後も引き続き七海は話してくれた。
この仕事は自分の幼い頃からの夢だということ──
ネットでのアンチコメにたまに傷つくこと──
初日の電車で爽真に助けられて好きになったということ──
他にも特に多かったのは自分の妹の話。
アイドルを目指しているらしく、SNSで妹との写真をアップすると妹の方に注目がいくほど容姿端麗。
姉妹二人そろって有名人になるのかな──
なんて考えているうちに、目的の場所に着く。
駅から出て、人気が少なく、少し薄暗い上に気味が悪い、そんな場所。
「ついたよ、七海。ここだ」
「さっきのとこから結構離れたね……。それで? 頼み事ってなに?」
立ち止まって振り返り、七海は僕と目を合わせる。
僕は一度大きく深呼吸をして、七海に言った。
「実は……4月30日の昼──七海のタワーマンションに行かせてほしいんだ」
「え?」
僕が前置きも何もなしにズバッと言うと、七海は予想通り驚く。
少し考える素振りを見せたあと、彼女は僕に聞いた。
「でも、いきなりどうして?」
「実は僕気象系の仕事将来目指しててさ、それで学校からの個人的なレポートが出てて……」
「あーそっかそっかそっか」
よし来た、完全に騙せた──
『なるほど』と声に出しはしないが何度もうなづく七海を見て、僕は勝ちを確信する。
僕は調子に乗ってもう少しくらい言葉を足してみた。
「そうそう、個人に合わせたカリキュラムが大賢高校の売りの一つでしょ? 今回のレポート課題は『都市部の標高と気温・湿度の相関関係』で──」
「──でもわざわざ私の家なんだね。学校側が独自の観察台とか用意してくれそうな気もするけど……」
「──っ」
僕の心臓はドキッと動き、体が途端に硬直した。
完全に蛇足だった──
詳しく話さなければ七海に勘づかれる可能性も少なかっただろうに──
僕の強ばるぎこちない表情を七海は怪しんでジーッと見つめる。
僕は彼女と目を合わせられず思わず背けてしまう。
無言の七海、無言の僕、怪しむ七海、戸惑う僕。
「──天沢くん」
そんな少しの静寂の後、遂に彼女が僕の名前を呼んだ。
突然のことにビクッと体が動く。
頼む頼む頼む──
鈍感であってくれ七海──
自分に呆れつつも、もうそう願う他ないんだ。
七海はそんな僕の瞳をじっと見ながら言う。
「本当に気象観察の為なの? 何か違う理由があるんじゃないの?」
「いやいやそんな訳ないよ、高い所なら遮るものがないしさ──」
「──あのね天沢くん、これ以上嘘はつかないで欲しいの」
嘘だって──?
そんなに断言できるほど怪しかった──?
心配が心の中を駆け巡る。
僕の心を見透かしているような彼女の視線が、緊張を更に際立たせた。
世界の命運がかかっている、そのことを改めて思い出し冷や汗が出てくる。
彼女の動き一つ一つを目で追いながら、言葉を待った。
彼女が言葉を発する前に一息ついたのを見て、僕は思わず固唾を飲み込む。
しかし、ようやく七海が放ったその言葉は僕の予想していたこととは大きく違うことだった。
「私、知ってるよ。天沢くんが──メシアなんでしょ?」
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