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甘口彼女

作者: 一井圭一


「――アップルパイにするね!」

 テーブル越しに座る彼女は、明日作るスイーツを無邪気に発表した。

 俺にとってそれは、死刑宣告に等しかった。


 付き合いたての頃は特に気にしていなかったが、彼女はデートの時に必ず、甘いものを食べていた気がする。

 やたらとスイーツバイキングに行きたがったり、オシャレなカフェで、胸やけしそうなほど生クリームが乗ったパンケーキを注文するのは、単に今時の子だからと思っていた。

 だが、花見の時は団子と桜餅と大福を持参してきたし、花火大会の屋台は、かき氷とりんご飴とチョコバナナの店を制覇。

 紅葉狩りの時期は、あらゆる果物狩りツアーに毎年参加しているそうで、一緒に参加した葡萄狩りでは、農園のおじさんが強張った笑顔で「毎年ありがとうございます」と最敬礼していた。

 あと毎年クリスマスケーキとバレンタインチョコは十個以上予約してるんだって。


 やばくね?


 俺、やばさに気づくの遅くね?


 八か月付き合って、彼女の強い希望で同棲を始めて五日。

 そう、まだ五日目だが、俺は完全に参っていた。彼女は、甘いもの『しか』食べないし、作らないのだ。

 異変を感じたのは、本来隠し味であるはずの果物や、チョコレートなどが大量投入された極甘口カレーを出された時だった。

「あのさ」

「うん」

「いつもこれくらい甘口なの?」

「うん。辛いと食べられないから」

 当然のように彼女は言う。

「そっかぁ……」

 一応完食したが、おかわりは、やんわり断った。

 もちろん、仕事で帰りが遅い俺に食事を用意してくれるのは嬉しい。それに彼女が作るスイーツはプロ級だ。ただ、その腕前が『料理』となると途端に方向性がバグる。これがずっと続くのは、精神面でも健康面でも良くないはずだ。

 実際、ここ数日の疲労感は増していた。


 今日は、砂糖を致死量入れたんじゃないかと思わせるオムレツに、苺ジャムで大きくハートが描かれていた。

 意を決して俺は言った。

「あのさ」

「うん」

「無理して毎日ごはん作らなくても大丈夫だよ? 俺、もっと帰り遅い時もあるし。だから、これからは、自分の分は自分で用意する方向で……」

 彼女の顔が曇る。

「わたし、大好きな人の帰りを待つのも、一緒にごはんを食べるのも、ずっとずっと憧れてたから……ぜんぜん無理してないよ? あ、もしかして、何か食べたいものあったりする?」

 確か彼女は、幼い頃に両親を亡くし、その後親戚の家をたらい回しにされた過去がある。人より一家団欒に強い想いがあるのだろう。俺は、それ以上うまく言葉が出せず、

「あー……甘さ、控えめのが食べたいかな……」としか言えなくなっていた。

 ぱぁっと晴れやかな表情になる彼女が、目に眩しい。

「うん、じゃあ」


 そうして冒頭のアップルパイ宣言をされたので、事態は何も変わっていない。

 そもそも、そもそもの話だが、どちらかというと俺は甘いものが苦手だ。今、間違いなく人生で一番甘味を摂取している。

 甘いものを食べ続けるとこんなに喉が渇くものなのか。


 え? なんでそれでも付き合ってるかって? 


 彼女がかわいいからに決まってるだろうが。


 言い忘れたが彼女は大学でミスコンに出るほど美人でスタイルも良くて、性格も優しくて、医学部のエリートで頭も良い。完璧な子なんだ、甘味以外。


 だが、考えたら、こんな良い子と出会い系サイトで知り合えて、彼女の倍の年齢である俺が付き合えたのは、ほぼ奇跡に近い。多少の欠点は呑み込むくらいでいいのではないか。

 そうだ、彼女の見えないところで、甘味以外を食べればいいじゃないか。それなら彼女も悲しまないし、俺も甘味を中和できる。誰も傷つかずに済むんだ……。







――病は、疲労感、目のかすみ、喉の渇きなど、実に様々な症状が現れます。末期になると失明や、足を切断するケースもあり、最悪の場合、死に至――




 わたしは、甘いものが大好き。

 わたしに甘いひとは、もっとだいすき!

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