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友情

「安心してくれ、君に対して危害を加える気は無い、それどころか僕たちは君の味方だ」



私を肩に抱え上げている男の声がぼんやりと聞こえる。


 目の前で起こったことに現実感を感じず、まるで今自分が夢の中にいるかのような感覚がする。意識がぼんやりとして、体に力を入れる気力すらも湧いてこない。


「よく考えてみてくれ、この世界は変じゃないか?君たちの世界と比べてどうだ?」

 

 男はしつこくなにかを私に力説しているがその言葉は右から左へと通りすぎるばかりで、脳内で文字に変換されることは無い。


 何も考えられない。何も...。


 「待って」


 急激に体に悪寒が走る。斜め後ろから耳に入ってきたその声は信じられない程に説明のできない恐怖感を呼び覚ました。この声は、あの子だ。


 「リディ、やれ」


 男は振り返ることなく、横を歩いていた獣に命令するが、体の方向を斜め後ろに反転させはしたもののそこから一向に動かない。


 顔だけを斜め後ろに向ける。


 やはり、あの灰の様な色合いをした少女がそこには立っていた。不思議そうな表情でこちらを眺めている。説明のつかない悪寒を走らせるあの子。


 「ほう」


 男も少女のほうを向いて何やら、少し前のめりになった。


 「その子をどこに持ってくの?」


 「ん~~~~~!!」


 悪寒が走ったことによって、再び体に力が入り、喉からできる限り声を出す。逃げろとは、口に詰められ、後ろで巻かれた布のせいで言えないが、なんとか逃げろという意思を伝えようと必死になって声をだす。


 すると、少女はキッとこちらを睨み据えた。


 「放してよ、髪の綺麗な子、初めてここで話した子だから」

 

 体に走る不快感、恐怖感は先ほどよりも一層強くなった。私を助けようと言ってくれているのに...それはまるで今にも食い殺さんとされているかの様な感覚だ。


 「それが、誰にでも通用すると思うなよ」


 男は前のめりになったまま懐から刃渡りが手の平ほどのナイフを引き抜く。私をかついだ状態で勢いよく方向転換し、その勢いを殺さずに少女に向かって足を延ばした。


 「ナラー


 詠唱?が終わるよりも男の動きのほうが早く、少女が蹴り飛ばされる。


 「リディ、頼む!」


 男は私を放り投げつつ、少女を蹴り飛ばしたほうに地面を蹴って進む。


 体が地面にあたり、肺から空気が抜けるのと同時にけだものが私の後ろに回り込んだ。


 「ちっ、クソガキがぁ!」


 少女は何とか立ち上がっており。その掌が顔の前で広げられ、そこには男がナイフを突き刺していた。


 「あっ」という声が響く。少女が後ろ向きに転ぶ。そして、その上に男が馬乗りになる。


 このままでは...。後ろにはけだものが。しかし、いま私には行動できるチャンスがある。幸いにも両手両足は自由だ。また、子供が目の前で死ぬのを見逃しても良いのか。自分の身の可愛さに見殺しにするのか。弟もそうやって見殺しにしただろうか。


 精一杯、足に力を入れて前へ踏み出す、一歩、また一歩と男の背中に向かって走る。周りの景色はやけにスローだ。そして、走っているのにまるで歩いているかのようだ。時間が遅くなった。後ろから何かが追いかけてくる気配がするが、私に追いつけない。


 思いっきり、男の斜め横から体当たりをくらわした。


 「あぁ!?」


 流石に少女の身体で当たっただけでは思いっきり飛ぶなんてことも無くて、ちょっとよろけただけだ。


 「リディ!!」


 けだものが私のすぐ肩に迫り、吐息を髪に感じる。そして、それと同時に、まるで急に深夜の森にほおりだされたような、すぐそばに死が迫っている為に生命がより一層感じられるような。とにかく、味わったことの無い凄まじいほどの不快感と恐怖感に襲われる。


 つい消えそうな声が一瞬聞こえた。


 「ちっぃ」


 男が舌打ちをしながら、瞬時に後ろに飛びのく。ちょうど視線の横に入ってきた獣の長い爪が一瞬でドロドロと泥の様になって崩れ落ちた。肩にぼとぼとと生暖かい何かが流れ落ちてくる。


 「リーフィアちゃん、だいじょうぶ?」


 仰向けの少女がそうつぶやく。


 「へ...!?...あ、うん...」


 やっぱり、幾ら助けてもらった恩人だと言っても、接するだけで謎の不快感が生じてしまう。それに対して返答するのは言わずもがな。でも...この子が何もしてないのに...。むしろ、助けてくれたのに...。


 「すまないね、今日はもう連れてはいけないみたいだ」


 後ろで男が語り掛ける。様々な方向から草を踏み、こちらに向かって走ってくる音がどんどんと近づいてくるぞ...つい今気づいた。あまりに、衝撃的な事で周りの音が良く聞こえなかったのか。


 右肩にまだ生暖かいべちゃりとした何かが乗っているのに改めて気づき、払い落しながら男のほうを振り返る。


 「僕を恨むかもしれないが、いずれ分かる、これは君の為なんだ」


 これが私の為...?


 「わ...わたしのために友達を殺して、そして...そして...?」


 あぁ...わたしのせいでライゼンは死んだ...わたしがいたからその巻き添えで死んだ...。あぁ...あぁ...


 「おい、なんだお前!」


 「手段は選べないんだ、すまないね」


 ライゼンは、本当はここで死ぬ事は無かった。私がここに来て、自分の意思を尊重せずずるずると結局人が敷いたレールの上を進むことを選んだせいで死んだ。私のせいで死んだ。7歳の少年が...。


 「おい...大丈夫か!あぁ...なんてひどい」


 「逃がすな、追え!追え!」


 だから、私が弟を殺したんだ!弟を守りたかった。でも、そんなの無理だった。あまりにも私の力を超えてるから守れなかった。私がずっとついていなかったから、道路に飛び出して...私のせい...私のせいなんだ...。


 「うぅ...」


 ...!いや...弟はもう死んじゃったんだ。私のせいなんだ。でも、でも、今生きてる命もあるんだ。弟はまだ生きてる...まだ生きてるんだ! 


 「あの子は」

 

 目の前に来てかがみこみ手を握ろうとする少年を振り切って、倒れる恩人に向かう。顔に小さな青あざを浮かべながらこっちを小さな笑顔で不快に見つめる。


 「大丈夫だった...?」


 体に悪寒が走り、一瞬体が震える。掌からはまだ血が流れている。


 ビリっと、服の袖を破って、その子の手首から掌の出血部分にかけて巻き付けていく。


 不快で不快でしょうがない。近づくだけで、その存在を認知してるだけで、体が不快だと危険だと必死に訴えてくる。


 だが、一生懸命に巻き付け続ける。


 「ごめんね...ごめんね...」


 誰に対する謝罪だろう。なんだか、無性に謝りたくて、誰かに向けてしきりに謝りながら布を結び付け止血する。目からは涙があふれて止まらない。いや...正確には何に対して謝りたいかなんてわかってる...でも、あまりにも多すぎて心の整理も追いつかないから言葉にすることはできないんだ。


 少女はただ黙ってされるがまま、こちらを優しい顔で見つめる。微笑む様な表情を止めて、なんだか、真剣な面持ちでこちらを見つめる。


 不快で不快でしょうがない。少女の一挙手一投足、存在そのものが不快で気持ち悪くて、そしてそんな自分が更に不快で気持ち悪い。


 「...いいよ」


 ただの短い一言。気持ち悪くて、怖くて危険な、やさしさに溢れた一言だった。


 


 


 


 


 


 


 




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