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エピローグ

 彼が会社に出かけた後、一人になった私はベランダに出てぼんやりと下を見下ろす。

(自由になるにはこれしかない)

 そう覚悟してベランダの手すりに手をかけた瞬間、マンションのドアが激しく叩かれた。

(誰だろう……)

 もちろんマンションはオートロックなので勝手には入れないはずだ。部屋のインターホンはもちろん鳴らない。彼が電源を切っているから。

「涼子ちゃん?! 涼子ちゃんいる?!」

 この声は……。

「高橋さん? 高橋さんですか?」

 それは職場で一時隣の席にいた高橋さんという五十代の女性だった。

「うん、そう。大変よ。社長がね、逮捕されるかもしれないの。しかも事故にも遭って……」

 社長とは私の夫のことだ。先日父親である先代社長が亡くなり彼が跡を継いでいる。

「逮捕? 事故?」

 私は何を言われているかわからず首を傾げた。ガチャガチャという音がして高橋さんが外についた鍵とドアの鍵を開いた。夫が持っていたはずの鍵がなぜか彼女の手の中にある。久しぶりに見る高橋さんの顔は涙に濡れていた。

「あぁ、涼子ちゃん、かわいそうに。気付いてあげられなくてごめんね、ごめんね」

 高橋さんの話によれば、今日の午前中、会社に警察の人が来た。先日会社の前で起きた事故に関する聞き取りだったそうだ。ところが警察の姿を見た途端、社長が真っ青な顔で何やら封筒を抱え慌てて会社の外に飛び出したという。そこで運悪く車にはねられた。社長はすぐに救急車で運ばれたが残された封筒から驚くべきものが出てきた。それは会社の裏帳簿。彼は父親が社長の代から経理を任されていたが長年に渡り会社の金を横領していたらしい。

「横領……」

 馬鹿なことをしたものだ。しかも警察から逃げ出して事故に遭うなんて。

「てっきり自分を逮捕しに来たと思ったんでしょうね。で、意識はハッキリしてるみたいなんだけど、足が……」

「足が?」

「えぇ、かなりひどい折れ方をしたみたいで……。一生車椅子の可能性が高いそうなの」

 警察も病院もすぐに妻である私に連絡を取ろうとした。ところがいくら電話をかけても誰も出ない。それはそうだろう。家の電話は彼の部屋にあり鍵がかかっていて出られないしそもそも音も消されている。何度も問い質された彼はようやく観念したのか遂に妻を監禁状態に置いていることを白状したのだという。

「じゃあもう私……自由なの?」

「えぇ、そうよ。行きましょう」

 高橋さんに伴われ表に出た。今後の生活についても心配いらないからねと高橋さんは私の肩を抱く。

(自由、か)

 私は自由を得、夫は何もかも失った。そう、歩く自由さえも。

「涼子ちゃん、もう全部忘れよう。新しい生活を始めるのよ」

「ありがとう。でも……」

 そうはいかないわ、と私は答える。高橋さんはひどく驚いていた。

「もうあの人には何もないのよね。罪を償った後戻る場所すら。そして自分の足で歩くこともできない……かわいそうに」

 高橋さんは、涼子ちゃん優しいのね、と再び涙をこぼす。

「そうだわ、あの人が自由になったら、そしたら私、迎えにいかなくちゃ」

 ――今度はあなたが囚われる番。

 私は心の中でそう呟きニタリと嗤った。



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