2話 膝枕は必須
「えぇっ! ラグナ様、アイテムボックスをお持ちなのですか!?」
アインの馬車の中。
俺は今、ベルベットじゃなくてアインに膝枕してもらっている。
さっきご機嫌を取り損ねたからか、ベルベットは膝枕させてくれなかった。代わりにアインがやると言い出したから、その言葉に甘んじた。
そして、何気なく俺がアイテムボックスの話をすると、驚いた様子で話に食いついてきた。
「当たり前だろ、俺はSランク冒険者だ。 アイテムボックスの一つや二つ、三つは持ってる」
「若、アイテムボックスは一つしかありません」
「ア? 三つ買ったじゃん……」
「使わないからと、女性にプレゼントしていました」
アァー。
そういやそうだったか?
「……すまん、一つだった」
「い、いえ。アイテムボックスは普通、人にプレゼントするような代物じゃないのですが……」
「えぇ……。一つ大金貨200枚から300枚はする超高級品なのですが、若は馬鹿なのでプレゼントしたのです」
「大金貨200から300……なんという」
「俺なら余裕で稼げるからなァ」
「Sランク冒険者って、本当にすごいのですねぇ……」
「若は稼ぐ速度と変わらないペースで浪費しますけどね」
「いいんだよ、金は使わなきゃ意味ねェんだ」
「後先を考えない馬鹿、とも言えますがね」
「……ベルベット、なんで怒ってるの?」
「……怒ってません」
いや、怒ってるよ……。目が座ってるもん。
「アイン、ベルベット怒ってるよな……?」
「うふふっ。どうでしょうか?」
アインを見上げながら聞くと、微笑みながらそう返してくれる。
ふぅ、今のベルベットは怖いから癒されるぜェ。
「ずっと気になっていたのですが、アイン様はいつまで膝枕を……?」
「ラグナ様がおやめになるまで、です」
「なんだァ。代わりにリオがやってくれんのか?」
「やるか! アイン様は公爵家の人間で護衛対象なんだ! 無礼な態度もそうだが、膝枕までさせて!」
おぉ、ベルベットだけじゃなくリオまで怒りだした……。
「だってアインがやりたいって言うから……」
「一度やってみたかったのです。他の方は、わたくしが相手だと気後れしてしまうらしくて……」
「よし、俺ならいつでも膝枕させてやる」
「させてやる、ではない! アイン様は貴族なんだぞ!?」
ふーん、貴族ねェ……。どうでもいいなァ。
「若も一応ですが、貴族に含まれます」
「え!? ラグナ、貴族なのか?」
「そういえば、ラグナ様の家名はマーガレットでしたね? お聞きしたことのない家名なので、名誉伯ですか?」
名誉伯。
まぁ、端的に言うと貴族の生まれじゃないヤツを一応、貴族として扱ってやるよって制度だ。
「そうだ、大金積んで国王から買った」
「め、名誉伯を買う……? 名誉伯とは買えるものなのか……?」
「アァ……。大金積めば買えるんだ」
「いくら積んだのかは、聞かない方がよろしいかと……」
あの金額を掲示された時は、国王のヤツ殺してやろうかと思ったなァ。
「あの、家名はラグナ様ご自身でお決めになったのですか?」
「……そうなるな」
「マーガレット、なんて女性の名前みたいですね。由来をお聞きしても?」
「若、私も聞いたことがありません」
「アー……。その当時、気に入ってた女の名前だった気がする」
「最低な理由だな……」
「そうですか? お相手の名前を家名にするなんて、とてもロマンティックなことだと思うのですけれど」
「……若、それ本当ですか?」
「なんだよ……?」
「いえ……」
ちっ。
ベルベットには嘘だってすぐバレるな……。
「俺の家名なんざ、どうでもいいんだよ! リオが俺のクランに入るから、それの話をする!」
「いや、だから入るとは言っていないだろ……」
「なにが不満なんだよ……俺のクランだぜ?」
「俺のクランだぜ、と言われてもな。……私はどこかに属することはできない」
「アァ……?」
「私にはお金が必要なのだ……だから、稼げる依頼を私は受ける。パーティーやクランに所属してしまうと、そこらへんの自由がないのだろう?」
「なんで金がいるんだよ」
「それは……」
言い淀むリオ。
なんか重たい理由でもあんのか?
「それ以上はいけませんよ、若。……すみませんリオさん。若はこの通り、ズケズケと踏み込んでいく性格でして」
「いや、いいんだ。……病気の妹の為に、ドラゴンの綺麗な肝が必要なのだ」
アー、病気か。
ドラゴンの綺麗な肝ね……。確かに買おうと思えば、そうとうな値段がするなァ……。
「じゃあ話は簡単だ。俺がドラゴンの綺麗な肝を手に入れてやる。……よーし、これでリオがクランに入るな」
「いや、手に入れてやるって、ラグナもSランク冒険者ならば知っているだろう! ドラゴンの綺麗な肝を手に入れる難しさを!」
「俺ならできる。……そうだな、長くて三日ってとこか?」
「若ならそれぐらいでしょうね」
「本当に可能なのか……?」
「最悪、買ってもいいしな」
「そ、そんな……。私の今までの苦労は……」
そう言って項垂れるリオ。
「仕方ねェさ、なんたって相手はこの俺だ」
「うふふっ。良かったですね、リオさん」
「正式な加入は、ドラゴンの綺麗な肝の取引時ということでいいですか?」
「そうだな……俺の為に働いてもらうぞ、リオ」
「……分かった。悲願が叶うのだ、仕方ない」
「なんだろう……なんか、俺のクランに入るのが嫌そうに聞こえるんだがァ……? 気のせいだよな、アイン」
「気のせいですね、ラグナ様」
「若……そろそろ膝枕してあげてもいいですよ?」
お、どうやらベルベットの機嫌が良くなったみてェだ。
「ア? そうか、じゃあ」
「わたくし、もう少し膝枕したいのですが、ラグナ様」
「そうか、じゃあ……アァ?」
「ラグナ? どうかしたのか?」
「金だ、金の気配がする」
「金……? ラグナはなにを言ってるんだ?」
「若はモンスターを察知したようです。リオさん、他の冒険者に警戒を」
「ラグナ様、本当ですか?」
「アァ……ただ、微妙な気配だなァ……。あんまり金にならない気配だ」
こりゃ、アイテムボックスに回収するまでもないヤツだな。
このまま膝枕されてても、他の奴らで対処できそうだ。問題としては、その奥の人間だなァ……。
「ラグナ! いつまで膝枕されている! 早く出るぞ!」
「俺、必要……?」
「若……」
「……分かったよ、ベルベット。アインの守りは任せた」
「はい、若」
「ここで大人しく守られとけ、アイン」
「は、はい。……大丈夫でしょうか、ラグナ様」
「金の後ろの奴らも含めて、きっちり潰してやる」
俺がそう言うと、明らかに表情が青ざめたアイン。
こういうのが来るってのは分かってたはずだが、それでも怖いものは怖いか……。
「……お願いします、ラグナ様」
「アァ……」
「ラグナ、早く!」
既に馬車から降りたリオが、こっちを覗き込みながら急かしてくる。
「分かってるっての。あとあれだ、リオ! おまえは俺のクランに入るんだから、きっちり敬え!」
「モンスターを仕留めたら、ちゃんと敬ってやる!」
「言ったからな!」
リオに念押ししてから俺も馬車を降りる。
降りたと当時に、公爵家の人間かなんか知らないが、おっさんが駆け寄ってきた。
「ラグナ様! モンスターが!」
「だァ! 分かってる、男が寄ってくんな!」
「き、貴様ら! 早く僕を守れ!」
あれはさっきの坊ちゃんか?
一応は冒険者として参加してるだろうに、なんだあのざまは。
「ラグナ、私はあっちに!」
「アァ? リオ、あの坊ちゃんを助けるのか?」
「今は臨時パーティーだからな!」
「お人好しだなァ……。さてと、金は殺して。後ろの奴らは……捕まえてから考えるか」
ゆっくりとモンスターに近づいて、反応する前に頭を蹴り潰す。
「アイテムボックスの肥しにもならねェ雑魚ばっか……。やる気もおきねェっての」
ゴブリンにコボルト、よくてもオーク。
駄目だァ……。どいつも金になんねェ。
そう嘆きながら歩く俺めがけて、短剣が飛んでくる。
まぁ、躱すが……。
「お前、俺がSランク冒険者だって分かってて、その上で攻撃してきたってことだよなァ……?」
「……」
短剣を飛ばしてきたヤツは姿を隠していたが、俺が話しかけるとあっさりと出てきた。フードで顔を隠した細身の男だった。
「それ以前に、この俺が護衛にいるってことを知ってた上で、この動きをしてきたってことだよなァ?」
「……」
だんまりかよ、つまんねェ……。
「俺は殺しはしねェから、捕まえて終わりだからよ……お前がどうなるのかは分からねェが……」
一瞬で終わらせよう、俺はそう思って男の目の前まで、一気に距離をつめる。
「……ッ!」
「この先、生きてたら頭に刻み込んどけ。……ラグナ・マーガレットが関わっていたら、大人しく諦めましょうってなァ!」
「グッ……!!」
わりと軽めに蹴ったつもりではあったが、それでも男は直撃を避けてダメージを減らしていた。
「おぉ! 致命傷は避けたのか。さすがに公爵の娘をどうにかしようってんだ……生半可なヤツは寄こさねェか?」
「……貴様の」
「アァ?」
「貴様の守っている女は、悪魔の娘だ!」
やっと喋りだしたかと思えば、なに言ってるんだこいつ。
「……意味が分からん、ハッキリ言え」
「あの娘の父親は、歓楽街の裏組織を牛耳る悪魔なんだ!」
「それで?」
「あの男のせいで、どれだけの人間が苦しんでいると思っている!?」
「いや、知らないし」
「なにも知らない貴様に、俺たちの正義を止められるわけがない!」
「……あっそ」
「貴様はなぜ、あの娘を守っている!? そこにどんな正義がある!」
「……くどい、もういいから早くかかってこい」
飽きたから挑発してみたら、あっさりとかかったらしい。
短剣を構えて、今にも飛びかかってこようとしている。
「貴様のような俗物に、我が正義の剣を受けられるはずがない!!」
アァ、うるせェなこいつ。
「さっきから、ごちゃごちゃと……正義だなんだと偉そうに言いやがって」
「うぉおおおおおっ!!」
短剣を構えて真っ直ぐと突っ込んでくる男。
いや、感情的すぎるだろ……。
それに正義とかそんなもんで。
「そんなもん、俺の欲望の欠片も満たせねェだろ……くだらねェ」
真っ直ぐ突っ込んできた男に、こっちも真っ直ぐな蹴りをぶち込む。
「ガァッ……」
「さてと……まずはうるさいの一匹。次はどれにしよっかなァ~」
気を失った男の頭を踏みつけながら、俺は次の獲物を探すのだった。