1話 舐められるのは嫌い
「……気に入らねェ」
あれから二日後。今は護衛依頼を受けて乗り込んだ馬車の中。
ちょっとは良い作りの馬車の中で、俺はベルベットに膝枕してもらいながらそう呟いた。
「ほら、不機嫌になったじゃないですか、若」
「なんでこの俺がいるってェのに、他に三組も冒険者パーティーを雇っていやがる? つまりは俺が信用ならねェってことだよなァ……」
「まぁ……依頼主は公爵ですので。さっきお会いした護衛対象も良いところのお嬢様でしたし……。公爵の娘と考えていいのでは?」
公爵だろうが、その娘だろうが関係ねェ。
俺が護衛についた時点で命の保証は確実だろうが……。
「気に入らねェのはたしかだが……良さそうな女はいたなァ……」
「……あぁ、冒険者パーティーの中に一人、飛びぬけて綺麗な剣士がいましたね」
さっき少し見かけただけだが、鮮やかな赤髪に気の強そうな良い女だった。
「あれぐらいの美女なら、俺のクランメンバーに加えてやっても良いな」
「募集を出して二日、一人も応募がきませんもんねぇ……」
この俺のクランに、一人も応募が来ないってことはあるわけがねェ。
どこのどいつか知らんがァ、俺に嫉妬したヤツが裏でなにかしているとしか思えねェ……。
「あんな条件で来るわけありませんしねぇ……」
「ベルベット、なんか言ったか?」
「いえ……。さっきの剣士、確かに綺麗かもしれませんが実力の方はどうでしょう?」
「公爵の依頼を受けられるってことは、最低でもBランクだろ? それにあれだけの美女ならこの際、実力はある程度でも構わん」
ある程度の実力でも数を揃えてやればいい、大事なのは容姿だ。
「……女遊びに飽きた、なんて言うわりには美女を追いかけるのですね」
「そりゃそうだァ! 俺の信条は「遊びの金・自堕落な時間・良い女」の三つだ!」
「相変わらず、最低な信条を掲げる、最低の男ですね」
「……ベルベットはそんな俺の秘書だろ?」
「そうでした……なんでこんな男の秘書をしているのでしょうか、私」
なんだよ、いつにも増して毒舌だな。
顔を見上げれば明らかに不機嫌な表情をしている……。
「……なに怒ってんだよ、ベルベット」
「……いえ、別に」
仕方ねェ……。きちんとここで、機嫌をとっておかねェと後から大変だからなァ。夜メシを激辛にしやがったこともあったな……。
「あのー、ラグナ様、お邪魔してよろしいでしょうか……?」
「駄目だ」
なんだよ、俺が今からベルベットのご機嫌をとってやろうとしてるってのによぉ。
「いえ……あの……」
「若は拒否されました。用件はそこからどうぞ」
「あの、非常に申し訳ないのですが……その、他の冒険者の方が文句をおっしゃってまして」
「アァ……? なんだよ、もしかしてこの俺にってわけじゃないよな?」
「いえ、それが……ラグナ様に対してでして……」
この俺に文句を言える冒険者がいるってか?
どこの死にたがりだ、ソイツ。
「その文句は、どういった内容なのですか?」
「ラグナ様たちだけ、どうして馬車の中にいるのかと……」
「上等じゃねェか……。この俺に喧嘩売るってェのはァ……」
「若……殺してはいけませんよ」
「分かってる、脅してやるだけだ」
かなり名残惜しいが、ベルベットの膝から離れて馬車を降りる。
続いてベルベットも降りてきた。待ってても良かったんだが……。
「んでェ……どいつだよ、この俺に文句があるってェのは……」
「この僕だ! やっと出てきたな、冒険者の面汚しめ!」
なんだァ、この坊ちゃん。あからさまに貴族出身の甘ちゃんって感じだな。
装備はそこそこなモンだが、本人がソレに見合ってねェ。
金で冒険者ランク上げてきたヤツか……。
「……オイ、坊ちゃんよ。俺が誰だか分かってて、喧嘩売ってるってェことでいいんだよなァ」
「貴様こそ、僕が誰だか分かっているのだろうな!」
「知らねェよ」
「なっ! 僕はトライン家の次男だぞ! 無礼な!」
トライン家、トライン家ねェ……?
聞き覚えがねェな。
「ベルベット、トライン家の位は?」
「たしか伯爵ですね……どうします、若」
「決まってんだろ……この坊ちゃんにはきっちり、俺が誰なのか教えてやんねェとなァ……?」
「ぼ、僕に手を出す気か! 僕は貴族だぞ!」
「だからどうしたよ……? 俺はSランク冒険者だァ! 貴族だろうがなんだろうが、俺にとっては等しく下だ!」
「ひぃっ! こいつ頭おかしいぞ! お前ら、僕を守れ!」
「アァ……?」
伯爵家の坊ちゃんを守るように、俺の前に三人の冒険者が立ちふさがる。その中には、さっきベルベットとの話にあがった美女の剣士がいる。
好都合だなァ……ここで俺のクランに入れてやろう。
「おい、剣士の姉ちゃん」
「……私か……?」
「剣士の女は、姉ちゃんだけだろ。俺のクランに入れ」
「は……?」
「アァ……? 聞こえなかったか? 俺のクランに入れ」
「いや、聞こえてはいるが、いきなりなにを言っているのだ……?」
「そのまんまの意味だ、この俺のクランに入れてやるって言ってんだ」
「貴様! さっきから無礼にもほどがあるぞ! その女は僕が先に目をつけたんだ!」
うるせェ坊ちゃんだなァ……。
なんだよ、この女剣士。もうあの坊ちゃんのお手付きか?
「……なんだァ? 姉ちゃん、あの坊ちゃんの女か?」
「いや、この依頼で初めて会ったばかり……ただの臨時パーティーだ」
「アァ? んじゃ、なんで坊ちゃんを守っているんだ?」
「臨時とはいえ、一応はパーティーを組んでいるからな。……それに、言い分としてはこっちが正しい」
「……ん? 俺のどこが間違ってるってんだよ?」
「この依頼は対象の護衛だ。それなのに、冒険者が馬車の中でくつろいで警戒もしないなど、はっきり言ってありえない」
なに言ってるんだこの姉ちゃん……?
警戒ならずっとしてるだろうが。
「……それは――」
「若」
「……なんだよ、ベルベット」
「若の魔法については、知らないのが普通です。この場合はそこの女剣士の方が正しいかと」
そうか、こいつは俺の魔法を知らねェから警戒してないように感じていたってことか。
くつろいでいたのは確かだしなァ……。
「……ベルベットがそう言うなら、そうだろうな。おい、女剣士」
「なんだ……?」
「名前を聞かせろ」
「……リオだ」
「リオ、リオか。……気に入った、お前は絶対に俺のクランに入れる」
「なぜそうなる……?」
「それと今回はリオが正しかった、すまん」
「……あ、あぁ。分かってもらえて助かる」
「貴様! 僕への謝罪はどうした!」
「アァ?……坊ちゃんは別だ、俺をここまで不愉快にさせたんだ。覚悟はできてるんだろうなァ……」
「ひぃ! ぼ、僕を殺したら、父上が黙っていないぞ!」
「安心しろよ……。父上ごと潰してやる……」
「お待ちください!」
どうやって坊ちゃんを捻り潰そうかと考えていると、凛とした女の声が響いた。
声のした方を見ると、そこにいたのは護衛対象のお嬢様だった。
「わたくしはビットテルグ公爵の娘、アイン・ビットテルグです! この場はわたくしがお預かりします! 双方、矛を収めてください!」
預かる。預かるねェ……。
公爵の娘だろうが、俺に矛を収めさせるには足りねェなァ。
「Sランク冒険者、ラグナ様も護衛対象のわたくしがこうやって身を晒し続けるのは、あまり好まれないと思われます。……どうか」
ほぉ……。
金髪のいかにもお嬢様って見た目だから、中身もそんなもんだろうと決めつけていたが、中々に力強い眼をしてるじゃねェか。
「……若、護衛対象が優先です。これ以上は若の名前に傷がつきます」
「そうだなァ……。なんだよ、気に入らねェ依頼かと思ったら、良い女が二人もいやがった」
お嬢様はクランには入れられねェがな。
「ラグナ様たちはどうぞ、わたくしの馬車へ。そうすれば問題は無いでしょう?」
「アイン様! そんな奴を同じ馬車に乗せるなど、正気ですか!?」
おぉ、さすが典型的な貴族の坊ちゃん。
自分より上の貴族には下手だなァ。
「……貴方のことは、トライン伯爵家に注意させていただきます。Sランク冒険者と揉めるという、国益に反する行動をとったとして」
「あ、あ、そんな……」
絶望の顔で地面に崩れ落ちた坊ちゃん。汚いぞ……。
まぁ、坊ちゃんはもうどうでもいい。
大事なのはリオを俺のクランに入れることだ
「おい、お嬢様。そこの女剣士も乗せていいか?」
「えぇ、どうぞ。それで矛を収めていただけるのなら」
「ってェわけだ。リオ、乗るぞ」
「あ、あぁ……」
「とにかく俺のクランに入る話も中でするぞ」
「……いや、まだ入るとは言っていないのだが」