プロローグ できるだけ楽したい
「断る」
開口一番。
目の前に座る、偉そうなオッサンにそう言ってやった。
「……聞き間違いかもしれませんな。もう一度言いましょう。アズタル侯爵家からの依頼です、ドラゴンを狩ってきなさい」
「こ・と・わ・る」
聞き間違いとかふざけたこと言い出しやがったから、今度はゆっくりと一音ずつ言ってやった。
すると、オッサンは顔を真っ赤にして俺を睨んできた。
「わ、分かっているのか!? たかが冒険者風情が、侯爵家からの依頼を断るその意味が!」
「アー……。ここに書いてある報酬が、一桁足りねェってことならよく分かる」
「なっ! ふ、ふざけるな! 相場通りの値段のはずだ!」
相場通りねェ……。
このオッサンの言う相場通りの値段ってのは、Aランク程度の冒険者にドラゴン狩りの依頼をするときの相場だ。
「オッサンよォ……俺はSランク冒険者のラグナ・マーガレットだ。こんなはした金で、この俺が動くわけねェだろうが」
「貴様! さっきから――」
怒りにプルプルと震えていたオッサンだったが、我慢の限界だったのか、遂に立ち上がりやがった。
それはよくないなァ、オッサン。
「申し訳ありませんが、若はお断りすると言ったはずです。……大人しく帰っていただけないのなら、このまま首を切り落としますが?」
立ち上がったオッサンの後ろから、その首に剣をあてる金髪の美女。俺の秘書、「ベルベット」だ。
「それで……どうなさいますか?」
「……か……かえります……」
さっきまで真っ赤だった顔を、真っ青に変えて震えるオッサン。
ベルベットが剣を引くと、オッサンは転がるように帰っていった。
なんとも情けないオッサンだ。アズタル侯爵ってのはあんなアホしか寄こせないような家なのか?
「それにしても、この俺を動かそうってェのに、報酬は金貨50枚程度。……舐められてんのか?」
しかもドラゴンだ。
狩ること自体は一瞬で終わるが、見つけるまでが面倒だ。
それに金貨50枚。……しかも、Sランク冒険者のこの俺に。やっぱり舐められてるな、釘を刺しておくか?
「若……お断りしてよろしかったのですか?」
ベルベットが心配そうに聞いてくる。
なんだァ? 侯爵程度、今まで敵対したヤツは潰してきただろうが。
「ハッ! 侯爵程度がなんだってんだ。二日ありゃ、完全に潰せんだろ」
「いえ、そこではなくて。お金の方です」
「金……? なんだよ、金貨50枚程度でなにがあるってんだ?」
俺が最後に確認した時は、大金貨で500枚以上が貯蓄されてたはずだ……。そこに金貨50枚が加わっても、たいして変わらん。
「……実はこの間の若のお買い物で、貯蓄が心許ない状態です」
「アァっ? なんでだよ、俺の散財はいつものことだろ。それでも追いつくぐらい稼いでただろうが」
「それはそうなのですが……最近、若が面倒だと依頼を受けないことが続いたもので」
「なんだよ、俺が悪いってのか?」
「端的に申し上げると、若が悪いですね」
「そうか……仕方ねェな。なんか依頼受けるか」
「そう言うだろうと思って、保留している依頼を持ってきました」
胸元から丸めていた資料を取り出し、渡してくるベルベット。
「おまえ、いつもどっから出してんだよ……」
「私の胸の谷間ですが……お好きでしょう?」
嫌いじゃないがなァ……。ちょっと良い匂いがするし。
「にしても……面倒そうな依頼ばっかだなァ」
オーガキングに、でけェスライム。……こっちにもドラゴン狩りがありやがる。
「Sランクの若に来る依頼は、必然的に厄介なものが多いかと」
「面倒だなァー。ベルベット、俺の代わりにやってくれよ」
見た目からは想像しにくいが、ベルベットはAランク冒険者程度の力は持っている。時間がかかるかも知れねェが、ドラゴン狩りぐらいならこなせるはずだ。
「まぁ、構いませんが。……その間はお菓子の準備、紅茶の準備など若がご自分でやってくださいね」
「却下だ! よし、別の案を考えよう……」
できるだけ俺自らが動かず、それでいて稼げる方法。
いや、浮かばねェな……。だからといって、あんまり働きたくもねェな。
「若……。一応、案があるのですが」
「なんだよ、ベルベット。早く言ってみろ」
「えぇ。クランを立ち上げてはどうかと」
「クランだァ?」
クランってのは、一人の冒険者をリーダーにして、同じ目的の為に多くの人間を集めた、冒険者パーティーの大規模バージョンってヤツだ。
たしか、ドラゴン狩り専門のヤツとか、ダンジョン専門のヤツとかあったな。
「他のSランクの方々はクランを立ち上げております」
「他のヤツらみてェに、自分より弱いヤツを集めてどうすんだよ?」
「集めたクランメンバーに依頼をやらせてみては?」
「……なるほど、一理あるなァ」
クランメンバーに依頼をやらせて俺は指示を出すだけ。後は、悠々自適の自堕落生活を過ごしていれば、勝手に金が入ってくるシステム。
「最終的には、若の働きはごく少しで済むようになるかと」
「よし! その案、採用だベルベット。さすがは俺の秘書」
「ありがとうございます。では、私が募集を出しておきますので。……応募条件とかどうします?」
そうか、応募条件を付けられるのか。どうでもいいヤツが来て、わざわざそいつに時間を取られるのは癪だしなァ。
「まぁ、絶対条件として。まず優秀、これは当たり前だ。後は……やっぱり女だな。美女か美少女限定だ! 男はいらん!」
「……それ、募集きますかね?」
「俺はSランク冒険者だぞ、来るに決まっている!」
「一応、募集は出しますが……結局は若が働くことになりそうですね」
「フン、黙ってその条件で出せ。この俺のクランに入れると、大勢の女が押しかけてくることになるぞ」
「はいはい、そうですね」
「はい、は一回だベルベット。……面接も必要だな。俺は、男を利用する系の女が大嫌いなんだ! そこらへんを見極める為にも、やはり面接は必須だな」
からかいにくるぐらいの可愛げなら、大歓迎だが。中には男を利用するだけの道具としか思ってない女もいる。……俺はそういう女が一番、嫌いなんだ。
「それは応募が来てから考えましょうね。……とにかく、一度は依頼をこなしてください、若」
「分かってる。……んじゃ、これだ」
「またテキトーに選びましたね。……これ、護衛ですよ? 若の一番嫌いなタイプの依頼です」
「アァー……。まぁ、たまにはいいだろ」
「そう言って、いつも不機嫌になるじゃないですか」
心当たりがありすぎて言い返せないな……。
だが、ここで折れては駄目だ。ベルベットは秘書で、俺がご主人様だ!
「いいからそれを受ける! ベルベット、準備しておけ」
「分かりました。……私にあたらないでくださいよ?」
「ベルベットにあたったことは、一度もねェだろ」
「……最近はあまり娼館の方に足を運んでいないようなので、溜まっていらっしゃるかと思いまして」
さすが俺の秘書……。そういうところまで、しっかりと把握していやがる。
「女遊びも最近は飽きたんだよ……しばらくやらねェ」
「また飽き性ですか、若は本当に三日坊主くんですね」
「うるせェ、いいから準備しに行け」
「はいはい……」
「はい、は一回だ」
「はーい。……別に私にぶつけてくれてもいいのに」
「なんか言ったかァ?」
「……なんでもないでーす」
最近、ベルベットの俺に対する敬意が薄れてきている気がするな……。
ここは一回、きっちりとどちらが上か示しておくべきか?
「あ、若。今から護衛依頼の準備で、冒険者ギルドの方に顔を出してくるので……」
「アァ……分かった」
「昼のお着換えは、自分一人でやってくださいね?」
え……?