表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

制圧結婚

 宙を舞うブーケを掴んだ乙女は、次に結婚する事ができると言う。


 だから彼女は本気でブーケを取ろうとした事はない。


 結婚したくないわけではない。というよりブーケに飢えている女どもの何倍も結婚したい。


(それより何倍も大切な事がある)


 そう、手を伸ばすより大切な事があるのだ。


(馬鹿な男共はブーケを受け取る女を見るっ! 視線はそこに集中する……その時こそ選別のチャンス!!)


 ブーケは花びらを散らす、その一枚が彼女の目の前を通り過ぎる。


(そう、結婚に飢えた馬鹿どもはあわよくば「ブーケを取った女を手に入れよう」と企む! そう言う浅はかな夢を見た策略のない男は仕事でも夢だけみて作戦を練らない。だがっ! そんな中で他の女を見ている男! 策略を練り、ブーケを取り損ない悔しがってる女を探す男!! これこそ本命!! 一番確率の高い嫁選び!! 結婚願望があり、且つ策略としても完璧な男! これこそ私が求める人物像!!)


 手を伸ばすふりをして、そんな男を探す。


「!? まずいっ!!」


 自分の元に向かってきた。慌てて手に取るふりをして弾き返す。


 バウンドするように何度か誰かが取り損ない、最終的に小顔の整った顔立ちの女の手に渡る。


 その女は黄色い歓声を上げて喜ぶ。だがそんな中視線を左右に揺らす。必死に該当する男を探す。


(……まぁそんな理想の男なんてそうはいない。理想論かざして何度も結婚のチャンスを逃している……もう潮時なのかもね)


 そう思った瞬間……。


 視線が……。


 重なった…………。


((かかったっ!!))


 二人がニヤリと笑う。


(俺を見つけたな……女)


 男は沸き起こる歓声を無視して女に近づく。


(そう、お前が何を考えているかは読めている……。貴様はさっき取れるはずだったブーケを取らなかった……。玉の輿狙って俺に貢がせようとしてるんだろ? お前には俺が哀れなネズミに見えてんだろうなぁ……が、俺は蛇だ。哀れな猫は俺の食事にすぎねぇのさ)


(この男から感じるもの……仕事ができるとかそんなレベルじゃない!! これは他人を利用することしか考えていない目だ!! ……なるほど、私の策略を読んで、逆に私に貢がせようとしているのね。上等じゃない)


 お互いに歓声の沸き立つ花道を歩く。互いに策謀をめぐらし、次の一手を考える。


(当然お前は俺の策略などすぐに読んでくる。それほど知能ある女だ。だから面白いっ!!)


(簡単に利用できる馬鹿には、最初っから興味ないわ。私はこの金鶴を)


(俺はこの招き猫を)


((制圧するっ!!! 一生貢がせるためにっ!!!))


「はじめまして。夕神蓮也と言います。惜しかったですね。ブーケ」


「はじめまして。黒崎麗華と言います。ええ、あとちょっとだったんですけどね」


 お互いに腹のなかで邪悪に笑みをこぼす。これから起きるこいつの哀れな結婚生活をほくそ笑む。


(私を選んだのが運のつき……夕神蓮也。あなたはいずれ自分が相手をしたのが猫は猫でも女豹だったことに気づくことになる)


(お前はまだ何もわかっていない……どうせ自分のことを女豹だなどと思っているのだろうが過大評価も甚だしい。貴様が相手にしているのは猛毒のコブラだと言うこと……これからたっぷり思い知らせてやる)




 こうして、二人はその後一年の交際をへて結婚した。


 しかし、それは何の変哲もなく、彼らの忌み嫌った最も平穏な幸せな家庭の始まりだった……。




 数年後……。


「この前このマンションにきたご夫婦知ってる?」


 婦人会のおばさん達がヒソヒソと噂話をしている。


「なんでも旦那さんは携帯とかのdocumoのお偉いさん。次期社長の座も噂されている超エリート」


「奥様もファッション界の創造神とまで呼ばれる超有名デザイナー。ほんと、すごいわよねぇ……」


「ええ、ええ。……だけどなんでそんな夫婦がこんな安めのマンションなんかに?」


「そうなのよねぇ……そのくらいの経済力ならもっといいところがあったでしょうに」


 そんな噂話に「馬鹿め」とほくそ笑む。


(ここは駅まで十五分程度の距離……たしかに駅から近いという訳でもなく、一見すると底階級のサラリーマンの家と考えられる……だから浅はかなのだ)


 それほどの距離の場所なら当然家賃も安い。浮いた家賃分儲けが出る。さらに、それなりに遠い分出勤がてらウォーキングもできる。


 ある程度自分の体系も気にしなくてはならない麗華にとって、この距離は通勤と同時に軽い運動もできる最適の場所なのだ。


 さらに近くには大型の公園もある。きちんと体を動かしたい時にはそこを使えばいい。


 そして何より重要なのはここだ。


 実はこの場所。documo本社から車で五分の距離。


 急ぐ時は車ですぐに出勤でき、急がない時には歩いて出勤できる。


 documoの交通費支払いのギリギリのラインでもあり、普段使わない交通費をほぼ無償で手に入れることができる。


(浅はかな連中はここまで気づけない……が)


 買い物袋を持ったままエレベーターが最上階に着くのを待つ。


(あの男は、このベストポジションを一瞬で言い当てた……私が何時間も考えて策を練った、このマンションを……私の思考を先読みして)


 そのエレベーターの扉の先には、その男がいた。


「荷物持つよ」


「……ありがと。蓮也さん」


((こいつ……やはり侮れない))


 その思考は蓮也にとっても同じだった。


(この女は僕が考え抜いた引越し先を、やはり最初っから目をつけていた……侮れない)


 荷物を受け取ると、二人の部屋に向かう。


(だけど、それもこれまで)


(麗華……お前の次の一手はなんだ)


(蓮也……お前は自身が男に生まれた事を後悔することになる)


 下卑た笑みはうちに隠し、絵に描いたような理想の夫婦の笑顔がたまたま通った女子高生を魅了する。


「はぁ〜〜あんな幸せなそうな夫婦……本当に素敵だわぁ〜」


 談笑し、笑い合う姿はまるで王宮貴族のようで美しい。


 ……腹の中以外は……。




「ねぇ……そろそろ、子供欲しいわね」


(っ! ついにそのカードを切ってきたか……麗華っ!!)


 子供……それは男を支配する小悪魔。


(馬鹿な男は性欲に負けて、何も考えずセックスに走るだろう……だが、これは罠だ)


 簡単に産ませては女性最大限の特権。妊娠退社を許してしまう。


 特に、蓮也は四人家族なら余裕で養えるだけの財力はすでに持っている。彼女が専業主婦になること自体は難しくはない。


 だが、彼女の目的はこれだ。専業主婦になり、さらに相手の財力を握りこむ。


 専業主婦になるにしても、その先の怠惰は許してはならない……。なので今度は蓮也が仕掛ける。


「そうだね……だけど」


(……何か仕掛けてくる?)


「子供を作るにしても責任がある……しっかり育てていかないとね」


(っ……そうきたか!!)


 子を作る責任……これが男側の切れるカードだ。


(ここでこう来ると子供を作ること自体の女の苦労がぼやける……。蓮也の責任も当然だが、私の責任もあらかじめちらつかせておく……ここで私が下手に返せばそれこそ相手の思うツボ。この点については子を作る苦労など武器にならない)


 もしここで「あなたにも責任があるのよ!!」とか返してしまうと自分の責任を棚に上げているだけになってくる。こうなってくると男側に理がある分不利。だが、その返答を読んでいないほど麗華は甘くはない。


「そうね……でもあなたなら大丈夫よ」


(っ!! この女ぁ!! 白々しく俺に責任を押し付けてきたっ!!!)


(理がないなら強引に組み伏せるまで)


(暗に俺の責任を強めてきた……普通の女なら「あなた」ではなく「私達」となる。印象だけでも男の責任を追及してきたっ!! ……ならっ!!)


「そうだね。僕達なら元気な子供に育てられるさ」


(こいつうううぅぅぅっ!!!! 言葉をすり替えやがったっ!!!! あくまでお互いの責任という話に変えがやった!!!!)


(ここでお前があくまで「あなた」とすればそれこそ強引すぎる……言葉に理を求めなかったお前の負けだ)


(……まぁいい。カードはまだある……ここは負けを認めてあげるわ)


 寝室に入り、灰皿をおく。


(蓮也……あんたはまだ気付いてないだろうが、男の欲望は女の切れる最強のカード。酒、タバコ、女、オタク趣味……私はそれをあえて許そう)


 蓮也に見られないようにニヤリと笑う。


(そう……あんたはヘビースモーカーっ!! 麻薬のようにタバコを吸い続ける。やった後に当然のように吸ってるのを結婚する前も何度も見てきた。私はあえてそれを許す……なぜならそれを縛りあげればこいつには苦痛になるからだっ!!)


 徐々にタバコを縛り上げ、「タバコが欲しけりゃ言う事を聞け」と脅しつける。


(そう……この麻薬がある限り、貴様はタバコというドラッグの虜……っ!!! なにっ!?!?)


 いつもタバコが入れてある引き出しに、その姿はなかった。


(ない……ないっ!!! タバコがどこにも……)


 それに気付いた瞬間、背筋が凍るほどの冷たい視線を感じる。


「ああ……言ってなかったね」


(こいつ……まさかっ……)


「僕……」


(まさかぁ!!!!)


「禁煙したんだ」


 その笑みはことさら邪悪で、魔王のようで全身の肌が凍えたように鳥肌が立つ。


(禁煙……だとっ……!!!)


「いいの……?あ、あなた結構なヘビースモーカーだったじゃない」


「ああ……赤ちゃんにも影響出るかもしれないしね。電子タバコに切り替えたんだ」


(ぐっ……電子タバコっ……!! 微妙に高いくせに健康的な分、断りづらい。喫煙者最強のアイテムっ!!!)


 本来なら電子タバコは喫煙者が禁煙を迫られた際に仕方なく求める最後の楽園(エデン)。だがこの男にとってはそれすら最強の武器になる。


(ふっ……実はとっくの昔にタバコとは縁を切ってある……電子タバコも本来なら必要ない……だがお前にはたっぷりとヘビースモーカーの印象を与えておいた)


(私にヘビースモーカーの印象を与えておいたのは罠っ!! 電子タバコがしばらく必要だという事を暗に印象付けるためのっ!!!)


(そうすればお前は俺の小遣いをしばらくカットできない。タバコなら容易にカットできる。健康のためというお題目があるからだ……だが電子タバコは健康のためという理由がある分断りきれない。実際にはどのくらい吸っているか、お前は知らずに浪費を許し続ける)


 姑息でずる賢いだけだが、こう言った細かい利益にたいしての貪欲さが彼の出世の秘訣だ。


(そう……お前は結局俺に絞り取られるだけの顧客にすぎないのさ)


「そう……なら、私もお酒は控えるわ」


(な、なにっ!?!?!? どういうつもりだ!!!!)


 酒は電子タバコと違い代わりのものがない。ただただ利益の損失にしかならない。


 ただでさえ麗華は無類の酒好き。簡単にやめることなど……。


(なぁーんて思ってんだろうなぁ!! 夕神蓮也ぁ!!!!)


 そう、彼女は酒好きではあるが、酒豪ではない。本来は付き合い程度に飲むだけの存在。


 酒の銘柄に詳しいのも、人付き合いのために覚えただけのただの知識だ。


(……お前と私は同じ事を考えていたんだよ……お互いに無類の酒好き……ヘビースモーカーの印象を与え続けた。だがお前にはわからない。そんな姑息な金稼ぎしかできないお前には……大胆さが足りないっ!!!)


「そのかわりね。今度後輩のデザインした洋服を買ってあげたいんだけど。いいかな?」


(狙いはそこかっ!!! こいつめっ!!!!!)


(金は使ってこそ価値がある……姑息にため続ける貴様の思考の外っ!!!)


(こいつ……金ではなく直接本丸を狙いやがったっ!! 何が後輩デザインした洋服だっ!! お前くらいのファッションデザイナーなら後輩なんぞ腐る程いるだろうがっ!!!)


(お前には人脈が足りない……このカードはファッションデザイナーの私の特権!! 実際には後輩といってもただ学校が同じなだけで知り合いでもなんでもないけどなっ!!!)


「ああ……そのくらいいいさ」


(そう、お前は許すしかない……ここで断れば男としての器量を疑われる)


(……ふ。ここまでやってくれなければ面白くない……いいさ。今回は貴様に譲ってやる)


((お前は……いずれ自分の立場を理解するだろう))




 だが……力の均衡が取れすぎていて、制圧しきれない。つまりお互いに平等に支え合う夫婦として理想の関係が成立している。


 お互いに勝利すれば譲り合い、意見を尊重し合う。喧嘩もすることがあるだろうが、結局それも他愛もないものと変わるだろう。




 お互いの腹づもりとは違ったものとなっているが……その実は誰もが羨むラブラブ夫婦。


 愛しているかどうかは関係なく……騙そうとかそういうことは関係なく。本人達の意思とは関係なく理想の関係は紡がれていく。




((いずれ貴様は……制圧してみせる!!))

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ