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あまなつ。  作者: 山室 蒼
第1部 第1章・眷属獣の舞う空
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第1話 ルームメイト①

 死ぬ気で走ってなんとか汽車に間に合ったアマナツは、コウベ港からの飛行船で帝都ヘルリッヒの空港にやってきた。そして軍士官養成学校の講堂での入学式に出席し、終了後に解散を言い渡された。

 この後、新入生たちはクラスごとに分かれて、それぞれの教官によって校内を案内される手筈となっている。しかし編入生で新5年生であるアマナツは別枠のはずだ。案内もなかったし、この後どうしたらいいのかと1人突っ立っていた彼女に、声をかけた者がいた。

「こんにちは。アマナツ・フレデリカ・クローゼ君」

「…誰?」

 年の頃は40代半ば頃か。中肉中背、目じりに笑い皺のできた温和な印象の顔立ちをしたその中年の男性は、にこにこと笑って言った。

「僕は君の寮の寮監のオッタビオ・バローニオだよ。編入生の君に学校案内するのが今回のお仕事なんだ」

「はあ」

 名前からして、帝国南部のタリアノ地方の人間だろう。

「まず学校を案内して、それから寮へ連れて行くね。はいっ、じゃあ出発」

 おっとりとした足取りで歩きだしたオッタビオについていくアマナツ。

「ここは別館なんだけど…まずは本館から行こうか」

 と、渡り廊下を通って連れて行かれたのは、一番大きな建物だった。1階には購買や職員室、校長室、来賓室、保健室、印刷室があり、2階には理科室などの専門教室と医療課程と技術課程の実習室があった。3階から6階までは普通の教室と予備室があった。

「学科の授業はこの本館で受けるんだ。卒業試験で落ちる子が大勢いるから、7年生になっても10人以上の生徒がいるクラスがどの課程でも多いんだ」

 次に先ほどまでいた別館に戻る。そこは1階に更衣室と講堂、2階に更衣室と第1修練場、3階に更衣室と第2修練場とトレーニングジム、4階に学生食堂、5階に図書室があった。

「実技は主にここの修練場で行うんだ。本館と別館の校庭も使うね。じゃあ、寮の方に行こうか」

 本館と別館のそれぞれから道が伸び、途中で1つになって正門へと続いている。舗装された石畳の道を歩きながら、オッタビオが後ろの少女に問いかける。

「編入前に送付されたガイドブックを読んできただろうけど、何か質問とかあるかい?」

「5年生までは1組に何人位いるの?」

 学校教育を受けたことのないアマナツは、教師に対して普通にタメ口をきいた。オッタビオもその性格からか、それを咎めなかった。教師としてそれでいいのか疑問である。

「1組は大体20人前後だよ。君のクラスは、君も含めて21人になるね」

 軍士官養成学校では課程が普通・術師・特殊・医療・技工の5つに分かれている。普通課程はもっとも一般的な戦闘任務を行う歩兵の養成、術師課程は主に遠方支援を行う法術師の養成、特殊課程は法術戦士の養成、医療課程は医療兵の養成、技工課程は武器専門の鍛冶職人や乗り物の整備師の養成と内容が分かれている。

「1学年に大体100人の生徒がいて、全体的には630人ちょっとの生徒が在学してることになるね」

「じゃあ毎年卒業試験を突破するのって、本当に一課程…2、3人?なんだ」

「そうなんだよ。結構厳しくてね」

「先生はなんの授業の担当なの?」

「語学だよ。タリアノ語。僕も現役時代は普通の軍人だったんだけど、ある時足腰をひどく痛めてね。教育者に転向したんだ」

 そう言う彼は、確かにやや片足を庇うような歩き方をしている。

 正門への道を途中で左へ曲がり、少し歩くと寮が見えてきた。5階建ての白壁の建物が4つ、道なりに建っている。

「君の寮は3号棟、手前から3つ目だね」

 3号棟に入ると、1階には右手に修練場と風呂が、左手に食堂と談話室があり、建物の中央奥にトイレを挟んで階段があった。最上階まで上っていくと、階段から左右に通路が分かれ、それぞれ両側に5部屋ずつがある間取りになっていた。1つの寮につき全部で80部屋だ。

 廊下の一番端までやってくると、オッタビオが1つの部屋の前で足をとめた。

「ここ520号室が君の部屋だよ」

 その言葉の後に、中でコトリと小さな音がして、アマナツは少し目を見開いた。気配がなかったので、ルームメイトは存在しないか、不在だと思っていたのだ。

 士官学校の生徒なんてガキ大将に毛が生えた程度の小物ばかりだと思っていたが、どうやら中には腕の立つ者もいるようだ。そんなことを思っていると、オッタビオが背中をポンと叩いた。

「さっ、入って入って」

 ドアをノックして開けると、さっさと中に入って行き、

「エーリヒくーん、入るよ」

 後から声をかけた。

 普通は順番逆でしょ、と思いつつ、アマナツも後に続く。

 中では男子生徒が机の前に座って、こちらを見ていた。非常に端正な顔立ちをした青年だった。赤毛と一言で言ってしまうには深い色合いの髪に、同色の瞳。男にしては比較的白い肌が、髪の色でより一層際立っている。切れ長の目に高い鼻、薄い唇はどことなく優雅な香りを漂わせている。

身長は185センチくらいだろうか。一見線が細いが、必要な筋肉はしっかりついている、そんな体つきだった。

 机に向かっている彼の前には、教科書とノートが広げられていた。休日の真昼間に勉強とはずいぶん勤勉だ。

 …いや、ちょっと待て、男子生徒??アマナツはぽかんと口を開けた。

「おや、予習してるのかい。相変わらず偉いね。アマナツ君、彼が君のルームメイトのエーリヒ・パルトナー君、君と同じ特殊課程で第5学年の17歳だよ。一昨年編入したんだけど、学年一の優等生なんだよ。分からないことはなんでも聞いてね。エーリヒ君、こちらは以前話した編入生のアマナツ・フレデリカ・クローゼ君だよ。15歳ね」

「…ここ、寮自体が男女別になってるんじゃないんですか?」

「ううん、寮は混合だよ。そもそも、女子生徒ってあんまりいないんだよね。…女子の場合、本来は女子同士か1人で部屋を使うんだけど、いま部屋数が足りなくって。実はこの前、ジルフィーネが墜落する騒ぎがあってね、2号棟の一部が壊されちゃったんだよ」

 ごめんね、と申し訳なさそうに謝られ、アマナツは首を振る。

「別にいいですけど」

「でも大丈夫だよ、彼は性格もとても真面目な生徒だから」

「はあ」

 成績も素行も良いって逆に胡散臭いな、と正直思ったアマナツだった。自分がおそらく問題児扱いされるであろうことを予想しているからかもしれない。今までちゃんとした教育というものを受けたことがないのだ、おとなしく席に座って授業を寝ないで聞く自信なんて、とてもない。

「今日は日曜だし、明日からの学校生活に備えて、エーリヒ君にいろいろ話を聞いておくといいよ。僕は1階の談話室の奥にある寮監室にいるから、何かあったら気兼ねなく言ってね」

 じゃあ、と手を振って、オッタビオは部屋を出て行った。

「…」

 のんびり屋ながらも結構おしゃべりな教官が去って、部屋には沈黙が下りた。

 アマナツがルームメイトの方に眼をやると、彼はすでに教科書に向き直っていた。

「…」

 沈黙。仕方ないのでアマナツから声をかける。

「これからよろしく」

「ああ」

「「…」」

「予習が欠かせないほど、授業って難しいの?」

「別に」

「「…」」

 会話が…。

 アマナツはルームメイトの後頭部を眺めながら、早くも途方に暮れた。なんともまあ社交性のない男だ。

 最も、アマナツも元来相手に何かを期待するタイプではない。人それぞれ考え方も信条も異なるのだ、期待したところでこちらの思っている通りに返ってくるわけがない。

 お互い名前は知ったし、一応「よろしく」も交わしたし、いいや。そう思って、アマナツは改めて部屋の中を見まわした。

 8畳くらいの部屋はドアの向いに窓が付いていて、そこから石畳の道と木、そしてその向こう側、かなり遠いところに街並みが見えた。窓を挟んで両端に机、ドアのいちばん近くにベッド、その間の壁にタンスが据え付けられていた。ベッドのところには天井からカーテンが下げられている。着替えのときにはこのカーテンを引くらしい。士官学校の寮ということもあり、かなり簡素な部屋だ。

 左側のベッドのそばにアマナツの荷物らしき段ボールの箱が置いてあった。ルームメイトが右の机に座っていることから考えても、彼女は左側を使うらしい。

 とりあえず明日からの学校生活に備え、荷物を解くことにしよう。

 そう思ったアマナツはガムテープをビリビリとはがし、段ボールを開けながら再び無口な同室者との交流を試みた。一応はルームメイトなのだ。それなりにコミュニケーションを図っておかなければ、後々困ることもあるだろう。

「ねえ、食堂のご飯っておいしい?」

「…は?」

 唐突な質問に虚を突かれたようで、ややあって返事が返ってきた。

「まあ…美味いんじゃないのか」

「そっか。楽しみだなー、今日のご飯」

 明らかに興味なさげな返答を聞きながら、タンスに服や下着をしまいこむ。勉強道具は適当に机の引出しに放り込み、机の上には写真立てを飾った。この時代の写真はまだ白黒で、一般家庭にまで普及していない。写真屋を呼んでそれなりに高額な代金を払って撮った、アマナツとルーカスとライムントの三人が写ったものを持ってきたのだ。

 最後にベッド脇に目覚まし時計を置き、段ボールは空に。もともとあまり物を持ってきていないので、あっという間に終わってしまった。

 いよいよ手持無沙汰になり、家を出るとき鞄に入れてきたお菓子を引っ張り出す。

「…チョコ食べる?」

「いい」

「そ、そっか。まあ男の子ってあんまり甘いもの好きじゃないよね。私初めてチョコ食べたとき感動してねー、それ以来大好きなんだ」

 旅をしていた頃はともかく、最近ではあまり無口な男の人と接しなかったため、どうもペースが狂わされがちだ。彼が身に纏う硬く近寄りがたい雰囲気も、それに一役買っている。そのせいだろうか、何故か何か言わなければと焦って、思わず言うつもりもなかった昔のことに言及してしまう。

「小さい頃はあんまりお菓子って食べたことなくてさ、ある日恩人に初めてチョコ貰って食べたんだ。私が泣いてたから、元気付けようって思ったのかもしれないけど…」

 恩人。その言葉を口にだして、アマナツは不意に涙が出そうになってしまった。居場所どころか生きているのかも分からないその人――5歳のときに出会って、数年しか一緒にいることは出来なかったけど、彼女の親友であり命を救ってくれた恩人でもある――を想い、ふと寂しさと心細さを覚えた。

 そう、今の自分はかつての友人だけでなく祖父からも弟からも離れて1人になって、寂しくて不安なのだ。

 そんな自分の感情の変化に、アマナツはおもわず苦笑した。弟達と会う前、1人での過酷な旅を経てそれなりに成長したと思っていたが、こんなことで心細くなるようではまだまだ子供だ。

 ふと視線を感じて顔を上げると、ルームメイトが振り返り、彼女をじっと見ていた。

「なっ、なに?」

 慌てふためいて、思わず言葉がつっかえる。涙は出てないにしろ、泣きそうなのがばれたのかと思ったからだ。

 エーリヒはアマナツの顔をじっと見つめたまま、しばらく黙っていた。彼女も戸惑いつつ彼を見返し、会って以来初めて2人がまともに目を合わせた。その瞬間、アマナツは彼の深みのある赤い色の瞳の中に、さっと動揺に似たものが走るのを見た。

「お前…、」

「え?」

「…別に。なんでもない」

そういうと、エーリヒは机に向き直り、教科書をパラパラとめくりだした。

「…?」

 先ほどと比べるとどことなく肩に力の入ったように見えるその後ろ姿に、アマナツはいぶかしげに眉を寄せた。不可解な反応が気になって、思わず食い下がってしまう。

「ねえ、なに?」

「何でもないって言ってるだろう」

 アマナツはぶっきらぼうなその言い方にむっとするより前に、ふと既視感を覚えた。

 …前にどこかで、こんな風にいわれたことがある…?

 もちろん、気が立っていれば男の人ならだれでもこんな風な言い方をするだろう。聞いたことはあるはずだ。

 だがそれでもアマナツは、エーリヒの言葉が、言い方が、気になった。本人も意識しないまま、口から言葉がこぼれ出る。

「ねえ…私どこかで、君に会ったことある…かな?」

 ピクリと一瞬、ルームメイトの肩が震える。だが…

「ない」

 きっぱりとした口調で言い切られてしまった。

「え…」

「俺はお前に一度も会ったことはない」

「…」

 もう一度断言され、アマナツは思わず黙り込む。以前にも増して頑なに接触を拒むようなその背中にかける言葉が見つからず、彼女はまた途方に暮れてしまった。

 部屋には再び沈黙が訪れ、ときおり教科書をめくる音とペンを走らせる音が静かに響くだけだった。そしてそのまま、日は暮れていった。


閲覧ありがとうございました。

小説に全く関係のない余談なのですが、水谷みずのや あお名義でminneさんにてアクセサリー類を販売しております。気になった方は検索してみてくださると嬉しいです。以上、宣伝でした。

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