●殺戮の襲来
「本日は、実践訓練を行う」
とある日の事である。
その日の昼下がり、コロナの所属するクラスは屋外訓練場にて午後の講義を行っていた。
数十名の生徒達の前に立つ教官が、低く唸るような声を発している。
筋骨隆々の、軍人を絵に描いたような見た目だ。
「まずは準備運動がてら、備え付けの装置を動かし二人一組で模擬戦を行う。その後は、仮想危険生物を想定しての合同訓練に移行だ」
テキパキと、今日の予定を発表していく教官は、そこで、彼はなく明後日の方向を無為に見詰めている少女へと、視線を向けた。
「コロナ・レバーディン」
名を呼ばれ、コロナは振り向く。
「今回使用する装置は、このクラスでは初めて扱う。よければ、お前と私で見本となる模擬戦を行いたいのだが」
「……お断りします」
直々のご使命に対し、コロナは素っ気無く答えた。
「私の《魔弾》は、手加減が難しいので」
「ほう、私では対処できないと?」
「………」
コロナは嘆息する。
この教官……名前を、バルト・ギオ。
見た目通りの元軍人である。
そして、非常にプライドが高いのか、有能な生徒のコロナを目の敵にしている節がある。
おそらく、鳴り物入りで入学してきた、年端も行かない女子供がいけ好かないのだろう。
実は、過去に一度、秘密裏にこのバルトと《決闘》を行った事がある。
向こうはあくまでも練習・訓練の延長だと誘ってきたが、アレは明らかに、その後の〝命令〟も加味された、正式な《決闘》だった。
もしも、自分が〝負けていたなら〟、どんな命令がされることになっていたのか、怖気がして想像もしたくないが。
そう、その《決闘》はコロナの勝利で終わったのである。
おそらくバルトの油断もあったかもしれないが、勝利は勝利だ。
ちなみにその後、彼はコロナに《決闘》を無効にし、生徒達に黙っていてくれと懇願してきた。
元々興味が無かったコロナは承諾し、それ以降少しの間はバルトも大人しくなったが、最近になって、再びやたらと突っかかって来るようになったのだ。
おそらく、今その《決闘》の事を持ち出したとしても、妄言だと言い逃れられると判断したからだろう。
(……これだから、男は……)
そんなに、女や年下に対してマウントを取りたいのだろうか。
くだらない……コロナは正直、今まで真面に〝尊敬できる男〟というものに出会った記憶が無い。
……ただ一人を除いては。
「……かしこまりました」
二度の嘆息の後、コロナはバルトに促された通り、前へと出る。
しかたなし……適当に、機嫌を損ねないレベルに相手をしよう、と、そう思った。
――その時、けたたましいサイレンが、学園中に響き渡った。
「なんだ?」
突然の爆音に、訝るバルト。生徒達もざわめき立つ。
この警報は、学園内で非常事態が観測された際に発動するものである。多くは、違法侵入者が現れた際等に鳴らされる事が多いが……今回は、その音や規模が通常時のものと違う。
バルトは知っている。これは――第一級の非常事態を告げる音だ。
「静粛にしろ。乱れるな。今、事態を――」
慣れない状況に浮足立つ生徒達へ、バルトが指示を出そうとした、その時。
「おい! あれ!」
生徒の一人が、空を指差す。皆が、その方向を見る。
最初は、ただの黒い点だった。だがそれは、恐るべき加速度でこちらへと接近しながら、全容をはっきりと拡大させていく。
それに気付いたバルトが、叫ぶ。
「総員! 避難しろ!」
――滑空し、急降下したそれは、彼等のすぐ目の前に着陸を果たした。
黒い鱗に覆われた強靭な四肢と胴体。空気を唸らせるように振り回される巨大な尾。畳まれた両翼に、長い首。その先端には、赤い眼光の浮かぶ目の乗った頭部。
生徒達の一人が、怯えたように口走る……。
「ドラゴン……」
そう、紛れも無いドラゴンだ。
生徒達の中でも、直に見た事のある者の方が少ないだろう。元軍人であるバルト自身も、それと対峙するのは初めてだった。
「……ちっ」
危険生物。
この世界に生息する、人間に仇成し、人間を襲う異種生命体の総称である。
言うまでも無く、《魔銃使い》が戦い討伐しなくてはならない敵。
学園にモンスターが襲来してくる……だが、決してあり得ない事態ではない。こいつらは、いつだって、どこにだって、人間を襲うために現れるのだ。
「聞こえなかったのか! 総員退避だ!」
バルトが叫び、構えを取る。
右腕を振り上げ、その掌をドラゴンへと向けた。翳すように突き出された掌の先に、拳大の球体が《装填》される。
真っ赤な球体。それがバルトの《魔弾》だ。
まるで燃え盛る焔の玉のようなそれを、バルトは雄叫びと共に撃ち出す。
放たれた球体は、生徒達の方を眺め、喉を鳴らしていた無警戒のドラゴンへと真っ直ぐ飛ぶ。ドラゴンが気付いた時には、着弾を果たしていた。
接触と同時、拡張するように大きく燃え盛る焔。音を立て空間を飲み込み、接触したドラゴンの頭部をも飲み込み、燃焼を果たす。
バルト・ギオの《魔弾》は《炸裂弾》タイプ。圧縮された高温の炎が、着弾と共に一気に解放。対象と周囲の空間を一瞬で包み込んで炎上する、火炎弾だ。
歓声を上げる生徒達。ほくそ笑むバルト。
「先生、私も助力します」
そこで、コロナがバルトの近くへと歩みより、そう言った。その発言に、微笑を浮かべていたバルトが表情を戻す。
「出過ぎた真似だ。下がっていろ」
「しかし……ドラゴンは、本来なら《魔銃使い》が数名がかりでチームを組み討伐を想定するレベルのモンスターのはず」
「その通りだ。だが、生徒のお前が出る幕ではない。先ほどの警報の通り、既に学園側はこの事態を把握している。間も無く増援も来るだろう。それよりも――」
その時、ゾクリと、コロナとバルトは悪寒を感じた。
二人が視線を向けた先――黒い煙幕の奥から現れたのは、その表皮の鱗を微小に煤けさせただけのドラゴンの頭だった。
「……なに!?」
まるで痒みを訴えるように、首を左右に傾けさせるドラゴンと、驚愕するバルト。
「チッ……ならば、もう一発――」
舌打ちと共に、バルトが次の《魔弾》を《装填》しようとした――そこで、ドラゴンの体が、大きく動いた。
「!」
尻尾だった。四本の足と同じく、強固な鱗と強靭な筋繊維で構築されたそれが、恐るべき速度で振るわれ、バルトに襲い掛かる。
瞬時、バルトは構えを解き跳躍。傍にいたコロナもバックステップを踏む。
尾は、まるでバルトの動きを追尾するように高速でうねり、瞬く間にその体へと追い付く。
そして鋭利な先端が、バルトの右腕を上腕から吹き飛ばした。
分断された腕が宙に舞う。舞い散る鮮血と、バルトの雄叫び。
そのまま崩れ落ちるように倒れたバルトへ、振り上げられた尾が無慈悲に襲い掛かる。
「待――」
そんな言葉など通じるはずもなく、振り下ろされたドラゴンの尾が、バルトの頭部を粉砕した。
生徒達は、目の前で起こった現象に動けずにいた。教官のバルト・ギオだったものが、地面の上に転がっている。飛び散った赤色と黄色と灰色の肉片で汚れた尾を、まるで見せ付けるように振るいながら、ドラゴンが生徒達を見る。
虫けらのように殺されたバルトと、無傷の殺戮者。
吐瀉する者、涙を浮かべる者、そんな人間達を見て、ドラゴンは、目を細め口の端を持ち上げた。
ドラゴンは、〝笑った〟。
「こちらを見なさい」
――発生した爆発が、ドラゴンの背中を包み込んだ。
絶叫を上げるドラゴン。今の爆発で片翼が傷つき、碧い血が撒き散らされる。
コロナ・レバーディンが、その胸の高さに〝五つ〟のオレンジ色の《魔弾》を浮遊させながら、キッ――と、ドラゴンを睥睨し、啖呵を切る。
「私が相手になるわ」