●それぞれの悩み
「なんなのっ!?」
ぼふんっ、と、ベッドの上の枕を叩き、コロナは苛立ちの声を発した。
「なんなの、なんなの、なんなの、なんなの、なんなのよ! もう!」
ぼふん、ぼふん、ぼふん、ぼふん、ぼふん、ぼふっ。
時刻は、既に夜である。
結局あの後、午後の講義には出る気にもなれず、コロナは部屋に戻った。
夕方ごろに食堂に行くと、そこには普通に生徒達から注文を受けているアドレスの姿があった。
その姿が腹立たしく、また再び部屋に戻って来て、シャワーを浴び、それでも頭の熱が醒めず、ベッドの上の枕に八つ当たりしていると言う顛末だ。
「アドレス・リオネス……絶対に、正体を暴いてやる」
彼こそが、あの伝説の《魔銃使い》に違いないのだ。
コロナはそう信じて、再び闘志を露わにする。
……けれど、本当は、ただの自分の勘違いなのでは?
「………」
その可能性だって、ゼロではない。
いや、むしろその可能性の方が高いと言っても過言ではない。
自分なりの情報網を駆使し、仮説と憶測を重ねてきたが……それでも、100%とは言い切れない。
あの彼の姿を見て、彼が《最強の魔銃使い》であると信じる人間の方が居ないだろう。
だが、それでも……。
「……でも……」
――やっと、会う事できたのかもしれないのに……。
――憧れの、あの人に……。
ぎゅっ、と、コロナはベッドのシーツを握り締めた。
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一方。
「うーん……」
今日一日の仕事が終了し、学園内の公園のベンチに腰掛けながら、アドレスは唸っていた。
公園の中心に設計された噴水は、内部に光源が設置されており、鮮やかに光と色を纏った水が吹きあがって、周囲をムーディーに染めている。
……まあ、学園の中の公園にそんなムーディーな装置が必要なのかは疑問だが。
それよりも、アドレスが今悩んでいるのは、当然、あの少女――コロナ・レバーディンに関する事だ。
「コロナ……コロナ……」
彼女は有名人で、その名前や噂なら聞いた事があった。しかし、会って直接会話したのは、先日が初めてだ。そこから、やたらと自分に接触し、自分の正体を暴こうとしてくる。
最初は追い払い、誤魔化すのに精いっぱいだったが、こうして冷静に考えてみると……どこかで見たような気もする顔だった。
見覚えがある。昔、会った事があるのか?
「おーす」
そこで、背後からアドレスの頭の上にティーカップが置かれた。
「……いや、普通に手渡してくれよ」
「んふふ、悩んでるねー。原因は、まぁ、あの子だよね」
ティーカップには、熱々の紅茶がなみなみと注がれている。こぼれたら一大事だぞ……。
そう思いながらカップを取ったアドレスに、彼女――学園理事長、ルルム・グレイスは悪戯好きの子供のような笑みを浮かべる。
「ああ、記憶は曖昧だが……そう言えば、どこかで会った事がある気もするんだよ」
「あらー、早くも認知症が始まっちゃったか。過労と歳は怖いねー」
「いや、俺よりも遥かに年上のあんたに言われたくはないんだが」
この幼女、お約束かもしれないが、実年齢は相当である。
「でも羨ましいよー。あの子、結構男子生徒からも女子生徒からも人気高いんだよ? 学園の人気者に、あんな熱烈に付き纏われちゃってさ」
「……だからこそ、なんだがなぁ」
嘆息するアドレス。それで純粋に困っているのだ。
「……なぁ、やっぱり俺、教師になるべきなのか?」
アドレスは、ぽつりと呟く。
コロナの姿を思い出している内に、彼女の言ったその言葉も思い出した。
「ダメダメ、ダメだよ」
自分の分の紅茶を啜りながら、ルルムが言う。
「何度も言うけど、君は〝特別〟なんだ。君の力は、人に指導できたり教えられるものじゃない。それに、無理にそれをやろうとしたら……」
「………」
「あんな惨劇は、もう嫌だろ?」
ルルムの優しい言葉に、アドレスは唇を噛む。
「君の力を再現しようとした結果、暴発し、多くの《魔銃使い》が犠牲になった……無論、君のせいじゃないよ。軍部の実験で、被験者も同意の上だったんだから。でも、君の力は、受け継がせられるものじゃない」
「……ああ、わかってる」
「だから、今はこのままでいいんじゃないかな。ボクも、理事長としてサポートするからさ」
言って、ルルムが顔を伏せるアドレスに――ぴょこんっ、とくっ付いた。
「えへへ、良い公園でしょ。静かで、幻想的で。ボクが色々と設計に口出ししたんだよ? 休日はね、学園内のカップルがそっちこっちに集まってイチャイチャし始めて、最終的には――」
「学園を何だと思ってんだ、ババア。自重しろ」
「あー、ババアって言った。ひどーい」
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それから、日々は相変わらず過ぎていく。
アドレスは依然、学食のおじさんとして食堂を切り盛りしていく。
あれからコロナが、直接アドレスに接触してくることはなくなった。
コロナ自身も、別に諦めたわけではなく、自身で独自に情報を集めながら(学園上位となると、色々と情報網も広がる)彼が《伝説の魔銃使い》である事を探っていた。
彼女の方から接近してこない事もあり、アドレスも己からコロナにコンタクトを取る事もせず。
しばらくは、静かな日常は経過していっていた。
……そして、その一方。
……人間にとっての〝危機〟は着々と、学園へと、彼等の日常へと近付きつつあった。