●本性と激昂
『的』は、この会場に備え付けられた装置だ。
《魔弾》が撃ち込まれると、その破壊力を測定し数値化する機能を持っている。
「先攻はあなたに譲るわ」
黒い髪を掻き上げながら、コロナは言う。
彼女にとっての最大の目的は、アドレスが、かの《最強の魔銃使い》であると確信し――その実力を目の当たりにすることにある。
それ故、先制を譲る事には何の躊躇も無い。
「……後悔、するなよ」
アドレスが呟く。
そして、その右手を持ち上げ、親指を上に、人差し指を『的』へと向ける、《魔銃使い》の攻撃の構えを作る。
――来る。
コロナの心臓が高鳴る。
ここから、指先に《魔薬》を集中し、《魔弾》を《装填》。
そしてその《魔弾》を対象へと放ち、着弾すると同時に炸裂――攻撃が発動する。
ここからは瞬きもするわけにはいかない。
コロナはジッと、アドレスの指先を凝視する。
きゅんっ――と、その指先に、銀色の球体が生まれる。《魔弾》だ。
小さい。直径5センチ程の、若干楕円形のフォルム。表面に光る紋様が描かれている弾丸。
その《魔弾》が、アドレスの指先から放たれ――コロナの背後の『的』の中心に撃たれる。
――パキンと、乾いた後。
――『的』の中央に、《魔弾》と同型の穴が空いただけだった。
「………は?」
コロナは思わず、呆けた声を発してしまった。
《魔弾》とは、対象に命中した際――どれだけの『破壊力』を発揮できるかが重要なのだ。
《魔弾》の中には特殊な能力を発動するタイプのものもあるが、少なくとも第一の価値は対象の破壊。
だが、アドレスの放った《魔弾》は、ただ『的』の中央に穴を空けただけだ。
そして、『的』の表面に文字が浮かび上がる。
『ダメージ係数――30』
「さッ……!」
キッ、と、コロナはアドレスを睨み付ける。
「舐めてるの!?」
「舐めてる、って……いや、こっちはマジなんだけどな」
頭を掻きながら、アドレスはハハハッと笑う。
その笑いが、一層、コロナの怒りを掻き立てる。
「こんなもの、学園の総生徒の中でも最弱クラスの攻撃力よ!? 《最強の魔銃使い》の《魔弾》の威力が、一撃必殺の《魔弾》の威力が、こんな程度のはずないじゃない!?」
「だから、本気だって。俺の《魔弾》は、《硬質弾》。《炸裂弾》でも《特殊弾》でもなく、一度に一発しか生み出せない、ただ硬いだけの弾丸だよ。そりゃ、それくらいしかダメージにならないって」
「~~~~~~~!」
自らの能力の無さを、恥も無く語っているように見えた。
コロナは顔を真っ赤にし、今にも爆発しそうな感情を喉元まで込み上げる――。
「はーい、そこまでー」
そこで、だった。
戦闘場に、鈴を転がすような幼い少女の声が響いた。
現れたのは、身の丈に合っていないスーツ姿の、年端も行かない……場合によっては、幼女と呼んでも差し支えない見た目の少女だった。
「理事長!」
コロナが叫ぶ。アドレスは、振り返った先の彼女を見て、ジト目になる。
この人物こそ、国立グレイス学園理事長――ルルム・グレイス、その人である。
「理事長! 彼に、本気で《決闘》に望むよう命令してください!」
「いやいや、コロナくん。これがれっきとした彼の実力だよ」
ケラケラと笑うルルム。
「それにね、命令なんてとんでもない。ボクはここに、《決闘》を止めに来たんだから」
「……はい?」
「ったく……そんな事だろうと思ったぜ」
溜息を吐くアドレスと、依然によによと笑っているルルムに、コロナは意味が分からず立ち呆ける。
見兼ねたアドレスが、コロナの持つ《決闘》の書状を指差した。
「それ、サインしてるように見えるけど、実はただめちゃくちゃにペンを走らせてるだけなんだよ。つまり、理事長の正式なサインじゃないって事」
「………」
「んふふ、そういう事。一応ね、コロナ君の気迫が凄かったし、誤魔化すのも難しかったから許可したように見せかけたけどね、その《決闘》の書状には何の効力も無いんだよね」
「ひでぇ事するな……どうせ、ちょっと面白そうだから、隠れて様子でも見て見よう、とでも思ってたんだろ」
「とんでもない。まぁでも、結果的には良かったんじゃない? コロナ君は、君の実力を見るのが一番の目的だったみたいだし。その念願は叶って――」
「……ふざけないで」
刹那、コロナの手が大きく振るわれる。
振るわれた手の軌道上に生み出される、オレンジ色に発光する球体が一つ。
煌々と輝く文字式が表面に輝く、《魔弾》だ。
《装填》が速い――と、アドレスは素直に驚いた。
「私は……私は、本気で……ッッ!」
放たれたコロナの《魔弾》が、空間に、オレンジ色の軌跡を残し駆ける。
剛速球のそれが、真正面からアドレスの『的』に命中を果たした。
「あぶな……っ!」
瞬時、アドレスは隣に立つルルムを抱きかかえるようにして跳躍する。
――大爆発と共に、『的』の全容が吹き飛んだ。
「うぉぉ……」
ルルムを抱えたまま、爆煙が舞う光景を眺め、アドレスは感嘆の声を漏らす。
『的』自体は完全に消失したが、その浮遊していた場所に、結果の文字が遅れて浮かび上がった。
『ダメージ係数――1500』
これが、コロナ・レバーディンの《魔弾》。
純粋な破壊力で、学園内でも右に並ぶものが居ないと言われている――強力な《炸裂弾》だ。
恐れ入るのは、噂通りだとするなら、これでまだ〝本気では無い〟と言うこと。
「………っ」
コロナは、アドレスとルルムを睥睨すると、歯噛みし、その場に背を向けてつかつかと去っていく。
「あーあ、怒らせちゃった」
「いや……あんたのせいだろ」
腕の中でくすくすと笑うルルムに、アドレスは突っ込んだ。