●《決闘》
コロナ・レバーディン。
平民出身の身分ながら、その高い《魔薬》適正と、高威力を誇る《魔弾》精製能力を評価され、鳴り物入りで学園へと入学した一年生である。
一学年の試験成績は、常にトップクラス。
学園内での、能力値を基に格付けされる『実力序列』では、入学早々の身でありながら《前線銃士》部門、堂々の三位。
そのクールな出で立ちと、ただ己の実力を磨く事を第一とする求道者の雰囲気もあって、男子女子を問わず人気の高い生徒である。
……と、アドレスは聞いていた、はずだったのだが……。
「《決闘》の方式は、攻守交代で互いの『的』を撃ち合い、被ダメージレベルの規模で勝敗を決する『ターン・アップ戦』で構わないわね?」
「いや……ちょっと、待って待って」
場所は、学園内の戦闘場の一つ。
実技的な講義や戦闘訓練、試験、もしくはイベントの際に使用される、観客席まで完備した施設である。
今現在、そこにはアドレスとコロナ以外には誰もいない。
「何か不満? あなたの《魔弾》最大の特徴は――〝一撃必殺〟。なら、この《決闘》方式に不満は無いはずよ。無論、それは私にとってもだけど」
「えーっと……そうじゃなくて、当たり前のように進められても……」
《決闘》というのは、この国立グレイス学園内に存在する、ある特殊なルールの事である。
《魔銃使い》同士に、何かしらの不満や問題、諍いが発生した場合――その勝敗を以て落着を決める、単純明快な勝負の事である。
かつての昔、まだ《魔銃》という技術が確立していなかった『騎士』の時代から受け継がれている伝統なのだと言う。
《決闘》には幾つかの方式が存在するが、『何を賭けるか』『何を解決するか』は当事者同士の裁量に任せられ、それが実現可能であるか、履行されるべき内容であるかは、学園側が責任を以て判断し保証する、というもの。
コロナは、その手に握った一枚の用紙をアドレスへと見せ付ける。
学園理事長――ルルム・グレイス直筆のサインが記されている。
「《決闘》の許可は既に下りているわ」
「……あの女、勝手なマネを……」
アドレスは、どうせ「おもしろそうだから」とか、そんな理由で《決闘》を許可したであろう理事長の姿を思い描き嘆息する。
「アドレスさん、私は知りたいだけなの」
コロナは言いながら、手を高く上げる。
すると――ふわり、と、コロナの背後に、巨大な球体が浮かび上がった。
白い全容に、中心に赤い丸……そこから一定間隔で、赤い円が波紋状に広がるようにデザインされている、正に『的』だ。
「あなたが本当に、あの伝説の《魔銃使い》であると言うなら、あまりにも疑問が多すぎる」
「………」
アドレスは、眼帯に覆われていない方の目……右目を、コロナに向ける。
「もし本当にそうなら、あなたがこの学園で本当にすべき仕事は教師のはず。負傷し、一線を退いたと言うなら、後続にその技術や経験を引き継がせることがあなたの役目のはずよ。それが、何故、食堂などで働いているのか」
「………」
「今も世界中で猛威を振るい続けるモンスターの脅威。やがて訪れるであろうと憶測がされている、魔神復活。その時のために、一人でも多くの優秀な《魔銃使い》が必要なのに……」
「いや、だから……」
うーんと、アドレスは唸る。
どうしたものか……と、困ったように数秒黙した後。
「えーっと……勘違いだって。俺は伝説の《魔銃使い》なんかじゃなくて、ただの学食のおっさん――」
「そう。じゃあ、《決闘》における互いの『賭けるもの』を発表するわね」
怜悧な表情で、コロナが言い放つ。
「アドレス・リオネス。あなたが私に敗北した場合、学園側との雇用契約を抹消。つまり、クビね」
「………え? あ? はい?」
「そして、きちんと自分の素性を明かした後、教師として再雇用契約を結びなおすこと」
「いや、ちょっと待てって! いくら何でも横暴すぎるだろ! そんな約束守れるわけ――」
「理事長は許可しているわ」
再び見せ付けられる書状。きちんと、条件を記したうえで、理事長の許可が下りている。
これは、その場での口約束を口頭確認するとか、そういうレベル以上の、正式かつ厳正な《決闘》だ。
記された理事長の〝サイン〟を見て、アドレスは再び溜息を漏らす。
「……ちなみに、俺が勝った場合、俺が得られるものは何なんだ?」
だが、このあまりにも横暴すぎる事態に対して、彼は怒りを露わにするわけでも抗議するわけでもなく、そう続けた。
この学園の権利者であり雇用主である、理事長が関わっているゆえに、諦めたのだろうか?
そう思いながら、コロナはアドレスの質問に答える。
「特に決めていないわ。当然、あなたには無許可だったから。だから、私自身の手書きの字でこう記したわ。『どんな命令にも従う』」
「………」
「このコロナ・レバーディンの、体でも、心でも、好きなようにしてくれて構わない事を約束するわ。あなたが勝てたらね」
ふふっ、と、蠱惑的に笑うコロナ。
「そっか。じゃあ、これ以降、俺に付き纏うなって命令でもオーケーか?」
そして、そう返したアドレスの返答に対し、ムッとつまらなそうに顔をしかめた。
「……ええ、勝てたらね」
「わかった。じゃあ、とっとと始めようぜ」
言うが早いか、アドレスの背後にも『的』が浮かび上がる。
「夕方の仕込みが、まだ終わってないからな」