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クラウツ卿と研究所の少年  作者: 馬場未知瑠
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第一話 クラウツ卿と少年(6)



 ファミリアは書斎の机に備え付けの椅子に腰掛けて、いつものようにまったりとくつろいでいた。いや、くつろいでいる状態を演出していると言った方が正しいだろう。今からこの部屋に入ってくる男を、彼女はあまり長居させたくはないのだ。と言うよりも、彼との世間話を楽しみたくないと言ったほうが正しいのかもしれない。


「ファミリア!聞いたぞ、スラムに学校を建てたそうじゃないか!!あんなやつらにどんな芸をしこむというんだ?」


 そう豪快に笑いながら入ってきた男は、ファミリアの姿を見ると生唾を飲み込んだ。先ほどまでしっかりと着ていたはずの服はいつの間にか、デザインがとてもベビードルに近い白のシースルーのワンピースへと変わっていた。


「あら所長、いらっしゃるとは思っていませんでしたわ。お待たせするのも気が引けますから、このような格好で失礼致しますわね」


「いやいやこれはなかなか」


 そう言って鼻の下を伸ばしかけていた男は、後に続いて入ってきた執事に気付くと咳払いをしてソファに腰掛けた。この丸々と太って、くたびれた背広を着た男こそ、融合児(ハロルド)計画の研究所の所長なのである。


「それで、今日はどういったご用件でしょうか」


「いえね、先日私(わたし)どもの研究施設から小猿が一匹逃げ出しましてね」


「ああ、その話ならバーディン・ジュニアに伺いましたわ。大変でしたわね」


「本当ですよ!まったく、ただね・・・」


 そこで所長は言葉を切ると、チラリと執事の方を見た。セバスチャンがファミリアの方に視線を送ると、彼女は彼にだけ解るように口元を僅かに動かした。執事はそれを読唇すると一礼して部屋を後にした。


「ただ、なんですの?」


「あまり大きな声では言えないんですがね・・・」


 所長はそう言ってソファから立ち上がると、ファミリアの元まで歩いてきた。人払いをした上に、この部屋は防音である。外部に話が漏れることはまずありえない。そのことは、この男も承知の事実である。


「実は、その逃げた小猿の妹というのが例の部族と(わたし)たちのハーフなんですよ」


「なるほど・・・。保護条例に引っ掛かるのは、純粋にあの部族の血を受け継いでいる者だけですものね」


「そうなんですよ!さすがファミリア嬢、理解が早くて助かりますな」


 男は下世話な笑顔を浮かべながら、ファミリアの手を握った。視線は完全に彼女の豊かな胸のふくらみから、さらに下のほうへと落ちていっている。ファミリアがにっこりと微笑むと、所長は再びごくりと生唾を飲み込んだ。



     *



 話をほんの少し前に戻そう。

 書斎を出たセバスチャンは、隣にある彼女の自室兼寝室である部屋に向かった。彼女が現在自室として使っているこの部屋は、かつて彼女の祖父が使っていた部屋でもある。そのため書斎同様、少々若い女性の部屋というには不釣合いな調度品や家具が並んでいる。

 その中の一つ、入って左奥にあるデスクのすぐ左側の壁に、年代物のマジックミラーが備え付けてあった。書斎の様子を覗き見ることが出来るようになっているそれは、幼い頃のファミリアがよく商談をする祖父の様子を覗き見ていたものである。ちなみに、書斎からは訳の分からない調度品や本棚がおいてあるようにしか見えなかった。

 セバスチャンは、いつも自分が立っているその場所にいる褐色の肌をした少年に、笑顔を向けながら口を開いた。


「覗きは犯罪ですよ、カーチス」


 その言葉に、少し拗ねたような表情を見せながら少年は振り返った。


「さっき、ファミリアさんに何を言われたんですか?」


「“子供にはここから先のことは見せるな”とのことです。さぁ、貴方がこれから生活する部屋にでも行きましょうか」


「ちょっと待ってください!それって・・・」


 子供ながらに執事の言わんとしていることを把握したのか、少年ははじけ飛ぶようにして部屋から出て行こうとした。執事は少年を文字通り引き止めると、自身の腕の中からも逃げ出そうとする少年を床に組み伏せた。


「お静かになさい!今あの部屋に行ってお前に何が出来る?おめおめと妹の手がかりをなくすつもりか?」


「でも!俺のために、彼女にそんなことさせたくない!!」


「お前はお嬢さまと契約を交わした。“あの方の仕事には一切口を出さない”。これもお嬢さまの仕事の一つだ。邪魔立てをさせるわけにはいかない」


「それでも!・・・あなたはそれで平気なんですか!?」


「・・・武器商人であるお嬢さまにとっては、あの身体全てが一つのオンナという武器なのです。それが、このセカイで生きていくことを選んだお嬢さまの意思であるならば、従者であり奴隷であり融合児(ハロルド)である(わたくし)がとやかく言うことは出来ません。お嬢さまには、何があってもついて行くことしか出来ないのですから・・・」


 少年を組み伏せている反対の手で、組み伏せている自身の腕を握り締めながら、執事は感情を押し殺すように淡々とそう告げた。少年は納得したように静かに頷くと、寂しそうな瞳でマジックミラーを見つめた。この位置からは隣の部屋の状況は何も見えない。


「さあ、後三〇分もすればお嬢さまがこの部屋へと戻ってきます。その前に、貴方がこれから生活するお部屋へご案内致しましょう」


 執事はそう言いながら少年を立たせると、主人の部屋を後にした。それからきっかり三〇分後、部屋の主はそこへと戻ってきた。


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